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2007年 10月 27日
向こう側の世界
現実から浮遊しているという感覚がずっと離れなかった。
社会と自分の間に途方もない溝があって、どうやったら社会に
受け入れられるのかがわからずにただ下を向いていた。
高校生の時の話だ。

サッカーは小学校1年の時からやっていた。
できた友達はほとんどサッカーを通じて出来た友達。
元々サッカーを始めたのは、親から進められたからだった。
クラブに入って小学校1年生から3年生の毎週日曜日午前10時から12時、
多摩川の河川敷でボールを蹴った。
僕は別に体が大きいわけでもなく、足が速いわけでもない。
サッカーをしていなければ多分、運動とは無縁の人生を送っていただろう。
ただ、ボールと遊んでいるのが好きで、一人でボールを蹴っているだけで満足だった、
そして、サッカーをしていると自然に友達ができるから続けた。

物心がついて、自我を模索し始めた頃、
僕は自分の存在を確認することができなかった。
思春期なら誰にでもよくある話だ。
そして、自分の存在を確認させてくれる相手が僕にはいなかった。
君は確かに存在している。
その一言があれば僕は違う人生を送っていたかもしれない。

僕と社会をコネクトしてくれるもの。
それは僕の場合、サッカーだった。
チームに入れば、今までやってきたからそれなりに認められる。
やったものだけが分かり合える感覚。
そういう言葉の要らない精神的なつながりが、
僕の現実浮遊感を少しは和らげてくれた。

ある日、友達が放課後の教室でアコスティックギターを弾いていた。
誘われるともなく、教室にいたみんながギターの周りに集まってきた。
僕もギターの周りの輪に加わった。
格好いいと思った。
ギターは社会とつながれる道具なんだと思った。
次の週末、僕は一人でお茶の水の楽器街に行ってTakamineの
教本付のギターセットを3万円くらいで買った。
そのギターは今も、僕のカブールの部屋に置いてある。

結局、僕はサッカーとギターで世界とつながっていたかったのだ。

☆ ☆ ☆

大学3年生の冬、アルバイト先の赤坂見附のレストランへ向かう
ブランド・ストリートを肩をすくめて歩きながら、
そろそろ就職活動をしなくちゃなぁとぼんやり考えていた。
周りの人がどんどんOB訪問をしてセミナーに出ている。
僕は部活で忙しくて何にもしていなかった。
ただ、実家にはどこからか住所を知り得たリクルート業者が
百科事典みたいに分厚い就職雑誌をたくさん送りつけてきて、
なんとなく就職活動をしなければいけないんだという焦燥感だけを煽っていた。
就職するっていったって、僕は一体何者になりたいんだろう?
どんな人生を送ったら、僕は人生を終える最後の瞬間に後悔を覚えないんだろうか?
僕はそれに答えるべきカードを1枚も持ち合わせていなかった。

その時、僕の頭の中にぼんやりとあったもの。
それは、世界のどこかへ行きたい、見たこともない国で何かをしたい、
社会の役に立ちたいという事。
何でそんな事を考えていたのか、今でもわからない。
父親がいつも忙しそうに海外にでかけていく背中を見ていたから?
高校に入ってから毎年行っていた中国のイメージが頭に残っていたから?

仕事をどうやって選ぶかというのは、その人の持つ世界観(パラダイム)によって決まる。
他の人には見えなくて、しかし頭の中にある「向こう側の世界」。
それが、自分という孤独な存在が社会の中で何を果たしていくのかを
決定する時のイメージの元になっている。

僕の向こう側の世界は、現実とは切り離されてどうしようもなく肥大しきっていた。
他人との関わりが少なくて自己完結していたからかもしれない。
世界の中の何処かの国の名前も顔も知らない人と自分との間に、
確かにある関連性を見出していた。
僕は、誇大妄想癖か精神分裂症か何かのある種の病気だったのかもしれない。

就職活動を前にして友達に相談したときに、友達から
「お前は何やりたいの?」って聞かれた。
僕は「海外で働きたい。世界の人の役に立ちたいんだ。」と答えた。
友達は「お前、それって漠然とし過ぎてるだろ。
どこの会社がそんなやつ雇いたいと思うと思ってんだ。
企業は利益を追求する為にあるんだぞ。」と叱られた。
今なら、僕はその友達に”You are absolutely right”と言えるかもしれない。
しかし、その時の僕は、だって本当なんだから仕方ないじゃないか、と
心の中でつぶやいていた。

☆ ☆ ☆

社会とか平和とか国際とか総合とか、形があるようで
実際にはないタームが新聞や雑誌に出てくると何故か目が止まった。
理由はわからないけれど、強く僕の内側に訴えかけてくるものがあった。
海外に行きたかった。
だから、僕は22歳で大学を卒業すると、物流企業に就職して
輸入貨物と向き合うことになった。

仕事は楽しかった。
海外にも行かせてもらった。
先輩に追いつこうとおもって、土曜日に学校に通って勉強をして資格も取得した。
上司も厳しいけどとてもよい人だった。
しかし、どこかで心が満たされないものがあった。
朝から終電まで仕事をして家に帰り、翌朝また会社にでかける生活。
このままでいいのだろうかという疑問が頭に一度浮かぶと、
それが頭から離れることは二度となかった。

入社4年目をもうすぐ迎えようという頃、僕は上司に辞表を提出した。

☆ ☆ ☆

Bradfordの丘の谷間にあるカレーハウスのChicken Tikka Masalaはとても美味しかった。
それを食べながら、僕は修士論文では人権について書こう、
難民のことを取り上げようと決めた。
しかし、どこの国に絞って書くかということが決まらなかった。
色々と考えた挙句に、僕はアフガニスタンのことを書こうと思った。

理由はいくつかあった。
第一に、留学先にはパキスタン出身のイスラム教徒が多く住んでいて
イスラム教に興味を持ち始めたから。
第二に、アフガニスタン難民の数は統計的に世界で第一位だったということ。
そして、第三には、難民が大量に出ていたにもかかわらず、
国際社会に見捨てられて十分な人道支援が行き渡らなかったという
事実を知るようになったこと。

アフガニスタンを修士論文の題材に選ぶ理由を考えながら、
しかし同時に、僕はそんなのはみんな後づけの理由だということを
心のどこかで知っていた。
僕は、自分の感覚がアフガニスタンを求めている、ということを
心のどこかで感じ取っていただけだったのだ。
度重なるアフガニスタンの戦争の歴史と緩衝国家としての悲劇的な役割が
心に触れて、この国のことをもっと知りたいと思っただけだったのだ。

イギリスから日本に帰って2週間後に仕事が決まり、
そして、1ヶ月半後には僕はその恋焦がれた国で働くことになった。

☆ ☆ ☆

アフガニスタンで働くことが決まってから、ブログを書き始めた。
国も言葉も宗教も文化も違う場所で、自分が見たこと、聞いたこと、感じたことを
書いたら、興味を持ってくれる人もいるんじゃないかと思ったからだ。
でも、本当はただ、ブログを通じて、僕が存在しているということを
確認していたかっただけなのだ。
何かを書いて発信していたら、僕の不安定な気持ちも少しは和らぐのではないか。
文章ならなんとかなるかもしれないと思ったのは、
高校生の時から日記をつけていて書くことには慣れていたし、
何かあるといつも文章にして思いをぶつけていたからだった。

1年前に取材してくれたフリーランス・カメラマンの影響で、一眼レフカメラも始めた。
言いたいことを写真に託したり、被写体の内側まではフォトグラフできないけど、
だんだん好きになってきた。
文章と写真で生きたしるしをこの世界に残せたらどれだけ幸せだろう。
自分は確かに存在していたんだと確信できるものが残るのであれば、
僕は地位も名誉も財産も何もいらない。

今日、仮にテロで巻き込まれて死んだとしても、
僕には自分の書いたブログが残る。絶え間なく情報が発信される世界の中で、
このブログなんて通り過ぎても誰も気がつかない
ほんの小さなチリみたいなものかもしれないけど、
それでも何もないよりはマシだ。

ブログもサッカーとギターと同じで、結局、僕と世界をつなげてくれていたのだ。

☆ ☆ ☆

頭の中がごちゃごちゃして説明がうまくできないけれど、
僕は現実から切り離されてしまっていて、それが怖いから
現実とつながっていられるもの、自分とそれをコネクトしてくれるものに
すがっていただけだった。
そして、結局はその現実浮遊感から逃れられずに物理的にも浮遊してしまった。
向こう側の世界に見えるものに忠実に従うままに、
僕はこうしてアフガニスタンへやって来た
(そして、これからも向こう側の世界から語りかけてくる言葉に従うままに、
やがてはやってくる死にゆっくりと向かいながら現実の世界を寂しく
生きて行くのだろう)。

向こう側の世界が似ている人の心の内側を体のどこかで感じ取ることがある。
世界観が似ている人と一緒にいるととっても心地よく感じることがある。
アフガニスタンで働く人には、そうだと思える人が沢山いた。
少なくとも僕の周りには。

これまで色んな場面で色んな人に
「なんでアフガニスタンで働きたいと思ったんですか?」
という質問への答えを説明してきた。
だけど、どれだけ上手く答えようとしても、
その説明しようとしている自分をどこかでうそ臭いと思いながら
俯瞰して見ている自分がいた。

アフガニスタンを離れる今なら、僕はその答えを言えるかもしれない。










= = = = =










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by aokikenta | 2007-10-27 22:02 | 日記(カブール)
2007年 10月 24日
喪失感
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ねぇ、あの丘の形を覚えてる?
砂漠を歩くラクダのこぶみたいでさぁ、2つ大きなでっぱりがあって、
それぞれのでっぱりの上にテレビのアンテナやら無線のリピーターやら
いっぱいマストが立っててさぁ、その丘の斜面には土で作った
茶色い家がいっぱい不規則に並んでるんだ。

夜に車で移動してるとオレンジ色の電球の明かりが点々とついててさ、
あの中ではそれぞれの暮らしがあるんだなぁ、
綺麗だなぁなんていつも思ってたんだ。
なんかたまに目を瞑(つむ)ると思い出すよね、あの丘のこと。
君は思い出さない?


昔、神田川の「あなたの優しさが怖かった」っていう
歌詞の意味がわからなかったんだ。
優しさってどこまでもいいはずのもので、怖がるものじゃないはずだ、なんて。
でも、いつから僕はその意味がわかるようになったんだろう?


これから先、アフガニスタンのような国に出会うことは、
僕の人生でもう一度あるだろうか。

戦争で破壊され尽くした国。
そして、国際社会からの援助で生き返ろうとしている国。

援助の世界で働く僕にとって、
アフガニスタンはLast Resortなのかもしれない。


手の平から零(こぼ)れ落ちていく。
まるで砂が指の間からこぼれていくように。

手の平をすり抜けていく。
これまで手の平いっぱいにあったものなのに。

人々の笑顔も、峻険な山々も、
どこまでも続く土漠も、抜けるような青空も、
手の平の上にいっぱいあったのに、
みんなすり抜けていく。


あなたの優しさが怖かった。
ただ、失われていってしまう、
こぼれていってしまう、
すり抜けていってしまうのが、
怖いだけ。
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by aokikenta | 2007-10-24 15:58 | 日記(カブール)
2007年 10月 21日
「エコノミスト・アフガニスタンで働く」
Yoichiroさんというアンテナは今日は何をキャッチしただろう。気になってついつい毎日見てしまう。
そんなブログがYoichiroさんのブログ「エコノミスト・アフガニスタンで働く」だ。

「エコノミスト・アフガニスタンで働く」が凄いのはその高い更新頻度だ。更新頻度が高いということは、毎日何らかのインプットを得て、それを自分なりに消化して文章にして出しているということだ。本人も書いている通り、ラーニングカーブがすごい右肩上がりを示しているということなのだろう。色々なものを吸収しすぎて、感受性の強い子供のように知恵熱が発症してしまわないか少し心配なくらいである。

ハートは熱く、見た目はクールに、独自の視点で書かれたアフガニスタンのブログ「エコノミスト・アフガニスタンで働く」、是非ご覧下さい。
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by aokikenta | 2007-10-21 21:47 | 日記(カブール)
2007年 10月 20日
サッカーと鍋と仲間のある金曜日
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えーと、つい先日、トルコに行ってドネルケバブを食べてきました。
・・・というのは嘘で↑の写真はアフガニスタン・カブールで撮影されたものです。

なんでそんなところでケバブが?と思われるかもしれませんが・・・

そうです。

そうなんです。

あの男が帰って来たんです!


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あの男とは、毎週末フットサル大会を主催してくれたトルコ人のガズィさんのことです。
これまで、金曜日に日本人含め多国籍な人々を集めてフットサル大会を開催してくれたり、カブールミニW杯を主催してくれたりと、知る人ぞ知るカブール社交界(?)の名士なのです。

昨日もお昼頃から3対3で7分ハーフのゲームを延々と日が暮れるまでやりました。
最後にやったガチンコ対決では久しぶりに熱くなった!
あー、幸せ。


昨日はこれだけでは終わらず、夜は気の合う仲間と鍋パーティーをして金曜日を満喫したのでした。
この場では多くを語りませんが、昨日は本当に楽しかったです!
幹事の方、参加して下さった皆様ありがとうございました。


追伸
ちなみに、1枚目の写真はそのフットサル会場の庭で撮影したものです。
プライベートでドネルケバブセットを保有するなんて!本国から輸入したのだろうか?大使館並みだな。
トルコ人魂はすごいなと思いました。
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by aokikenta | 2007-10-20 15:41 | 日記(カブール)
2007年 10月 18日
マザリシャリフからの贈り物

うちの現地スタッフの多くがマザリシャリフから来ているのだけれど、今日、お土産を携えてイード休暇から戻ってきた。お土産をもらって嬉しかったので、僕としては珍しくスタッフと一緒に朝ごはんを食べることにしてみた。

もらったのは色々な形をしたナン。丸い形のものや少しいびつな形をしたもの。味の方も多様で、少し固くてみっちり詰まった感じのウズベクナンっぽいものや、マドレーヌみたいな味のもの、砂糖をまぶしてあるパリパリしたお菓子まで色々楽しんだ。カブールではこういうものはあまり見られない。

マザリシャリフはアフガニスタン北部の大都市で、タジキスタンとウズベキスタンに近いので、ひょっとしたらこういった食材は、マザールの食文化、ひいては、マザールがそういった国々から文化的に多大な影響を受けているということを如実に示しているのかもしれない。2年間アフガニスタンに住んでいるが、マザールへはまだ行ったことがない。彼の地には、ブルーの綺麗なハズラト・アリー廟があると言う。一度自分の目で見てみたいみたいもんだ。

あと、お昼にシャルワが出てきたのでそちらも載せておこう。シャルワとは、肉から出るスープの味を活かした料理で、肉やじゃがいもやその他の野菜を一緒に煮込んで出来たスープの中にナンを細かくちぎって浸して食す伝統料理だ。放り込まれたナンが食材から滲み出たエキスを全身に吸い込んで絶妙の味わいになっている。これはうまい。じゃがいもも味が染みていて、ラーメンに乗っている味付け卵みたいでうまい。

現地人は、スープを吸い込んだナンをさらに真新しいナンで包み込んで食べる。これをやってみると、日本人がお好み焼きをおかずに白米を食べる様、あるいはラーメンと白米を一緒に食べる様子を何故か思い出した。

最後は、一緒に煮込んだ肉まで食し、更には、お皿に残ったスープをナンで掃除するようにキレーに一滴残らず食べてしまう。見ていて気持ちがいいもんだ。

シャルワは、イランのイスファハンで食べたアーべ・ゴーシュトゥ(肉の水)にそっくりだ。アフガニスタンという国はユーラシア大陸の真ん中にあるだけあって、色んな国からの影響を受けているのであった。

今日は食の充実した一日だった。
久しぶりに写真を多めにアップしておこーっと。



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→食べかけだけど・・・。少し固いけど食べ応えがあっておいしい。

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→こちらはパリパリしておいしかった。

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→朝ごはんの様子。楽しそうに笑ってるなー。

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→これがシャルワ。

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→シャルワを作る為に一緒に煮込んだ肉とじゃがいも。でも、これって・・・日本で言えばダシガラ?
 ヨーグルトと葡萄はやっぱりいつもうまい。








(追記)
更新を終えて晩御飯を食べようとしたら、メニューがパラオとコフタだったので、思わずシャッターを切った。
アフガン料理, three meals straight。なんだろう、この複雑な気分・・・。

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→山盛りパラオ。
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by aokikenta | 2007-10-18 22:13 | 日記(カブール)
2007年 10月 14日
「おいしい」というコンセプト
うわー、そう来たかー。そういうのがあったのかー。
ミドルシュートを打つと思ってブロックに入ったら、思いっきり股抜きされて、しかもそのミスで決められた一点が決勝点になってしまった気分だ。なんだかなー。
誰か精神安定剤を僕に下さい。


ところで、

「マクロリオンの囚人」
「今夜セレナで会いましょう」
「ワズィル・アクバル・カーンに住む魔物」

のフィクション3部作はどうだっただろうか。これらのお話は、地名は実際にあるものだが、全てフィクションだ。

最初、全部に「※このお話はフィクションです」と入れようと思ったのだが、現実だと思う人はいないだろうと思って結局入れなかった。カブールに来た時に、誰かカブールを舞台にした小説とか書かないかなぁと思っていたのだが、僕が知る範囲では待てど暮らせどそういうのが出てこないので(少なくとも日本語では)、自分で超短いのを書いてみた。

書いてみて、小説家ってすごいなぁと思った。だって、小説って全部作者の頭の中にある空想でしょ?ミステリー小説の作家だったら、登場人物の家族構成とか生い立ちとかトリックとかを、全て矛盾がないように全部構成を考えるわけでしょ。右脳が肥大している彼らは現実の世界とどうやって折り合いをつけながら暮らしているのだろう。これは、それ自体である種のミステリーだ。

彼らには、プールサイドに立っていたら友達から服を着たまま突き落とされて、財布とか携帯とかみんなびちょびちょになってしまって怒りたいのだけれど、みんなが笑っているからいいか、というような「おいしい」というコンセプト(概念)が理解できるのだろうか。楽しければいいんじゃない?って感じはするけど。まぁ、この「おいしい」に関しては欧米帰りの帰国子女やクラシックの作曲家にだって意味不明で理解不可能なコンセプトかもしれない。

そう考えたら、ミステリー小説家も帰国子女もクラシックの作曲家もみんな悩みを抱えて生きてるわけですね。それぞれ大変だ。
あー、なんか励まされたわー。俺より大変な人もいっぱいいるんだなーって。
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by aokikenta | 2007-10-14 19:56 | 日記(カブール)
2007年 10月 12日
ワズィル・アクバル・カーンに住む魔物
日差しが柔らかくなりはじめた初秋の昼に、アジズとハビブはチャイを飲みながら、
国際NGOのオフィス兼レジデンスの前に設置された白いゴルファ(ガード小屋)の前で雑談をしていた。
アジズはハビブに言った。

「あーあ、全く、俺達は安月給で一日中こんな所で座ってなきゃならないのに、
ホーレジー(外国人)は週末の度に遊びまわってさー、まったくあれでいくら給料もらってんだろうね。」

「まー、そんなこと言うなよ。俺達は彼らからもらえる給料で飯食ってんだからさ。」

「でもよー、あいつらったら、プロジェクトの為とかアフガニスタンの人の為とか言って買った車で、
毎晩、レストランだかゲストハウスだか知らないけど出かけていくじゃんか。
それっておかしくないか?」

「アジズの言うことはわかるけど、ホーレジーも大変だと思うぜ。
家族からも友達からも離れてさ、治安が悪い、誘拐が怖いって言って歩いて一歩も外行けないんだから。」

「お前はお人よしだよ。あいつら、アフガニスタンの人の為とか言いながら、結局、自分らが楽しみたいだけなんだよ。
この前なんか見たかよ、チーフがお昼っから酒臭い息吐いて、3時に戻って来るんだもんな。
こっちは8時間みっちり働いてるってのによー。」

「まぁそうなのかもしれないけど、でも、えれー人たちは色んな人と関係作りするのも大事なんだろ。
ある意味、飯食うのが仕事なんじゃねえの?」

話しているうちにアジズはハビブの言うことがお人よしの戯言に感じて、めんどくさくなって、ポケットからPINEを取り出してマッチで火をつけた。アジズは続けてハビブに話しかけた。

「しっかしさぁ、ヘッドの持ってるライター見たことあるかよ?すげー良さそうなアメリカ製のジッポなんだぜ。
吸ってるタバコもマールボロだし、ぜってー、もらってる給料すごいよ、あれは。」

「そうそう、最近来たばっかりのプログラム・オフィサーなんてつけてる時計ロレックスだもんな。
あれ、3000ドルくらいするらしいぜ。しかも、着てる服が毎日違うし、要らなくなったものは気前よくうちらに配ってくれるし。
給料すごいんだろうなぁ」

「お前、ヘッドの給料いくらくらいだと思う?」

「うーん・・・、俺達の10倍くらい?かな?」

「お前絶対馬鹿だぜ。10倍なわけねえだろ。20倍はもらってるよ。
俺らの給料が200ドルくらいだから、4000ドルくらいはもらってんだろ。」

「えー、そんなにもらってるかな。いいよなー、給料は高いし、しょっちゅうドバイとか色んなところ行ってるし。」

そこへ、いつも見慣れた白いランドクルーザーが戻ってきた。フロントガラスからヘッドの顔がうっすらと見える。
やべー、やべー。アジズは慌ててタバコを消して、カラシニコフを構えなおして門の前に立った。

ヘッドはそこにチョーキダールの2人がいるのに気がつかないかのように、にこりともせずに中に入っていった。

「あーあ、なんか嫌な感じ」

小声でアジズはつぶやいた。かすかに聞こえたのかハビブも「ほんとに」といった顔でアジズを見返して微笑んだ。


10分ほどしてから、今度はサーフがレジデンスに戻ってきた。今度はうっすらとプログラム・オフィサーの顔がのぞいている。2人は慌てて、銃を構えなおした。彼女の乗った車はパーキングが一杯で奥まで入れないからか、門をくぐってすぐの場所で一旦停車した。オフィサーがサーフから降りてきた。

彼女はログブックにサインをした後、アジズとハビブに向かってきた。2人は緊張した。

「アサラムアライコム!アジズ・ジョン、フーバスティ?チュト―ラスティ?
(アジズちゃん、元気?体調はどう?)」

アジズが胸に手を当てて笑顔で返す。

「トゥ、フーバスティ?ハイラハイラッタストゥ。タシャクール、ズンダボシ
(そちらこそお元気ですか?僕はまあまあやってます。ありがとうございます)。」

彼女はそのまま同じ挨拶をハビブにかけて、レジデンスの中に消えていった。

アジズとハビブはその後姿を呆然と眺めていた。
アジズとハビブはほどなくして、顔を見合わせた。

「案外、いい人じゃん。」


彼女の給料は、本当は彼らの20倍なんかじゃない。ヘッドの給料は更にそんなもんじゃない。結局、海外と言えば若いときに行ったペシャワールというくらいのチョーキダールのアジズとハビブの想像力には限界があったのだ。ワズィル・アクバル・カーンに住む国際スタッフの給料をトータルしたら、アジズやハビブのようなものを含めた人道援助に携わるアフガニスタン人全ての給料を足して10乗したくらいの金額になるのかもしれない。そして、各国ドナーと国連や国際NGOの間で交わされたプロジェクトの契約金額全てを足したら、アフガニスタンという一国の税収に匹敵するくらいの金額になるかもしれない。

アジズにとっての世界というもの。ハビブにとっての世界観(パラダイム)というもの。それはとても狭くて独善的なものに過ぎなかったのだ。反対に、国際スタッフの世界観というものには、アジズたちの世界観を丸い円にした時に、その円と一点も交わらない弧を描いているに過ぎないのだ。

ローカルとインターナショナルの境界線が、一目見ただけではわからないけど文書の上では明確に引かれている植民地主義の延長のような現代世界に生きている僕達は、人の為に汗を流すというスローガンを心のどこかでうそ臭いと感じながら、しかしそれを口に出さずに今日も貧困と紛争を求めて邁進するのだ。そして、ローカルスタッフは、植民地支配をしていた列強国の分身である国際スタッフに、形は違えども別の形で支配を受けているのだ。

植民地支配者の分身である国際スタッフ。そして、それに支配をされている昔と変わらぬ構造の中で生きる衆生の人々。それはもう個人の手を離れた、とてもシステマチックな枠組みの中で規定された一つの関係性なのだった。

ワズィル・アクバル・カーンに住む魔物とは、結局、そういった巨大な構造、あるいは、システムのことだったのだ。既に事実として長い年月をかけて蓄積されたもの、そして、一個人の力で立ち向かったとしても、最後には目に見えない制裁を上段に構えてすっくと立っているもの。僕らが住む21世紀の前半という時代はきっとそういう時代なんだろう。

僕らの頭上から、ワズィル・アクバル・カーンに住む魔物がこっちを見つめている。そして、僕達はこれまでと変わらない日常の生活を今日も送っていく。
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by aokikenta | 2007-10-12 23:15 | 日記(カブール)
2007年 10月 11日
今夜セレナで会いましょう

- 1 -

彼女は戸惑っていた。年下のある人から食事に誘われたのだ。彼から誘われて嫌な気はしなかった。むしろ、喜んで誘いに乗りたい気持ちで胸は一杯だった。

彼女の戸惑いの理由は、彼にあったのではなく彼女自身にあった。彼女の左手の薬指には一際目を引くダイヤモンドが輝いていた。旦那に申し訳ない。その気持ちが頭から離れず、何度も断ろうと決意した。

しかし、彼女は容易にそれをする事ができなかった。誘ってくれた彼が、彼女が思い描いていた理想の男だったからだ。自分よりも少し背が高くてがっちりとした体格、端正な顔立ち、寡黙だけども優しい眼差し、そして、清潔感のある全体的な印象。そのどれもが彼女に初恋の男性を思い起こさせて胸をきゅんとさせるのだった。

何度も考えた挙句、彼女はやはり結婚したばかりの旦那のことを思い、誘いを断ることに決めた。晩御飯を食べ終わって落ち着いた午後9時ごろ、携帯電話に登録されている彼に電話をした。

「この前はお食事に誘ってくれてありがとう。そのお誘いの件なんですけど・・・」

「あー、それだったら、今週の木曜日とかどうですか?フレンチでも行きませんか?」

「いや、実は、あの・・・、最近ちょっと仕事が忙しくて・・・」

「そうですか、そうしたら金曜のお昼とかはどうですか?」

「・・・えーっと、その日も出勤しなければならないんです」

「そうですか、とっても残念です。いつだったらお時間ありますか?」

「・・・あのー、ごめんなさい、先の予定がまだわからないので、また連絡します」

彼女は愛想なく電話を切った。せっかく情熱的に誘ってくれるのに申し訳ないという気持ちが拭いきれなかった。

- 2 -

彼は電話の液晶画面を虚ろに見つめながら、タバコをふかし始めた。何で駄目なんだろう。やっぱり人妻を好きになってしまった僕が間違いだったんだろうか。頭で何度も同じ事を考えながら、しかし出口のない迷路に迷い込んだように同じ場所に帰結してしまい、途中で携帯電話を放り出して、結局は考えることを止めた。

全てに疲れた。彼は2年間、アフガニスタンという自然環境が厳しく、インフラが整備されておらず、仕事も思うように行かない環境で働いてきて、肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまっていた。もう帰ろうかな。そんなことを考えていた時に、彼女はアフガニスタンへやって来た。一目見た時、僕は彼女を求めているという感覚が脳天を直撃した。彼女は自分に近い精神世界を持っているかもしれない。そんな漠然としたインスピレーションが一度頭に浮かぶと、それは彼の中で事実として定着してしまうことになった。

いつも孤独だった学生時代。何かを求めていた。それは母なるものだったのかもしれない。あるいは、誰でもいいけどつながっていられるという精神的な安らぎだったのかもしれない。あれから10年以上経つ今、彼は彼女を見た瞬間にあの時の孤独で憂鬱でいつも不安に襲われていた時の気持ちを思い出したのだった。

僕を救ってくれるのは彼女しかいない。
彼は思い切って、携帯を握りなおしてSMSを打ち出した。

- 3 -

部屋でぼんやりと考え事をしていた彼女は、鳴り出した携帯電話を掴んだ。
彼からのメッセージだ。

「I fell in love with you at first sight. You will complete me..... Konya aemasenka(僕は一目で君と恋に落ちました。君が僕を完成させるんだ・・・。今夜会えませんか)?」

今度は躊躇いなく、彼女はメッセージを返し始めた。

「Konya serena de aimashou(今夜セレナで会いましょう)」

クリーム色の壁で外界から隔離された地上の楽園で、今日もあらゆる愛憎が蠢いている。

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→Kabul Serena
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by aokikenta | 2007-10-11 23:50 | 日記(カブール)
2007年 10月 11日
マクロリオンの囚人
カブール市内からシャシ・ダラックを抜けて空港に向かう道沿いに、アフガニスタンには似つかわしくないほど整然と立ち並ぶ団地がある。その名はマクロリオン団地。日本の公団を彷彿とさせる鉄筋コンクリート作りの建物は、旧ソ連が空港で働く人やパイロットを住まわせる為に建設したと言われている。今では、比較的裕福なアフガニスタン人が住む住宅街になっている。

車窓から見えるマクロリオン団地の佇まいはどこか悲しげで、見るたびにいつも僕の胸に、何か知っているんだけどどうしても思い出せない、そんな気持ちの悪い感覚を思い起こさせる。幼い頃に店員に見つからないようにそっとお菓子をポケットに入れた時に感じたような、情熱的で刹那的で背徳的な甘酸っぱい感覚が。

一瞬、目の前の空間が割れて、自分の記憶ではない過去が脳裏にフラッシュバックする。

マクロリオン団地の狭い部屋に詰め込まれて、檻にはめられた鉄格子から呻き声をあげる囚人の声が聞こえてくる。食べ物をくれと口に手をやるもの、看守に向かって悪態をつくもの、ただ下を向きながらアッラーにお祈りを捧げるもの。壁には彼らの体臭と古い建物の匂いが混ざり合ったすえたような匂いが充満している。

建物の中はひどく薄暗い。ただ裸電球が剥きだしで等間隔に天井からぶらさがっているだけだ。そこは、人間らしさというものを完全に無視した場所だ。ただ、人をある一定の期間置いておく為だけに作られた場所。

建物の外側にある白い十字型の模様には、誰のものかわからない血がこびりついている。模様の白との対比で異様に血の赤が明るく見える。その様子は全く残酷でなくて、むしろ美しいものに見える。美しくて儚くて残酷な少女の鮮血のように。

「ミスター・ケンタ、クジョ・メイリ(ミスター・ケンタ、何処に行くんですか)?」

「ホー、ダフタル・ブレム(あー、事務所まで)。」

ドライバーの声に無感情に反応して答える。僕はまだなんとか現実の世界と結びついていたみたいだ。

車の助手席で目を閉じながら、マクロリオンの囚人の声が耳の奥で反芻している。
あなたにも彼らの呻き声が聞こえないだろか。

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by aokikenta | 2007-10-11 12:01 | 日記(カブール)
2007年 10月 09日
現場雑観行きます!3
二重領収書?

燃料抜いた?

薪代ごまかした??


corruptionをどう防ぐか。
それが問題だ。


「Trust me」と言ったではないか(Trust meと言う奴は一番信用できない)。

「Yes, sir」といつも言ってたよな(奴隷を演じられるmentalityの奴にロクな奴はいない)。

一緒にチャイを飲んで談笑したじゃん(本音と建前の使い分けの上手いのがアフガン人[特に、外国人と付き合い慣れたドライバーと、corruption擦れしているロジスティック]だ)



ブルータスお前もかーーー!!!




お前もなのかーーーーーーーー!!!!!




はぁ。



あー、すっきりした。
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by aokikenta | 2007-10-09 22:25 | 日記(カブール)