2007年 10月 12日
日差しが柔らかくなりはじめた初秋の昼に、アジズとハビブはチャイを飲みながら、 国際NGOのオフィス兼レジデンスの前に設置された白いゴルファ(ガード小屋)の前で雑談をしていた。 アジズはハビブに言った。 「あーあ、全く、俺達は安月給で一日中こんな所で座ってなきゃならないのに、 ホーレジー(外国人)は週末の度に遊びまわってさー、まったくあれでいくら給料もらってんだろうね。」 「まー、そんなこと言うなよ。俺達は彼らからもらえる給料で飯食ってんだからさ。」 「でもよー、あいつらったら、プロジェクトの為とかアフガニスタンの人の為とか言って買った車で、 毎晩、レストランだかゲストハウスだか知らないけど出かけていくじゃんか。 それっておかしくないか?」 「アジズの言うことはわかるけど、ホーレジーも大変だと思うぜ。 家族からも友達からも離れてさ、治安が悪い、誘拐が怖いって言って歩いて一歩も外行けないんだから。」 「お前はお人よしだよ。あいつら、アフガニスタンの人の為とか言いながら、結局、自分らが楽しみたいだけなんだよ。 この前なんか見たかよ、チーフがお昼っから酒臭い息吐いて、3時に戻って来るんだもんな。 こっちは8時間みっちり働いてるってのによー。」 「まぁそうなのかもしれないけど、でも、えれー人たちは色んな人と関係作りするのも大事なんだろ。 ある意味、飯食うのが仕事なんじゃねえの?」 話しているうちにアジズはハビブの言うことがお人よしの戯言に感じて、めんどくさくなって、ポケットからPINEを取り出してマッチで火をつけた。アジズは続けてハビブに話しかけた。 「しっかしさぁ、ヘッドの持ってるライター見たことあるかよ?すげー良さそうなアメリカ製のジッポなんだぜ。 吸ってるタバコもマールボロだし、ぜってー、もらってる給料すごいよ、あれは。」 「そうそう、最近来たばっかりのプログラム・オフィサーなんてつけてる時計ロレックスだもんな。 あれ、3000ドルくらいするらしいぜ。しかも、着てる服が毎日違うし、要らなくなったものは気前よくうちらに配ってくれるし。 給料すごいんだろうなぁ」 「お前、ヘッドの給料いくらくらいだと思う?」 「うーん・・・、俺達の10倍くらい?かな?」 「お前絶対馬鹿だぜ。10倍なわけねえだろ。20倍はもらってるよ。 俺らの給料が200ドルくらいだから、4000ドルくらいはもらってんだろ。」 「えー、そんなにもらってるかな。いいよなー、給料は高いし、しょっちゅうドバイとか色んなところ行ってるし。」 そこへ、いつも見慣れた白いランドクルーザーが戻ってきた。フロントガラスからヘッドの顔がうっすらと見える。 やべー、やべー。アジズは慌ててタバコを消して、カラシニコフを構えなおして門の前に立った。 ヘッドはそこにチョーキダールの2人がいるのに気がつかないかのように、にこりともせずに中に入っていった。 「あーあ、なんか嫌な感じ」 小声でアジズはつぶやいた。かすかに聞こえたのかハビブも「ほんとに」といった顔でアジズを見返して微笑んだ。 10分ほどしてから、今度はサーフがレジデンスに戻ってきた。今度はうっすらとプログラム・オフィサーの顔がのぞいている。2人は慌てて、銃を構えなおした。彼女の乗った車はパーキングが一杯で奥まで入れないからか、門をくぐってすぐの場所で一旦停車した。オフィサーがサーフから降りてきた。 彼女はログブックにサインをした後、アジズとハビブに向かってきた。2人は緊張した。 「アサラムアライコム!アジズ・ジョン、フーバスティ?チュト―ラスティ? (アジズちゃん、元気?体調はどう?)」 アジズが胸に手を当てて笑顔で返す。 「トゥ、フーバスティ?ハイラハイラッタストゥ。タシャクール、ズンダボシ (そちらこそお元気ですか?僕はまあまあやってます。ありがとうございます)。」 彼女はそのまま同じ挨拶をハビブにかけて、レジデンスの中に消えていった。 アジズとハビブはその後姿を呆然と眺めていた。 アジズとハビブはほどなくして、顔を見合わせた。 「案外、いい人じゃん。」 彼女の給料は、本当は彼らの20倍なんかじゃない。ヘッドの給料は更にそんなもんじゃない。結局、海外と言えば若いときに行ったペシャワールというくらいのチョーキダールのアジズとハビブの想像力には限界があったのだ。ワズィル・アクバル・カーンに住む国際スタッフの給料をトータルしたら、アジズやハビブのようなものを含めた人道援助に携わるアフガニスタン人全ての給料を足して10乗したくらいの金額になるのかもしれない。そして、各国ドナーと国連や国際NGOの間で交わされたプロジェクトの契約金額全てを足したら、アフガニスタンという一国の税収に匹敵するくらいの金額になるかもしれない。 アジズにとっての世界というもの。ハビブにとっての世界観(パラダイム)というもの。それはとても狭くて独善的なものに過ぎなかったのだ。反対に、国際スタッフの世界観というものには、アジズたちの世界観を丸い円にした時に、その円と一点も交わらない弧を描いているに過ぎないのだ。 ローカルとインターナショナルの境界線が、一目見ただけではわからないけど文書の上では明確に引かれている植民地主義の延長のような現代世界に生きている僕達は、人の為に汗を流すというスローガンを心のどこかでうそ臭いと感じながら、しかしそれを口に出さずに今日も貧困と紛争を求めて邁進するのだ。そして、ローカルスタッフは、植民地支配をしていた列強国の分身である国際スタッフに、形は違えども別の形で支配を受けているのだ。 植民地支配者の分身である国際スタッフ。そして、それに支配をされている昔と変わらぬ構造の中で生きる衆生の人々。それはもう個人の手を離れた、とてもシステマチックな枠組みの中で規定された一つの関係性なのだった。 ワズィル・アクバル・カーンに住む魔物とは、結局、そういった巨大な構造、あるいは、システムのことだったのだ。既に事実として長い年月をかけて蓄積されたもの、そして、一個人の力で立ち向かったとしても、最後には目に見えない制裁を上段に構えてすっくと立っているもの。僕らが住む21世紀の前半という時代はきっとそういう時代なんだろう。 僕らの頭上から、ワズィル・アクバル・カーンに住む魔物がこっちを見つめている。そして、僕達はこれまでと変わらない日常の生活を今日も送っていく。 ■
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by aokikenta
| 2007-10-12 23:15
| 日記(カブール)
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