2008年 04月 21日
カブールにいた時とは違って、イスラマバードにいると治安のことはそれほど気にせず比較的気軽に外食に出かけられるので、毎週末、大抵必ずどこかのレストランへ出かけている。食べられる料理の種類も豊富で、日本食、中華、韓国、中央アジア、レバノン、イタリア、タイ、などなど、結構世界中の料理が食べられる。先週の金曜日も、例に漏れず、仲の良い男友達2人とハウス・メートのデンマーク人の女性1人と4人でパキスタン料理を食べに行って、その後、F-7にあるジェラート屋さんへジェラートを食べに行ってきた。 そのジェラート屋さんは全体的にモダンな作りになっているし、外にはオープンテラスがあってイスラマバードの中では開放的な雰囲気がある方だ。チョコやバニラの他にもマンゴー味やブルーベリー味など、大体2、30種類のジェラートが置いてあり、来ているお客さんはパキスタンの若者が多い。普段、あまりパキスタンの若者と触れ合う機会がないのだが、ジェラート屋さんに来ていた若者はみんなジーパンにスニーカー、カラフルなシャツを身に着けていて、髪形も綺麗にワックスか何かで整えられていて皆爽やかだ。イギリスに留学していた時にパキスタン人移民の若者によく出会ったが、彼らとどことなく雰囲気が似ているような気がしたので、ひょっとしたら、ここのお客さんにも裕福な家庭の子が多くてイギリス留学帰りとかアメリカ留学帰りで、今はイスラマバードに住んでいるというような上流階級の人が多かったりするのかもしれない。 ジェラート屋さんでどれにしようか考えていると、一人のパキスタンの若い男の子が話しかけてきた。ラガーマンみたいなごっつい体で、ショートパンツに黒いTシャツ、ブリティッシュ・アクセントの英語を流暢に喋る。20歳前後だろうか。知り合いでもないし話しに接点があるわけでもないので、適当に相手をしてから、オープンテラスの席に4人で着いた。しかし、その男の子は僕らの席にやってきて、ずっと僕と一緒に来たデンマーク人の女の子に話しかけて来た。あまりつれない態度を取るのも悪いので、彼を交えて雑談をすることにした。 話しながら、ずっと彼の様子を観察していたのだが、会話の内容にはほぼ一貫性がなくて、新しいお客さんがお店に入ってくると目をきょろきょろさせて女の子を追いかけてしまって、全然この場に集中していないように見えた。一体彼の目的はなんなのだろう、彼はどういう人なんだろうと思って話しを聞いていたが、彼はイギリスのリーズで育って、最近、パキスタンに戻ってきたということだった。イギリスのリーズと言えば僕が留学中に住んでいたブラッドフォードから電車で20分の場所にある大きな街だ。そこも、非常にパキスタン人移民が多い街だった。どおりでアクセントがヨークシャー訛りなわけだなぁと思って、興味深く話しを聞いていた。 会話の途中、女の子からその男の子にこんな質問があった。 "Which country do you think you belong to?" (あなたはパキスタンとイギリス、どちらに所属していると自分で思う?) 男の子はそれまでマシンガンのように喋っていたが、彼は急に答えに詰まってしまった。"Well..."と言ったきり、頭をうなだれて、はっきりとしたことを言わない。考えた末に、彼は「どちらにも所属しているという意識はない」と言った。どこにも所属していないという感覚。僕は、彼の言った事には今日的な問題を多分に含んでいるし、日本人にも示唆的な話しなのではないかと思った。 日本の帰国子女にもあることなのかもしれないが、アイデンティティーを形成すべき時期に海外で過ごしたりすると、自分の両親の国と住んでいる国のどちらに所属しているのか、よくわからなくなってしまうことがあるのだろう。それは非常に不安定な状態だと思う。きっと、そういう状態というのは、感じやすくて、脆くて、危うい。圧倒的なものとか、カリスマ的なもの、父性を感じさせるものが傍にあれば、深く考えずに容易にそちらの方向に傾倒していってしまうような、そういった危うさがあるのではないかと思う。僕の頭の中では"Reluctant Fundamentalist"のストーリーが自然に反芻していた。感じやすくて不安定な状態の人には、原理主義的な強い物というのは、自然に入っていきやすいのではないか。特に、父性を欠いて育ってしまった、あるいはマザーコンプレックスのある子供にとっては、父親的・母親的なものに対する憧れがあるのではないだろうか。日本で起こったオウム真理教のサリン事件も、根底にあるのはそういうことなのではないかと思う。僕がこの話しを聞いてパキスタンにとっても今日的で、日本にとっても示唆的だなと思ったのはそういうことだった。 その若いパキスタン人の男の子は、イギリスではクラブ遊びを毎週していたようだった。しかし、イスラマバードでは女の子と手をつないで歩くことすらできない。連れ合いの女の子に寄ってきたのも、お店に入ってきた女の子を目で追っていたのも、そういうフラストレーションが内面にあるからだったのかもしれない。はじめに彼に対して感じていた鬱陶しいなという気持ちは、彼が席を立って行ってしまう時には、ほとんどなくなっていることに気がついた。彼のこの先の人生はどうなっていくのだろう。彼は周りが一切見えなくなるような猛烈な恋愛を経験するだろうか。友達に誘われてイスラム原理主義にのめりこむだろうか。あるいは、資本主義というイデオロギーを信奉して拝金主義者になってしまうだろうか。そのどの結末を迎えるかもしれないし、どの結末も迎えないかもしれない。僕にはそれはわからない。しかし、彼のストーリーはきっと彼一人のせいで出来上がったものではなく、彼はもっと大きな絵の中の犠牲者の一人に過ぎないのかもしれない(その「大きな絵」というのは、パキスタン・日本というような地域的広がりという意味ではなく、もっと分野を越えた普遍的な話しという意味だ)。 アイデンティティー・クライシス。 危機というのは日常からそんなに遠いところではなく、案外すぐそこにある暗在系の世界の中で、静かに横たわっているものなのかもしれない
by aokikenta
| 2008-04-21 02:59
| 日記(イスラマバード)
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