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2007年 10月 11日
今夜セレナで会いましょう

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彼女は戸惑っていた。年下のある人から食事に誘われたのだ。彼から誘われて嫌な気はしなかった。むしろ、喜んで誘いに乗りたい気持ちで胸は一杯だった。

彼女の戸惑いの理由は、彼にあったのではなく彼女自身にあった。彼女の左手の薬指には一際目を引くダイヤモンドが輝いていた。旦那に申し訳ない。その気持ちが頭から離れず、何度も断ろうと決意した。

しかし、彼女は容易にそれをする事ができなかった。誘ってくれた彼が、彼女が思い描いていた理想の男だったからだ。自分よりも少し背が高くてがっちりとした体格、端正な顔立ち、寡黙だけども優しい眼差し、そして、清潔感のある全体的な印象。そのどれもが彼女に初恋の男性を思い起こさせて胸をきゅんとさせるのだった。

何度も考えた挙句、彼女はやはり結婚したばかりの旦那のことを思い、誘いを断ることに決めた。晩御飯を食べ終わって落ち着いた午後9時ごろ、携帯電話に登録されている彼に電話をした。

「この前はお食事に誘ってくれてありがとう。そのお誘いの件なんですけど・・・」

「あー、それだったら、今週の木曜日とかどうですか?フレンチでも行きませんか?」

「いや、実は、あの・・・、最近ちょっと仕事が忙しくて・・・」

「そうですか、そうしたら金曜のお昼とかはどうですか?」

「・・・えーっと、その日も出勤しなければならないんです」

「そうですか、とっても残念です。いつだったらお時間ありますか?」

「・・・あのー、ごめんなさい、先の予定がまだわからないので、また連絡します」

彼女は愛想なく電話を切った。せっかく情熱的に誘ってくれるのに申し訳ないという気持ちが拭いきれなかった。

- 2 -

彼は電話の液晶画面を虚ろに見つめながら、タバコをふかし始めた。何で駄目なんだろう。やっぱり人妻を好きになってしまった僕が間違いだったんだろうか。頭で何度も同じ事を考えながら、しかし出口のない迷路に迷い込んだように同じ場所に帰結してしまい、途中で携帯電話を放り出して、結局は考えることを止めた。

全てに疲れた。彼は2年間、アフガニスタンという自然環境が厳しく、インフラが整備されておらず、仕事も思うように行かない環境で働いてきて、肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまっていた。もう帰ろうかな。そんなことを考えていた時に、彼女はアフガニスタンへやって来た。一目見た時、僕は彼女を求めているという感覚が脳天を直撃した。彼女は自分に近い精神世界を持っているかもしれない。そんな漠然としたインスピレーションが一度頭に浮かぶと、それは彼の中で事実として定着してしまうことになった。

いつも孤独だった学生時代。何かを求めていた。それは母なるものだったのかもしれない。あるいは、誰でもいいけどつながっていられるという精神的な安らぎだったのかもしれない。あれから10年以上経つ今、彼は彼女を見た瞬間にあの時の孤独で憂鬱でいつも不安に襲われていた時の気持ちを思い出したのだった。

僕を救ってくれるのは彼女しかいない。
彼は思い切って、携帯を握りなおしてSMSを打ち出した。

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部屋でぼんやりと考え事をしていた彼女は、鳴り出した携帯電話を掴んだ。
彼からのメッセージだ。

「I fell in love with you at first sight. You will complete me..... Konya aemasenka(僕は一目で君と恋に落ちました。君が僕を完成させるんだ・・・。今夜会えませんか)?」

今度は躊躇いなく、彼女はメッセージを返し始めた。

「Konya serena de aimashou(今夜セレナで会いましょう)」

クリーム色の壁で外界から隔離された地上の楽園で、今日もあらゆる愛憎が蠢いている。

今夜セレナで会いましょう_e0016654_23445127.jpg

→Kabul Serena

by aokikenta | 2007-10-11 23:50 | 日記(カブール)


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