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2008年 08月 20日
思考のclosed endをぶち壊せ(写真)
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by aokikenta | 2008-08-20 22:28 | 日記(イスラマバード)
2008年 08月 11日
ピュシス (Physis)
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by aokikenta | 2008-08-11 03:27 | 日記(イスラマバード)
2008年 08月 09日
行き止まり (closed end)
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by aokikenta | 2008-08-09 01:15 | 日記(イスラマバード)
2008年 08月 05日
破綻について振り返る
日常にある裂け目から切り込んでから、自分の物語とアフガニスタンの歴史という二つの物語へと深く深く入り込んで行き、当初は二つの物語がきっちりと交互に入れ替わっているのだが、次第には境界線がぼやけていってしまいどちらがどちらの話かよくわからなくなり、最後にはwayoutが全く見つからない一方通行行き止まりみたいな物語をやりたかったのだがあまり上手くいかなかった。もうどうしようもないくらい破綻していってしまう救いようのないエンディングは個人的に格好いいと思ったのだが、自分の人生を破綻させたくないし(破綻すると思ってないし!)、それではアフガニスタンにとってもあまりにもぺジミスティックなので、明るくもなく暗くもないエンディングになった。一歩を踏み出すということで、二つの物語がどんどん上向きに再生していくといいなという希望を示唆したつもりだが、どうなることやら。そもそも、その一歩が前への一歩なのか後ろへの一歩なのかということすら、誰にもわからないというものを。いうものをー。切なさ。
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by aokikenta | 2008-08-05 01:13 | 日記(イスラマバード)
2008年 08月 04日
断章4
どちらがいいことなのかよくわからないが、タリバンを排除した格好で、新生アフガニスタンはスタートした。
2001年12月のボン合意により、暫定政権の発足→緊急ロヤジルガの開催→移行政権の設立→
憲法制定ロヤジルガ→正式政権の発足というような流れで、新しい国家樹立の道へ向けて歩き始めた。
カルザイ大統領を中心として、ナジブラー政権崩壊後、アフガン国内を混沌に陥れた
北部同盟の軍閥を政府の重要なポストに招きいれ、タリバンを掃討する覚悟でもって、
アフガニスタンは歩き始めたのだ。

そこには妥協点はない。
元々、タリバンがアフガニスタンのほぼ全土を掌握していたとしても、パシュトゥン人のアイデンティティーを
接着剤にして強力な団結力を持っていたとしても、そんなことは関係なく、ビンラディンをかくまっていた
悪者なのだとして、徹底的にやっつける方向で歩き始めたのだ。

当初、アフガニスタン中央政府を安定させる為だとして、
国軍の整備はアメリカ、
警察の強化はドイツ、
DDRは日本、
司法改革はイタリア、
麻薬対策はイギリス、
という役割を先進国間で割り振った。
DDRではムジャヒディン軍閥を中心に武装解除を行い、それによって生まれるpower vacuumは、
アフガン国軍とアフガン警察が埋めるという計画で話しは進んでいたのだ。

この計画が上手くいかなかったのは、軍と警察の整備が遅れているからだという意見がある。
しかし、この計画が例え上手くいったとしても、先進国からの支援によってのみ存在し得ている
アフガニスタン中央政府によって抑圧されたタリバンや反政府勢力の恨みや抑圧の感情
というのは、何処へ行ってしまうのだろうか?無理やり押し込められたという感情は、世代を超えて
民族の歴史として受け継がれていき、終わりのない抵抗を生み出すだけではないのだろうか?
そうだとしたら、アフガニスタンは完全に終わりの見えない泥沼に入り込んでしまったことになりはしないだろうか。

もちろん、だからタリバンをincludeした形で政権を作っていればよかったのだ、という結論を導くつもりはない。
もう既に、現代世界において幅広く「良い」と信じられるイデオロギーでもって、最初の第一歩は踏み出されてしまったのだ。
それは、ある集団から見れば「悪い」ことかもしれないし、ある集団から見れば外部者の押し付けに過ぎないかもしれない。
しかし、僕らは、その既に始められてしまったことの肩の上で、事態を改善していけるように努めなければ
ならないのではないかと思う。それが具体的にどういう方策でなのかはまだわからない。
どのような立場であっても、完全に中立、完全に相対的であることはないと思う。
でも、何が良い方向なのかということを、現実と理想の間で追い求めていかなければいけないと思う。

僕が赴任したのが2005年11月で、赴任してから1ヵ月後に32年ぶりという国会が開かれた。
あの時から、正式政権が発足して新生アフガニスタンはスタートしたのであった。
破綻か再生か、そんな簡単な二元論で語れるとは思わない。
ただ、アフガニスタンの事を自分自身の姿と重ね合わせながら、ずっと見ていたい。
・・・結論は持ち越しみたいだ。
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by aokikenta | 2008-08-04 03:05 | 日記(イスラマバード)
2008年 08月 02日
回顧4
停滞ムードを変えたくて、近くてもいいから、まだ行った事のない場所を散策しようと思った。
車での移動もいいけど、自分の足でゆっくり歩いたら、車では見えないものがよく見えるのではないかと思った。
そんなこんなで、イスラマバードの街中や、ラワルピンディのサダル・バザールやラジャ・バザール、
ラホールのオールド・シティーなど、週末に時間がある時に歩くようにした。

暗い地下の事務所で仕事をして、東側に向いた1階にある自分の部屋で本を読んでいると、
自然と陰鬱とした気分になったし、このままではメンタルブレイクダウンを起こすのではないかと思っていた。
知らない場所をプラプラ歩くことは、僕の気分を変えてくれたし、軽い運動をするとよく眠れた。
自分が面白いと思ったものにカメラを向けて撮影したり、偶然に知り合ったパキスタン人と会話をしたり、
市井の人々の暮らしを観察していたりすると、自然と気持ちが晴れてくるような気がした。

そういう意味で、僕は、「歩こう」という「最初の一歩」を踏み出してよかったと思った。
その「最初の一歩」はフィジカルに最初に一歩でもあるし、不可視の世界での最初の一歩でもあったのだ。

step forward。

一歩を踏み出す、step forward、一歩、step、一歩を踏み出せ、Step forward・・・・・
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by aokikenta | 2008-08-02 14:24 | 日記(イスラマバード)