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2008年 02月 27日
パキスタンでお腹の調子が優れない原因は何か~社会科学的方法論を用いた考察、その限界と可能性(字余り)~
なんかお腹の調子が悪くて体全体が微妙に重い。なんでだろう?なんか悪いことしたかなぁと考えてみるが、はっきり言って思い当たる節が全くない。ご飯だって毎日三食ちゃんと調理されて火が通ったものを食べているし、水だってミネラルウォーターしか口にしないし、食事の前には手を洗ってうがいをしているのに、なんでこういうことになるのだろうか?そもそもパキスタンに来てからというもの、ずっとお腹の調子が優れない傾向がある。色々考えて、初めは生野菜を食べたからかな?と思っていたが、サラダを食べるのを止めても直らなかったのでどうやら違うらしい。気温が高いから、という理由はインド・パキスタンでお腹を壊す理由としは考えられるが、まだパキスタンは日本の春くらいの気温なのでそれはないだろう。精神的なストレスかな?とも思ってみたが、これについては無くそうと思って簡単に無くせるものではないので、精神的なストレスがある状態と無い状態の比較が出来ず、結局迷宮入りしたままだ。

原因に対する結果を究明する為には、まず、原因(独立変数)と結果(従属変数)の関係を設定し仮説を立てた上で、

(1)独立変数が従属変数に先立って変化すること
(2)独立変数と従属変数が共変すること
(3)独立変数以外の変数に大きな変化がないこと

を証明しなければならない。例えば、お腹の調子が優れない原因がメントスの食べ過ぎにあるとすれば(実際、タバコを止めてからというもの僕はメントスを食べ過ぎだ。どうでもいいけど。)、

(1)メントスの量を減らした後、お腹の調子に改善が見られた(時間的先行)
(2)メントスの量を減らしている途中に徐々にお腹の調子に改善が見られた(共変の関係)
(3)その間、食事や生活のパターンや精神的ストレスの度合いに大きな変化はない(その他の変数に大きな変化がない)

という3つの事全てが確認されてはじめて仮説が検証されたことになり、お腹の調子が悪いのはメントスが原因だったという結論が導けるわけだ(それでも更に、メントスの中に含まれている何の成分が原因なのか調べないといけないけど・・・。道のりは長い)。そう考えたら、自分の身の回りに変化の多い大学に入りたての大学一年生とか、20代後半で今やっている仕事に限界を感じて転身を考え始めている人とかは、身の回りの変化が余りにも多いので原因の特定がより難しくなるわけだ。人生は迷いなく送りたいものだ。

それに、厳密に言えば、独立変数と従属変数以外の変数が存在しない状態っていうのは、完璧な無菌室みたいな場所で実験でもしてみないと確認できないのではないだろうか。そうしたら、仮説が実証されたと言っても完全に実証されるということはなくて、「まぁ色々と仮説を検証する為に考察してみたけれども、この2つの要素の間にはどうやら何がしかの因果関係があるらしい」という結論らしきものを、僕達はそれぞれに受け入れて胸の中に抱えながら生きて行くしかないわけですね。几帳面な人々はどう自分の中で処理すればいいのだろう。現実社会って難しい。
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by aokikenta | 2008-02-27 02:10 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 23日
ヒヨコマメ(Chickpea)を使った料理ダール
パキスタンの選挙の方は大きな混乱もなく一段落したようだ。PPPとPML-Nが連立与党を組むのは確実みたいで、後はだれが首相になるかということが今後の大きな焦点になるだろう。

あまり固い話しばかりでも飽きるので、今日はパキスタンの代表的な料理を紹介したい。パキスタンと聞いて日本人が真っ先に思い浮かべる料理は何だろう?恐らくインドの隣にあるから、パキスタン・カレーとかナンとかラッシーがまず思い浮かぶかもしれない。そして、実際それらはパキスタンの日常的な料理で、カレーに関しては、Masala、Jalfrezi、Qorma、Vindaloo、Rogan Josh、Dopyaazaなどなど、沢山の種類が楽しめる(これらは大体マトンかチキンの2種類から選べる)。カレーに含まれるかどうかはわからないけど、チキン・ボーンレス・ハンディという料理は、数人でレストランに行ったら必ず食べたい料理だ。お米にかけて食べたらめちゃめちゃうまい。他にも、ハリームという日本のカレーに似たドロドロしたカレーや、ニハリというシャバシャバカレーを近くのレストランで見かけた。

主食は小麦で、小麦で出来たパンにも色々と種類があって、パラサという油を使って焼いたパリパリしたものもあれば、アフガンのナンに似た発酵して膨らんでいるもの、発酵していなくて固い食感のものなどなど、同じ小麦で出来た料理でも違う味が楽しめる。実際には、ロティとかナンとかチャパティとか呼び方が何種類かあって、厳密に言えばそれぞれ別のものを指しているのだろうが、正直言ってまだそこまでよくわからない。小麦の他にはお米も主食で、代表的はビリヤーニという混ぜご飯だろう。ビリヤーニは大抵の日本人の口にあうと思う。もちろん、お米は日本のお米と違って長くて細いバスマティ米を使っている。含んでいる水分が少ない分、見た目よりも案外お腹に入ってしまうから不思議なものだ。

サイド・ディッシュとしてはサモサやケバブ、パコラなどがある。ケバブだけでも紹介していけば、あらゆる種類のケバブがあるのでキリがないのではないかと思う。果物も豊富で、パキスタンのマンゴーは世界的に有名だ。ビリヤーニとチキン・ボーンレス・ハンディとヨーグルトとナンを腹いっぱい食べて、食後にマンゴージュースを飲んだら最高にうまい。柘榴やバナナやオレンジやリンゴなども豊富に取れるようだ。もちろん、ラッシーも多くのレストランに置いてあるし、マンゴーラッシーも置いてある。

他にも、カラヒという鉄鍋を使った料理(パシュトゥン人の料理みたいでアフガニスタンでもよく見かける)や魚料理、また一般市民の間ではハンバーガーや中華料理も既にパキスタン料理の一部と言っても過言ではないくらい浸透している。どこのパキスタンレストランに言っても、ハンバーガーやサンドウィッチ、そしてチキン・コーン・スープやチョウメイン(炒麺)やチャーハンが置いてあったりする。僕は、案外、庶民の味方的な街で売っているホットドッグが好きだ。パラボラ・アンテナみたいに大きくて円い鉄板の上で、職人が焼いた熱々のシャミーと卵が乗っているホットドッグに、多めにマヨネーズとケチャップをかけてもらえば最高のご馳走になることは間違いない。それで30ルピー(約60円)という値段は正に庶民の味方である。

最後に、多分もっともパキスタンの庶民の間で一般的な料理ダールを紹介しておきたい。ダールはヒヨコマメ(Chieckpea)を使った料理で、チキンやマトンでは高くて食べられない人も、お腹の調子がちょっと優れない人も、風邪気味でちょっと肉は食べたくないなぁという人も、これなら食べられるかもと思わずにはいられない大衆料理なのである。一皿のダールさえあれば、パキスタンの男は一人でナン2枚くらい平らげてしまう。肉を毎日は買えない貧しい庶民の味方でもある。ダールのパキスタン料理に占める立場は、日本における納豆ご飯、イギリスにおけるヘインツのレッド・ビーンズのようなものと言えばわかりやすいかもしれない。パキスタンに来たら是非ダールを食べてみてください。

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→チキン入りのダール
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by aokikenta | 2008-02-23 02:58 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 21日
パキスタン選挙の結果
今回の選挙を総選挙と書いたが、正確に言うとパキスタンは二院制で、今回の選挙はその2つある内の下院と、国内に4つある州議会の選挙だったようだ。色々と既に報道をされているが、パキスタンの有力英字新聞『DAWN』の集計によると、暗殺されたベナズィール・ブットー元首相のPPPが268議席ある下院の内の88議席を獲得して第一位、ナワズ・シャリフのPML-Nが66議席を獲得して第二位、そして、ムシャラフを支援しているPML-Qが38議席獲得で第三位で、実質的にはムシャラフ大統領に不信任を突きつけるような結果になった。

ムシャラフ大統領は、1999年にクーデターでナワズ・シャリフ首相(当時)から政権を奪い大統領の座についた。発足当時、ムシャラフ政権は軍事政権だったが、2002年の国会議員選挙の際に文民の首相を任命するなど緩やかに文民による統治へと移行しようとしてきており、今回の選挙も文民による統治への移行の重要なステップとして注目を集めていた。ムシャラフ政権下では、パキスタンはアメリカの「テロとの戦い」に協調する姿勢を示して、欧米各国からの強いサポートを受けている。また、ムシャラフが政権についてから外国投資が盛んになりGDP成長率も急進したので、その点を評価する声も多い。しかし、昨年10月、ムシャラフ大統領は大統領選挙で勝利したのはいいものの、最高裁がその選挙結果は違法だとの見解を述べ(ムシャラフが陸軍参謀長を兼任していた為)、それに対してムシャラフ大統領が非常事態宣言を発令しその最高裁長官を解任するなど強硬な手段を使って権力の座を守ろうとした。それにより、ムシャラフ大統領による独裁政治への不満が高まった。そういった背景があり、今回のPML-Qの惨敗につながっていると言える。

PPPとPML-Nの議席を足すと154議席になり、議席数が下院の過半数を超えることになる。既に、PPP側もPML-N側も連立与党を組むことを会見などで示唆しており、反ムシャラフ政党連合による連立与党樹立という流れが出来つつあるようである。ナワズ・シャリフ元首相は、ムシャラフ大統領は辞任するべきだとの姿勢を強く打ち出しているので、今後の政権運営は非常に困難となるだろう。仮に、3分の2以上の議席がある場合、議会が大統領を弾劾する事も可能となるようだが、今のところ上位2党を足しても3分の2以上の議席にはならないので、実現の可能性は高いとは言えないようだ。しかしながら、ムシャラフ大統領にとって厳しい状況であることは間違いないだろう。

僕が一つ気になったのは、パキスタンの大統領には成立した議会や州政府を自由裁量で解散させることができる権限がある、ということだ。最初は、1985年に当時の指導者であるZia-ul Haqが憲法を改正してその権限を大統領に付与した。それが1990年代後半に一度、1973年憲法制定当時の状態に戻したのはいいのだが、2002年に、またムシャラフ大統領の命令により復活したのだという。自由裁量で議会を解散させるって・・・、それってすごくない?何でもありみたいな状況?僕も詳しくわからないが、その辺りが、パキスタンは独裁政治だと言われる所以なのかもしれない。

これからどういう展開になっていくのか予想がつかないが、丁度こういう時期にパキスタンにやって来たのも何かの縁と思って、よく状況を注視して行きたいと思う。これまでの経緯や歴史も勉強しないとなぁ。まだ何も語れるほどになっていない。
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by aokikenta | 2008-02-21 03:00 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 19日
パキスタン総選挙
今日、2008年2月18日はパキスタン総選挙の日だ。しかしながら、北西部の都市パラチナルで40人以上が死亡する自爆テロがあり治安が不安定なので外出を控えている。そういうわけで、イスラマバードにいながら、世界と僕をつないでいるのはBBCのウェブサイトという状態・・・。パキスタンの政治についてあまり理解できていないところがあるので、この際BBCのウェブページを翻訳してみよう。これで少しわかるかも?

Pakistan - the balance of forces

パキスタン-力の均衡
最終更新日:2008年2月17日(日)GMT01:03
パキスタンでは月曜日に、国会議員及び州議会議員選挙が予定されている。結果次第では、ムシャラフ大統領は彼の政権に大きなチャレンジを強いられることになる。ところで、投票の前に、パキスタンの政治における力の均衡はどうなっているの?

e0016654_305968.jpgムシャラフ大統領
ムシャラフ大統領は、何年もの間、パキスタンで最も力のある男であり続けている。しかし、今や彼の権力は衰えている。もはや軍隊のトップではない。彼の支持率は低下している。彼の権力は多くの軍事勢力および市民勢力によってチャレンジを受けている。多くの軍事勢力は彼の死を望んでいる。しかしながら、彼は依然として、「テロとの戦い」の防波堤として、欧米各国の支援を受けている。また、彼は自分の裁量で議会を解散させる権力を有している。この権力が、彼を最も権力のある男にし続けている。この権力をどのように使うか、これからの見ものである。


e0016654_36232.jpgアシュファク・ペルヴェズ・カヤニ将軍
カヤニ将軍は、昨年、ムシャラフ大統領が軍隊のトップを辞職した際に後継者となった。カヤニ将軍は、現在、パキスタン国内で最も力のある組織を率いていることになる。しかしながら、パキスタン国軍は、イスラム過激派による襲撃や自爆テロにより、何百人もの兵士を失っており、大きなチャレンジを受けている。カヤニ将軍の対応は、軍人を政治から引き離して、本来の任務(治安の維持)に集中させることである。軍人は既に文民機構のポストから外されている。情報によれば、カヤニ将軍は、諜報機関による投票への介入を最小限にすべく動いているということである。


e0016654_310515.jpgPPP (Pakistan People's Pary)
PPPは、昨年12月に発生したベナズィール・ブットー暗殺によってよろめいている。PPPは国内で最も人気のある政党であるが、投票上最も重要であるパンジャブ州においてイメージに問題を抱えている。ブットーの後継者である夫のアシフ・ザルダリはパンジャブ州で非常に評判が悪い。しかし、ブットーの死後、彼女の幻影は投票者の間で膨らんでおり、政党としてはその効果をどう利用するかが焦点である。もし仮に政党が勝利した際に、誰が首相になるかはまだ公表されていない。


e0016654_3133128.jpgPML-N (Pakistan Muslim League - Nawaz)
PML-Nは、1999年の無血クーデターでムシャラフ将軍によって失脚させられたナワズ・シャリフによって率いられている。ナワズ・シャリフは、昨年、長い間の国外生活から舞い戻ってきた。彼の復帰は、工業・経済界で強い支持を持つPML-Nを生き返らせた。彼は、ムシャラフ大統領によって更迭させられた裁判官の復帰とムシャラフ大統領の更迭を「絶対に必要不可欠」と強く主張している。PML-Nが今回の選挙を勝つ抜く可能性は低く、また、シャリフ氏は大統領として次の任期を務めることを禁止されている。しかしながら、彼の戦略的なPPPとの協調は、次の政権で重要な地位を彼に与えるかもしれない。


e0016654_31842100.jpgPML-Q (Pakistan Muslim League - Quadi-e-Azam)
PMN-Qは、1999年の無血クーデターの後、ナワズ・シャリフから離れた人々を中心に結成された。それ以来、PML-Qはムシャラフ政権の中で、主要な勢力であり続けている。2002年の議論を呼んだ選挙の勝利者でもある。PML-Qのトップ、シャードリー・シュジャート・フサイン・とシャードリー・ペルヴェズ・イサヒの2人は、長い間、大統領に次いで権力を持つ人間であった。しかし、政党の勢力は2007年に大分衰えてしまった。政党のキャンペーンは、PPPの個人攻撃による部分が大きい。彼らのキャンペーンの中で、ムシャラフの不在は彼のイメージダウンを顕著にしている。多くのPML-QのメンバーはPML-Nに戻ってしまった。




他にも、下のページには、パキスタンの民族構成、政治、軍事、経済、教育、保健などについて簡潔にまとめてあってわかりやすかった。

Pakistan: Key facts

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↑こういう簡単な年表みたいなのが最初の内には欲しかったりする。



ところで、皆さんは、調べ物をする時、出張で新しい国に行く時、新しい国に赴任する時など、どのホームページを参考にしますか?やっぱりBBCのCountry Profileとか、Relief Webとか?便利なウェブサイトがあれば教えてもらえると嬉しいです。

(出典)
英語原文、写真ともにBBCウェブサイトから引用。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/7078656.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_depth/629/629/7242751.stm
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by aokikenta | 2008-02-19 03:28 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 17日
タキシラ遺跡、イラン戦、カブール出張、ソルト・レンジ等
アフガニスタンからパキスタンに退避してきて1ヶ月以上が過ぎた。ゴンドラチェフの波循環理論みたいに、モチベーションが上へ下へと曲線を描いた不安定な1ヶ月だった。何を書いたらいいだろうか、というか僕は今何を書きたいのだろうか。頭がぼんやりしていて、イマイチよくわからない。とりあえず、最近の状況。こんなことが過去1週間であった。

2月8日 タキシラ遺跡訪問とイラン戦
タキシラという名前のガンダーラ文明最大の都市遺跡が、イスラマバードから西北西32キロの所にある。東京から出張者が来ていたので、パキスタンのいい所を見てもらおうという意味もあって車を一台借り上げて行って来た。タキシラ博物館には、仏像や仏頭やストゥーパ(仏塔)等が置かれていたが、興味深かったのは、西洋人あるいはペルシア人の顔をした人物の彫刻が、仏像の横に置かれている美術品が数多くあったことだ。東西文明の融合という言葉自体はよく聞くけど、ギリシャ人風の彫りの深い顔立ちの彫刻が仏像の横にある光景を自分の目で見たのは初めてだったので驚いた(ガンダーラ文明はアフガニスタン東部がむしろ中心地だったのでカブール博物館にも本来あるはずだが、僕が行った時は展示品が破壊されたり盗まれたりで全然無くなっていたので見られなかった)。

アウフヘーベン(止揚)というのは、定立(テーゼ)と反定立(アンチテーゼ)がぶつかった時に、停滞ではなく上昇が生まれる、というヘーゲル弁証法上の概念だった気がする。そうだとすると、ガンダーラ美術というのはアウフヘーベンが実際に起こったことによる成果物と言えるかもしれない。しかし、物事というのは矛盾したものがぶつかることで常に上昇すると言えるのだろうか?全く別の考えの人や文化や思想がぶつかった時に、多くの場合はガンダーラ美術のように上昇するわけではなく、停滞、あるいは破壊の方向に向かうのではないだろうか。ヘレニズム文化・仏教・イスラム教・イギリス・ロシア・アメリカなどがひっきりなしに到来しては去っていったアフガニスタンが、戦争ばかりやっているのなんてとてもいい例じゃないか(いい例というのは、例としていいというだけで、決して価値観としていいということではない)。そうだとしたら、相反する人や思想や文化がぶつかった時に、停滞ではなく上昇へと向かわせる決定的な要素というのは何なのだろうか。答えがあるのか、ないのか、そもそも、そんなことを考える必要があるのかどうかすらよくわからないが、タキシラの遺跡というのは、そんなことを考えずにはいられない遺跡なのであった。

その後、ラワルピンディで少しお買い物をして、夜はイラン大使館で行われたサッカーの練習試合に行って来た。BHC戦ではボロ負けしたので気合は入っていたが、この日、イランチームの集まりがすこぶる悪くて人数に満たないので、日本人チームから人を何人かイランチームに補充してなんとか試合をすることが出来た。それでも、日本チームはイランチームに勝利できたのでホッとした。試合の後、7th Avenueにある中華料理屋で祝勝会をした。持込んだビールがとても美味しく感じた。

2月10日~13日 久しぶりのカブール入り
去年、外部監査と新規プロジェクト準備と地雷原返還式準備で1ヶ月程滞在したカブール出張以来、約2ヶ月ぶりにカブールに出張で行って来た。久しぶりのカブールはまだ雪が残っていて、水道管が案の上凍っていたので、ニット帽を被って毎日同じような格好で過ごした。それでも、スタッフは「これでも先週より暖かくなった」と言っていたので、そのセリフで先週の寒さが推測されて逆に怖くなった。

仕事の方はほぼ計画していた通りに達成されたのでよかったが、個人的には、現地スタッフと久しぶりに顔を合わせられたのが一番よかった。みんな与えられた環境で一生懸命やっていて、僕も遠隔操作になってから不安を抱えていたけれど、多分、本当は彼らの方が不安でいっぱいだったのだろうと思った。突然上司が全員いなくなると聞いたら誰だって不安になるものだろう。3泊4日という短い滞在なのでフィジカルにできることは限られていたが、出来ることはやろうと思って、時間を取ってスタッフ一人一人全員と面談をした。要望でもコメントでも何でも話して欲しいと言ったら、色々と相談事とか悩み事とかが出てきた。今すぐに解決できるものばかりではないけど、とりあえず上司が話を聞いて汲み取ってくれるというのはとても励みになると期待している。

はっきり言って仕事というのは自分がやってしまえば一番楽である。大抵のことはコントロールできるし、自分なら何をどのくらいできるのかということがわかる。しかし、今の僕の状況ではそれが出来ない。もう物理的に不可能なのである。当初、そのことに戸惑って、どんなシステムを構築していったらいいのか(アドミン、ファイナンス、ロジスティクス、HR管理等全ての面で)悩んだのだが、今は逆に、この状況をチャンスだと思って、如何に人を上手く使うのか、という事の勉強だと思うようにしたいと思っている。そんな貴重な勉強が28歳でさせてもらえるんだから儲けもんじゃないか。日本で働いてたら40歳くらいにならないとさせてもらえない仕事に違いない。そう思えたら少しは前向きになれるような気がした。きっと今僕がすべきことは、そういうことなんだ。

2月16日 岩塩鉱山ソルト・レンジ訪問
パキスタンの「ピンクの塩」は有名なんだよ、とカブールにいた時に元パキスタンの協力隊員の方から聞いていたのでずっと塩の鉱山へ行きたいと思っていたのだが、それが昨日ようやく実現できた。イスラマバードからM-2道路をラホール方面へ南下して160キロほど行った場所にあるケウラという街に世界で2番目に大きな岩塩鉱山があるので、そこへ同僚や友達と行ってきたのだ。鉱山の中へはトロッコで入っていき、鍾乳洞みたいな内部を歩きながら、岩塩鉱山の見学をした。淡い桜色をした岩塩はライトアップするととても綺麗で素敵だった。

イスラマバード近郊の観光スポットと言えば、タキシラ遺跡とラワルピンディとソルト・レンジとロータス・フォートが有名だとガイドブックに書いてあったので、あとは残されたロータス・フォートにも時間がある時に行ってみよう。同時に、ラホールとかペシャワール等の大都市にも行く計画を立ててみたいと思う。

そういえば、読みたいと思った本を買って徐々に読んでいる。まだ余り読めていない。

Emma Duncan, “Breaking the Curfew”
Steve Coll, “Ghost Wars: The Secret History of the CIA, Afghanistan, Bin Laden, from the Soviet Invasion to September 10, 2001”
Mohsin Hamid, “Moth Smoke”
John Perkins, “The Secreat History of the American Empire: Economic Hit Men, Jackals, and the Truth about Global Corruption”

DVDの方も適当に買った。こちらは全て観た。

“Beyond Borders”
“Black Hawk Down”
“Blood Diamond”
“Charlie Wilson’s War”

Steve Collの”Ghost Wars”の第一章が、1979年の在パキスタン・アメリカ大使館が暴動で襲撃されて死傷者が多数出た事件の様子を克明に書いていて、それがなんとなく今の選挙の不安定な状況と頭の中で重なるところがあって臨場感を持って読めた。実際にパキスタンに住んでみると、パキスタンのことが前よりも身近に感じられる。両国の歴史的関係を考えると、パキスタンの事がわかればアフガニスタンの事もより深くわかるはずので、面白いことに隣国にいながらにしてアフガニスタンについて重層的な理解ができるようになるかもしれない。思わぬ波及効果。ちょっとだけ、野球が上手くなりたいが為に真剣で素振りをしていたら、一本足打法を編み出してしまった王貞治の気分だ(そんなエピソードなかったっけ?)。

今週、来週は少しゆっくりしよう。

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by aokikenta | 2008-02-17 19:56 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 15日
Updates
2月10日~13日までの4日間カブールに出張で行っていた。
この1週間やたらとやる事が多くて、ブログの更新が滞っていたが、少しだけupdateしておこう。

デンマークの預言者ムハンマド風刺画再掲載
2年前にイスラム世界で大きな反発を引き起こした預言者ムハンマドの風刺画がデンマークで再掲載されたらしく、ここパキスタン・アフガニスタンでもデモが予想されている。事の発端は、問題となっている風刺画(預言者ムハンマドが爆弾付きのターバン?を巻いているような絵らしい)を書いた漫画家を殺害しようとしたチュニジア人とモロッコ人が逮捕された事件で、それをきっかけに各紙が一斉に再掲載をしたということだ。明日は金曜日なので、イスラム教国では午後から集団礼拝が行われる。その時にムッラーが大衆を煽動してデモを起こす可能性があるのではないかと思う。明日はなるべく外出を控えよう。

ノルウェー大使館閉鎖
在アフガニスタン・ノルウェー大使館が閉鎖されたらしい。理由は明確には公表されていないようだが、セレナホテル襲撃事件の際にノルウェーの外務大臣が宿泊していたことが影響しているのは間違いないだろう。何故か、話題がスカンジナビア半島続き。

在アフガニスタン・パキスタン大使誘拐
一昨日に、在アフガニスタン・パキスタン大使が両国の国境付近で誘拐された。大きなニュースになると思ったが、こちらではあまり騒がれていない。理由はよくわからないが、誘拐が発生したのがパキスタン国境側なので、自分の国の問題だからパキスタン当局としても騒ぐに騒げないのだろう。これがアフガニスタン側で発生していたら、両国の関係は著しく悪化していたかもしれない。パキスタンのアフガニスタン国境付近は、パキスタン政府の力が及ばないと言われる部族地域で、親タリバンが多い地域だ。しかし、本当の所、アフガン/パキスタン国境というのはどのような状況になっているのだろう?アフガニスタンのパクティア州の右側はほとんどパキスタンに接しているが、その距離は日本の縦側くらいの長さがあるらしい。とても7・8万人の軍隊の国で管理しきれる距離ではない。もともと人工的に引かれた国境線だから、実際に行ってみたら単なる山の中で国境なんてどこにも目に見えないのだろう。

パキスタン総選挙
今年の1月8日に予定されていたけれど、12月27日のブットー暗殺で延期されていた総選挙が、2月18日(月)に行われる。街ではポスターがあちらこちらに貼られていて、道では外宣車が走り回っている。1999年にクーデターで政権を手に入れたムシャラフ大統領が再び政権を維持できるのかどうかが焦点で、野党のPPPはブットー暗殺以降、人気を上げているらしい。しかし、暗殺から約2ヶ月が経ち、ニュースの衝撃が1月8日時点よりも薄れているので、どこまで追い上げられるのかはわからない。選挙を延期させたのはムシャラフにとって吉とでるのだろうか。

ちなみに、街を歩いていると、「あれ、アフガニスタンの国旗?」と思うような赤と黒と緑色をした旗があちこちではためいている。なぜアフガニスタンの国旗がこんなに?と思ったが、よく見ると、色の順番が違って、アフガニスタンは左から黒・赤・緑なのだが、その旗は赤・黒・緑の順番になっている。あれはなんの旗なのかと思ってスタッフに聞いてみたら、PPPの旗なんだって。遠目から見たらそっくりな旗で紛らわしい。

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→ちょっと見えにくいが、街灯にある看板の下にぶら下がっているのがPPPの旗です
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by aokikenta | 2008-02-15 00:13 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 09日
僕は今日、とても哀しい光景をラワルピンディで目にしました、それはとても哀しい光景でした、の巻
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by aokikenta | 2008-02-09 17:19 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 09日
パキスタンの電気の配線は、何故かくもorganizeされていないのであろうか、甚だ疑問であるが由、の巻
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by aokikenta | 2008-02-09 17:17 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 07日
高速で回転している独楽が静止して見えるように、静かに、しかし激しく君の事を愛している、の巻
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by aokikenta | 2008-02-07 00:40 | 日記(イスラマバード)
2008年 02月 06日
金曜日のお昼時、Juma prayを控えたモスクの前で楽しくクリケットの巻
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by aokikenta | 2008-02-06 01:14 | 日記(イスラマバード)