<   2007年 12月 ( 18 )   > この月の画像一覧

2007年 12月 28日
PPPのBB暗殺
ママ 昨日 PPPのBBが殺されたって

防弾車から顔を出して集まった人達に挨拶しようとしたところを
首を撃たれて一瞬で死んだんだってさ
狙撃した犯人はそのまま自爆したってニュースで言っていたよ

パキスタンでの新しい生活がまさにこれから始まろうとしている所だったのに
そんな幻想は、僕をあざ笑うかのように吹き飛ぼうとしているみたいだ・・・





QueenのBohemian Rhapsody風の出だし、こんなんどうでしょう?

「アフガニスタンから退避したはいいけど、パキスタンの方がもっと危ないんじゃない?」
なんて色んな人から冗談で言われるけど、あながち間違った指摘じゃなくなってきたみたいだ。
パキスタンの政治情勢が先行き不透明で、治安はもっと不安定になるだろう。

パキスタンの政治情勢分析をしてみたいのだが、
少し時間をかけて色んな人の意見を集めてからにしたい。
パッと書いてしまって、見当はずれなことを言ってしまうとまずいので。
見る立場によって、人物評価も現状把握も全体予測も全然見え方が違うはずなのだ。

ある人は、ブットーのことを民主主義を実現する為のヒロインだと賛美するだろう。
しかし、ある人は、ブットーのことを単なるプロレスのヒロイン役なだけだと非難するかもしれない。
(実際、BBのことをBBB(Benazir BXXXh[←swear word] Bhutto)と呼ぶ冗談を言う人に会ったこともある)

だから、書けるのはもう少し先になりそうだ。
とにかく、BB暗殺のニュースを聞いて驚いたということ。
それだけだ。

PPP - - - Pakistan People's Party
BB - - - Benazir Bhutto
[PR]

by aokikenta | 2007-12-28 17:28 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 25日
緊急帰国
クリスマスも年末年始も、当初はイスラマバードで過ごす予定だったのだが、
鶴の一声で急遽日本に一時帰国することになり、そんでabove all、今は実家からブログを更新している。
とりあえず昼飯も食ったし、銭湯とサウナでも行ってくるかな。

日本ではタクシー初乗りが710円になっててびっくりした。
[PR]

by aokikenta | 2007-12-25 14:17 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 24日
写真ばかりのアフガン報告
地雷原114の返還式に続いて、写真ばかりを載せた記事をJMASホームページの方に掲載してもらうことになりました。
こちらも、ご興味あれば、是非ご覧下さい。


JMASホームページ
     ↓
左にあるメニューから「アフガン報告」をクリック
     ↓
「第20報 地雷処理の現場から(4) 地雷原の周辺に住む人々と動物」
「第21報 地雷処理の現場から(5) 新しい地雷原 MF150、MF176」
「第22報 地雷処理の現場から(6) 屋根のない学校」 
[PR]

by aokikenta | 2007-12-24 02:06 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 20日
MF114 cleared
団体の公式ホームページの方に、先日処理が完了した地雷原114の返還式の様子を更新しました。
興味があれば、是非ご覧下さい。
このブログにも載せた写真のコンテクスト(前後関係)が少しわかるかも?

JMASホームページ
     ↓
左にあるメニューから「アフガン報告」をクリック
     ↓
「第19報 村民への返還式~地雷原114番~」
[PR]

by aokikenta | 2007-12-20 21:16 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 19日
世界の終焉は、キミと一緒に素因数分解できない数字で終わりたい
17回「退避勧告下のアフガニスタン・リポート」を書いて、17日にイスラマバードに戻ってきた。17という素因数分解できない数字で終わるのは、気分として悪くない。2とか5とか10とか、そういう数字が区切り良いなんて誰が決めたんだ。区切りというものをどう感じるかは人それぞれ違うもの、価値観が相対的なのと同じことだ。だから、全17回で終わったっていいじゃないか(実際のところ、何の計画もなく偶然にそうなった)。でも、素因数分解できない数字で終わりたいと感じる精神的傾向というのは、一体どうやって説明できるのだろう。

破滅願望?

違うか。というか、そもそもそんな精神的傾向を説明する必要なんてない?
感じるものは感じるものだ。考えてどうにかなることじゃない。だからどうでもいいや。
とにかく「世界の終焉は、キミと一緒に素因数分解できない数字で終わりたい」と言って死にたい。



Operation Contract
今回カブールに出張している間に新しいプロジェクトの承認がおりた。それに伴って、プロジェクト毎に契約していた現地スタッフ、事務所、サイトオフィス、賃貸車両等の契約更新をしなければならなかった。作業量的にも多いのだが、問題は、昨今のアフガニスタンでは物価が物凄い勢いで上昇していることだった。例えば、昔はディーゼル1リットル30アフガニーくらいだったのに、今は42アフガニーくらいに上がっている。燃料だけじゃなくて、ガスも薪も食料も家賃も全ての物価が上昇していてインフレ状態になっている。そういう状況だと、当然、同じ条件(特に、給料・家賃)で契約をやすやすと飲み込むわけはないわけで、今回も契約書にサインをしてもらうのに一苦労した。

こちらとしては、既に予算で決まっている金額でしか条件は提示できない。だから、いくら現地スタッフの生活が苦しくたって、大家が値上げを要求してきたって、彼らの要求を飲むことはできないのだ。それに、1月に控えたパキスタンの大統領選挙が終わって、この厳しい冬が終わる頃になれば全ての物価は下がってくるはずだ。物価と言うのは常に波打って変動している。僕は、実際に契約書を作成するのはラハマトラーくんに任せて、スタッフへの説明に終始した。契約書は、ミスがないかどうかだけをチェックした。必要な箇所をひたすら上書きするようなフィジカルな仕事は現地スタッフに任せた方がいい。彼らの成長にも役立つし、僕は頭脳労働でご飯を食べていきたいのだ。

Operation Contractを片方に見ながら、もう一つの激しい戦線がもう片方の手には広がっていた。

Operation Audit
13ヶ月に渡った1millionプロジェクトの終わりを迎えて、外部監査戦線が出張中に始まった。それをファイナライズする事が、実は今回の出張で僕に与えられたミッションだったのだ。

開戦の1週間くらい前にカブールに入り、過去のファイナンス関連書類、インベントリー関連書類、ドナーへの最終会計報告書を点検し、実際に外部監査が始まると「この金額の根拠は何ですか?」とか「契約書を全て出してください」とか「これを英語に翻訳してください」とか「トランスポーテーションとランチはそちらで負担してください」とかいう鳴り止まない攻撃に約2週間耐えた。外部監査中は、金曜日も土曜日も関係なくぶっ続けで事務所にやってくる会計士3人への対応をしていた。最後のまとめをするのは日本語ができないとできない為に、ファイナンス・オフィサーでは出来ないのだ。日本のドナーも全て報告書を英語でも受け付けてくれれば大分楽になるのになぁ。単なる翻訳とかは二度手間だ。

それはいいとして、どれだけやましいことがなかろうとも、やはり第3者にチェックをされるというシチュエーションは緊張感を高めるものだ。何も隠すようなことはないが、やはり毎日事務所に来て書類なり現物をチェックされるというのは、決して気持ちが良いことではない。反対に思うのは、モニタリングというのはあらゆる面で非常に重要だということだ。不正を防ぐ為もそうだが、部下のモチベーションを上げたり、いつも見られているんだという安心感を与えることに役立つと思う。目が届かないと人間すねるものだ。それは、弟が生まれてからというもの、母親の愛情が半減してしまってすねる兄という構図で明らかなように普遍的な感情なのだ。

出発する当日に、お互いのサインが入ったAudit Reportを手にした。
戦果を上げたジェネラルの気分だった。

Operation Handover Ceremony
この前に処理を完了したMF113の横にあるMF114の処理が、出張中に完了した。49,000m2の地雷原。着々と成果を上げていくというのはとても嬉しいし、励みになることだ。何より一つの事故もなく成果を上げてくれたディマイナー一人一人に感謝の念を捧げたい。ありがとう。君たちの内の一人でも事故にあって、怪我をしたり、命を落としたりしたら、僕に目覚めの良い朝は残りの人生で二度と来ないだろう。

返還式は、現地スタッフが企画、準備、実行全てやってくれた。僕は何一つ手を出さないでも全てが進行して行った。唯一不満があったのは、開始時間が予定より30分以上遅れて始まったことだが、僕はこの事案に関しては責任を全て現地スタッフに任せたので、口を挟まないことにした。アフガン人がやりやすくて満足なようにやっていけばいい。日本人なんていうのはいつかいなくなるんだ。日本人はお金を取ってくるだけで、後はすべてアフガン人が運営していけるはず。特にこの国の地雷処理は進んでいるから大丈夫だよ。ホントに任した。



4回目が「ファム・ファタール編」で、13回目が「柘榴(ザクロ)編」だった。
ちょうどド真ん中の8回目が「空虚編」で、17回でリポートは終わった。
世の中全て上手く出来ている。
だから、きっと万事上手く行くはずだ。
[PR]

by aokikenta | 2007-12-19 01:57 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 16日
退避勧告下のアフガニスタン・リポート⑰ 「しばらく旅に出ます。探さないで下さい。」編
うーん、キリがない。キリがないぞ。

「しばらく旅に出ます。
 探さないで下さい。」

とだけ書いた手紙を机の上に残して何処かに消えてしまおうかなという誘惑が胸をかすめたりして。
いや、ほんの冗談です。


文章を書けるほど頭の中が整理されていないので、
とりあえず出張で撮影した写真だけいくつかアップしておこう。
ゆっくり体を休めて、なだらかなブレインストーミングが終わったら、
少しはまともな文章が書けるかな。

書けたら、それをこのブログか団体のHPに載せようと思う。
おやすみなさい。











= = = = = = = = = =











e0016654_20224260.jpg







e0016654_20231497.jpg







e0016654_20234559.jpg







e0016654_20241388.jpg







e0016654_20244711.jpg







e0016654_20251618.jpg







e0016654_20255051.jpg







e0016654_20261968.jpg







e0016654_20271957.jpg

[PR]

by aokikenta | 2007-12-16 21:38 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 16日
退避勧告下のアフガニスタン・リポート⑯ 政治編
・・・政治編を書こうと思ったら、アフガニスタンの政治についてほとんど何一つ知らないことに気がついた。
勉強しなくては・・・。

とりあえず身近なところで事務所の写真を載せておこう。

e0016654_095549.jpg

→広角レンズで撮影したので実際より広い感じで写っている
[PR]

by aokikenta | 2007-12-16 00:10 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 15日
退避勧告下のアフガニスタン・リポート⑮ 『バスィールはこう言った』編
小雨の舞うある日、カブールの街中をランドクールーザーで移動していた。
ドライバーはセディークで、助手席にはバスィールが乗っている。

バ「ミスター・ケンタって結婚してるんですか?」

僕「いや、独身だよ」

バ「そうなんですか。アフガニスタンでは多くの家では、男は18歳くらいで結婚するんですよ。」

僕「そうらしいね。」

バ「それで子供を10人くらい産むんです。なんでだかわかりますか?」

僕「なんでなんだろう。深く考えたことなかったなぁ。」

バ「子供を沢山産んでおけば、子供が成長して大人になった時に養ってもらえるじゃないですか。
アフガニスタンは政府がしっかりしていないから、日本みたいに保険とか年金のシステムがない。
だから、子沢山が保険とか年金の代わりなんですよ。
これが自然の年金システム(natural pension-system)ですね(笑)」

・・・キミは笑ってるけど、あんまり笑えないぞ、バスィール君。
僕なんてむしろ泣きそうになってしまったくらいだ。

サイド・バスィール・ハシミ。
この男、逸材につき。

※タイトルはニーチェ著『ツァラトゥストラはこう言った』のパロディです。内容は一切関係ありません。

e0016654_053449.jpg

→書類を整理中のバスィール君(推定24歳)
[PR]

by aokikenta | 2007-12-15 00:06 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 15日
退避勧告下のアフガニスタン・リポート⑭ 『サミウラーはこう言った』編
気持ちよく晴れ渡る、とある日のカブールでのこと。
何処にでもある土作りの家で、僕と現地スタッフ5名ほどで雑談をしていた。
アフガニスタンと日本の文化の違い、イスラム教のこと、男女関係について。
そんなたわいもないいつもの会話をしていると、みんなの輪に加わらず、サミウラーが一人でぼんやりとしている。

僕「サミウラー、何ぼんやりしてるんだよ」

サ「世界の終わりについて考えていたんだ」

僕「・・・えっ!?」

一瞬、返す言葉を失う。

僕「世界の終わりって、どうしてそんなこと考えてるんだい?」

サ「この国の将来のこととか、世界の行く末とかについて君だって考えることがあるだろ」

僕「そりゃあるかもしれないけど、今はこうやって皆で楽しくおしゃべりしてるじゃないか。
そんな時に考えなくてもいいだろ。」

サ「ごめん、ごめん、それはミスター・ケンタの言うとおりだ。」

僕らはまた雑談に戻った。
しかし、しばらく経ってからサミウラーに目をやると、また一人でぼんやりしている。
彼の社会との関係性は一人で完結していて、ほっておくと一人の世界に入ってしまう傾向があるらしい。
サミウラーの頭の中では、常に「世界の終わり」の情景が流れているのだ。

サミウラー・サタリ。
この男、逸材につき。

※タイトルはニーチェ著『ツァラトゥストラはこう言った』のパロディです。内容は一切関係ありません。

e0016654_0124878.jpg

→コンピューターに向かってウィークリー・レポートを書くサミウラー(推定30歳)
[PR]

by aokikenta | 2007-12-15 00:05 | 日記(イスラマバード)
2007年 12月 12日
退避勧告下のアフガニスタン・リポート⑬ 柘榴(ザクロ)編
e0016654_21481445.jpg



あの真っ赤に燃える柘榴(ザクロ)を見よ!
路傍に居並ぶ店先の、大きな皿の上にうず高く積まれた柘榴の一粒一粒を
彼らは生命の喜びと血の滾り(たぎり)を一身に表現しているのだ

柘榴から染み出す赤い汁の一滴一滴が血で
香ばしい小麦の匂いを高らかに歌い上げながら狐色に焼きあがるナンが肉だ

若者よ、剋目せよ!
毎朝同じ時刻に学び舎に吸い込まれていく、一様に同じ学生服を着た若者よ
事を成す喜びによって得られる生の充足感を一身に表現するのだ

神から与えられた美しい躯(からだ)を躍らせろ
己の躯に流れる熱い血を沸き立たせろ

おー、柘榴よ
キミはなぜそんなに美しいのか
おー、柘榴よ
キミはなぜそんなに儚いのか

あぁ、柘榴のように鮮烈で激しい生き方で・・・
あぁ、柘榴のような刹那的な生き方で・・・
(フェードアウト)







中世ヨーロッパで出来た楽曲を、明治時代の日本人が翻訳した風の歌詞を書いてみました。
うーん、誰からも全く共感を得られなさそうだ(笑)

(この歌で伝えたいメッセージが何なのか自分自身にも意味不明だ。
なんでこんな文章が僕の中から出てきたんだろう?たまにこういうことがある。)

ちなみに、柘榴は英語で言うとpomegranate(ポムグラナト)と言う。
アフガニスタンに来るまでそれを知らなかったのだが、手榴弾の事を英語で
grenade(グレネード)と言うので、形が手榴弾に似ているからだと勝手に思い込んでいた。

しかも、破砕式地雷(fragmentation mine)の中に
POMZ-2(ポムズ・ツー)という旧ソ連製の地雷があって、
その形が手榴弾に非常に似ている上に「ポム」という音が一緒なので、
「だから、ポムズ・グレネードなのかー」
と妙に一人で納得していた。
「ポムズ・グレネード・ジュース」という飲み物があったら是非一度飲んでみたい。
危険な味がしてとっても美味しそうだ。

ところで、果物ってエロいですね。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の、人間が持つ五感全てにおいて、
快楽を満足させるところがSEXを連想させるからだろうか?
いづれにせよ、存在そのものが非常にエロい。

果物はSexyだ。
果物はSexyだ。
(再びフェードアウト)






(空白)








(余韻)











(没。)
[PR]

by aokikenta | 2007-12-12 22:05 | 日記(イスラマバード)