2007年 10月 08日
桜の樹の下には屍体が埋まっている。 そう言ったのは坂口安吾が先だっただろうか、それとも梶井基次郎が先だっただろうか。 いずれにしても、こんな素晴らしい文章を言える人というのは、なんて時代を超えた鋭い感性の持ち主なんだろう。 手元に、梶井基次郎の『檸檬』がある。それを少し引用してみよう。 「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」 「これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、このニ三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍が埋まっている。これは信じていいことだ」 「屍体はみな腐爛(ふらん)して蛆(うじ)が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪(どんらん)な蛸(たこ)のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食指のような毛根を聚(あつ)めて、その液体を吸っている」 「今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする」 美し過ぎて理解を超えてしまっているもの、地球上に存在するとは到底思えないもの、それを理解しようとする為に、美しさの対極にある醜いもの、汚らわしいものを持ってくる。そうするとすとんと全てが理解できるような感覚。 これって超イケてない?! 桜の樹の下には屍体が埋まっているなら、アフガニスタンにはラピスラズリが埋まっているということが、僕にはとてもよく理解できる。 人間を拒むような乾燥した大地、厳しい気象条件、どこまでも続く土漠地帯。そして、その上で繰り広げられてきた凄惨な戦争の歴史。そんな国でしかラピスラズリのような奇跡的な石が生まれなかったなんて!なんてすごいことなんだろう。 ターバンを巻いた老人も、カラシニコフを抱えた若者も、ブルカを被った女性も、荷車を押す男達も、川原に散乱する生ごみも、道端に佇む物乞いも、市内にそびえ立つ埃っぽい丘も、市外に広がる荒野も、目に映る全てのものがどこか垢抜けていなくて、グレーに霞んでいて、どこかくたびれた場末の食堂を感じさせたとしても、そういった意識に広がる光景の上にラピスラズリをぽんと置くだけでジグソーパズルが上手くはまったような快感が体に広がる。まるで、丸善で積み上げた本の上に檸檬を置いて、一人微笑んだ梶井基次郎が感じたように。 あの青い石には何かしらの真実(おそらく「美」とか「エロス」とか「知」とかいったそういったもの)が隠されている。ダイヤモンドのように輝いているわけではなく、しかし、鈍い光を放ってウルトラマリンブルーの体を見せ付けながら、実はこちらの心の奥を見透かしているような真実が。 アフガニスタンにはラピスラズリが埋まっている。 これは地球上に実在する奇跡だ。 →ラピスラズリ(Lapis Lazuli)。日本名は瑠璃(るり)。 →ウルトラマリンとは「海を越えてきたもの」という意味。 →群青(ぐんじょう)色と呼ばれることも。古代、ラピスラズリはアフガニスタンでしか産出されなかった。 →西はエジプトのツタンカーメンから、東は奈良の正倉院まで、数千年前以上の間、シルクロードを伝って広く交易されていた。 →イランのイメージがターコイズブルーなら、アフガニスタンのイメージはこのウルトラマリンブルーだ。
by aokikenta
| 2007-10-08 19:39
| 日記(カブール)
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