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2007年 08月 31日
8月30日読売社説
8月30日付の読売新聞社説に韓国人の人質解放のことが書いてあった。とてもよくサマライズされてるが、いつもながら随分主張がはっきりしているなぁと感心してしまった。最後の「そのためにも、テロ対策特別措置法の延長が必要である」という一文は、モロ明確だなぁ。ちょっと飛躍気味ではあるが、結局はこれが言いたかったのだろう。組織として方針がはっきりしているというのは、自分がどう思うかは別にして、書く人にとっては書きやすいだろうと思ったりした。

* * *
(以下、引用)

韓国人人質解放 手放しでは喜べない問題もある(8月30日付・読売社説)
 アフガニスタンで、旧支配勢力タリバンに拉致されていた韓国人19人のうち、一部の解放が始まった。
 最悪の事態も想定されていただけに、ひとまず朗報である。しかし、全員の解放合意へ至る経緯には不透明な部分もあった。
 人質となっていたのは、アフガンで医療、教育支援活動をしていた韓国人キリスト教信者の一行だった。先月中旬、バスで移動中、タリバンの武装グループに襲われ、23人が拉致された。
 その後、リーダー格の男性ら2人が殺害され、女性2人が解放された。韓国政府などによるタリバン側との人質解放交渉は、長期化していた。
 韓国大統領府は、解放のため2条件を受け入れたと発表した。アフガンに駐留する韓国軍の年内撤退と、韓国人キリスト教信者によるアフガン国内での布教活動の中止である。
 ただ、韓国軍の年内撤退は、事件発生前からの既定路線だった。また布教活動の中止についても、韓国側は交渉の初期段階から提示していた。
 タリバンは、当初、人質と収監中のタリバン兵士との交換を要求していた。本当に、この2条件で折り合ったのかどうか。一部に、韓国が身代金の支払いに応じたのではないか、との見方もある。
 韓国政府は、「2条件以外については議論していない」と強調している。もっとも、韓国軍の年内撤退を交渉の中で受け入れた格好となった点も、拉致犯に譲歩した、との誤解を生む恐れがある。
 一方、アフガン政府は、タリバン兵の釈放には頑として応じなかった。交渉が長期化した一因でもあるが、「テロリストとは取引しない」という国際的な原則に忠実な、当然の姿勢を貫いた。
 アフガンでの韓国人キリスト教信者の支援や布教活動は、国内でも批判を浴びてきた。意図はどうであれ、思慮に欠けた行動だったと言わざるを得ない。
 大使館関係者を含め約160人の邦人が活動している日本にとっても、事件は他人事(ひとごと)ではない。政府は、比較的安全なカブールなど5都市についても、事件の後、退避勧告を出し注意を促した。
 事件はまた、アフガンでタリバンなどイスラム原理主義の武装グループが復活していることを明らかにした。逆に、カルザイ現政権が依然、脆弱(ぜいじゃく)である現実を示した。
 アフガンを失敗国家にしては、元も子もなくなる。国際的な支援の一層の強化が重要だ。日本としても支援を継続すべきだ。そのためにも、テロ対策特別措置法の延長が必要である。

(2007年8月30日1時40分 読売新聞)
(引用、終わり)
* * *
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by aokikenta | 2007-08-31 00:53 | 日記(カブール)
2007年 08月 30日
韓国人人質の解放
12人の韓国人人質が解放されたと、この記事を書いている時点でBBCが伝えている。7月19日の事件発生から40日でようやく解決に向かった形だ。

タリバンと韓国側の交渉には部族の長老が仲介にはいったようで、交渉の条件は、タリバンが人質を解放する事と引き換えに、韓国が年内に韓国軍をアフガニスタンから撤退させることだったようだ。韓国はもともと年内に撤退を計画していたらしいので、延期なしが条件になったということだ。但し、BBCは身代金が交渉の条件の一部に使われたかもしれない、と報じている。これについては、ウラは取れていないのだろう。

この人質事件を受けての今後の治安予測をすることは難しい。

しかし、「韓国は我々の条件に屈した」とタリバンが捉えているのか捉えていないのか、更に、これだけ大きく報道されたことにより、タリバンと関係ない武装集団や金目当ての集団が「外国人の誘拐はオイシイ」と認識するのか認識しないのか、が今後の外国人や援助関係者の安全に大きく関わることは間違いない。逆に、「誘拐はオイシクない(金にならない)」もしくは「外国人の誘拐はえらい人がいっぱい出てきてめんどくさいね」ということになれば、現在の誘拐ブーム(今は本当にブームなのだ)も収束の方向に向かう可能性はある。もう少し事件の真相について知りたいと思う。

ところで、この事件が報道されるたびに、23人が笑顔で収まっている記念写真が紹介されているが、ああいうのもメディアの戦略なのだろうか。あれを観てると、観光気分で行くから誘拐されちゃうのさ、というシラケタ声からはどうしても免れられない。もっと彼らがアフガニスタンを支援している姿とか真剣に何かをしている姿の写真とかだったら、受け取る人の印象も大分違うのではないかと思ってしまうのは僕だけだろうか。

世論の同情を誘う為、誘拐された時用の写真でも家族や同僚に渡しておこうかなとちらっと思った。
頼むから、笑顔でピースの写真は出さないでね。
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by aokikenta | 2007-08-30 00:22 | 日記(カブール)
2007年 08月 28日
エイドワーカーズ・ハイ
クライマーが恐怖心を麻痺させてクライマーズ・ハイになるように、
エイド・ワーカーは興奮を飛び越えてエイドワーカーズ・ハイに陥ることが時としてある。

XXX国でプロジェクトを立ち上げろ。
事務所の設立、銀行口座の開設、通信手段の確保、スタッフの雇用、機動力の確保、現地の情報収集、物資の調達、etc。
全てが緊急を要する中で、ミッションの遂行に没頭し、立ち止まることなく走り続ける。
目の前に広がるリアルな世界にのみピントがフォーカスされ、背景がぼやけていく。
他の事が一切考えられなくなっていく。
気が付けば精神が異様な沸騰状態に達していて、どんな危険な状況も、前を遮る障害物も気にならず、ただプロジェクトを純粋に楽しんでいる---。

しかしながら、エイドワーカーズ・ハイの後に待っているものは、どうしようもない脱力感と虚無感。
何も考えずにゆっくりと休みたい、もう何もしたくない、もう当分フィールドはいいや。
燃焼しきった体と擦り切れた精神を引きずって先進国の空気を吸いにフィールドを離れる。

束の間の休息。

恋人との一時。

家族との団欒。

登山家が凍傷で体をボロボロにしながらも山を登り続けるように、
エイドワーカーズ・ハイの興奮と刺激と快感を求めて、また、エイド・ワーカーは次のミッションへと向かっていく。

学生時代、色んな国で色んなプロジェクトに取り組む商社マンを取材した一志治夫の『総合商社プロフェッショナル』や、ICネット社長米坂浩明の『裏道国際派』という本に胸を躍らせたが、災害支援や紛争国での人道支援に携わる人々の物語をレポートした『エイドワーカーズ・ハイ - 開発援助プロフェッショナル10人の肖像』という本が出版されたら、きっと僕は買うと思う。
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by aokikenta | 2007-08-28 00:59 | 日記(カブール)
2007年 08月 25日
☆祝、20,000アクセス☆
このブログ『アフガニスタン駐在日記』のアクセス数が20,000アクセスを超えました。とっても嬉しいことです。ありがとうございます!

10,000人アクセスを超えたときに、訪れてくれる人が1人でも続けます、と書いたけど、実際は0人でも続けて行きます。理由は、このブログは日記だからです(当たり前か)。僕は高校の時からずっと日記をつけていて、アフガニスタンに来るときに日記代わりにブログを開始したという背景があります。ブログを始めるまで、僕の社会というのは、日記と自分のbilateralな関係性で成り立っていました。一日にあったことを日記にかきつける。それで一日が正しく終了したような感じがする。そんなone-wayな表現を普通だと思っていました(だからvervalなコミュニケーションが不得手だったりします)。

ブログを開始してから、色んな方々にコメントを頂くようになり、僕と社会の関係性は少しmultilateralでmutualになったような気がします。元々、社交性という才能は全て姉に吸い取られてしまった僕ですが、このブログのおかげでほんの少しだけ補えたような気がします。

ついでに書くと、このブログの目的について、当初は「アフガニスタンのことを日本の人たちに伝えたい」というような優等生的回答をしていました。しかしながら、実はそれは人の目を多分に意識した嘘っぱちで、僕はただ何かあると文章を書かなければ生きていけない、そして、それがたまたまonline上で公開されているに過ぎない、というのが正確なような気がします。

少し脱線したけど、一人の世界で完結している内容の時も多々ありますが、死ぬほど暇で、「今頃、アイツどうしてるかな?」と思い出した時にでも見てもらえたら、これ以上嬉しいことはありません。
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by aokikenta | 2007-08-25 21:32 | 日記(カブール)
2007年 08月 25日
今日もBlue
僕は色の中ではBlueが好きだ。僕の好きな国は幻みたいな青い色の石を産み出す国だし、持っている腕時計の文字盤は青だし、お気に入りのアフガンの民族衣装も青色だし、このブログだって壁紙は青を基調にしている。英語のBlueは鬱という意味にも使われるから、僕の本質的な部分がBlueだから好きなのかなと考えてみたが(実際はただの根暗です・・・)、そもそも色のBlueと精神的傾向としてのBlueの間には相関関係があるのだろうか?もしあるとすれば、青い服を好んで着ている人は根暗という論理も成り立つわけですね。案外当たってるかも。
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by aokikenta | 2007-08-25 01:38 | 日記(カブール)
2007年 08月 20日
三連休
アフガニスタンは金曜日が休みで、ウチは金・土の週休2日制にしているのだけれど、8月19日の日曜日が独立記念日で祝日だったので3連休になった。

ここ最近、治安が不安定だったけど、それに加えて、パキスタンとアフガニスタンの首脳陣が会合を行うPeace Jirgaやイランの首相来訪などで、カブール市内はずっとセキュリティーがタイトだった。追い討ちをかけるように、8月18日にはドイツ人女性が武装集団に誘拐されるという事件まで発生したので(ウチのすぐ近くだ!)、多くの人は自宅待機を強いられた週末だったに違いない。

* * * 8月17日の金曜日 * * *

たっぷりと寝貯めをして、午後からフットサルにでかけた。
いつもより1時間早い開始だったのでものすごく暑くて、なんとなく風邪気味だったこともあり、かなり疲れた。フットサルの後にプールに飛び込んだら、気化熱で体温を奪われてくしゃみがしばらく止まらなかった。これで仕事に影響が出たらアホだな。
幸い、風邪薬を飲んだら一発で直った。

そういえば、PXで買ったMarlboroがゴールデンのパッケージなのにも関わらず、Marlboro Lightじゃなくってタール8mgのMarlboroだった。なんて紛らわしい。赤は普通の、緑はメンソール、金はライトじゃなかったのだろうか。仕方なく吸っているのだが、1カートン買ってしまったのでまだまだ底が見えない。いつもより強いタバコを吸い続けていると、軽いのを吸ったときに一本では足りない感じがして、続けて二・三本吸ってしまう。チェーンスモーキングというやつだ。
おかげで、肺が煙で燻されているような気がする。Smoked lung。
薄切りにして、水割りのウイスキーと一緒に食べたら美味しそうだ。

* * * 8月18日の土曜日 * * *

一日仕事をしていた。カブールに帰ってきてからやることが死ぬ程あったから、落ち着いて一人で仕事がしたかったのだ。オフィスで一人で仕事をすると結構はかどるもんで、だいぶ追いついてきた。

午後にANSOからメールがあって、ドイツ人女性が誘拐されたことを知った。
その後、関係各所から電話連絡をもらって、なんだか大変なことになってしまったなぁという思いを強くした。今まで、カンダハルやガズニ州では拉致・誘拐事件が多発していて、そんなところに非武装で行くなんて安全対策がなってないなんてことが言えたけど、Karte-4で誘拐があった、しかも外国人がよく行くベーカリーだなんて聞くと、いよいよターゲットに聖域がなくなってきたことを感じる。

この前はMDC(Mine Detection Dog Centre)のディマイナーが誘拐されて殺されてしまったのだけれど、
それはマインパキ(地雷処理)ももはや聖域ではないということの証左であるような気がした。
マインパキに従事する人は、アフガニスタンの人々から尊敬を集めてきた。
危険を顧みず国の為に働く人々だということで、ある種の聖職だと思われて来たのだ。
しかし、今回の一連の事件で、もはや外国人も援助関係者もマインパキも関係なくなってしまって、仲間を釈放してもらえるなら何でもやるというスタンスが明らかに出てきている。
タリバンも人と金を集めることができなくなっていて、狙いをソフトターゲットへ移行して、なるべく政治的に効果のある手法を選ぶようになっている。
手法の無差別化、それは即ち、いつ自分が巻き込まれてもおかしくないということだ。

アフガニスタン政府にとって重要なのは、徹底的に反政府勢力を叩くことだ。
一つ二つのテロで円滑は社会活動を制約できると思われれば、敵に弱みを見せたことになる。
怯まず通常の社会・経済活動を続ければ良いと思う。

しかし、アフガニスタンが難しいのは、歳入を海外からの援助に大きく拠ってしまっているということだ。各国政府は当然、自国民を保護する責任があるから、ある程度、テロの状況によって態度を変えざるを得ない。多様なアクターが活動する中で、政府は皆が納得できる策を模索し続けなければならないだろう。

* * * 8月19日の日曜日 * * *

イギリスから独立して88年経った。
中心部ではパレードがあるということで、相当数の軍と警察が街に出ていたようだ。
僕は事務所でひたすら仕事をしていた。

夜は、アフガンに来た時から知っているスタッフ、ムスタファの結婚式に行ってきた。
ムスタファは少し英語も話せるからか思ってることが通じ合うような感じがする20代前半の逞しい男の子だ。
結婚式は、いつも通り、男女完全隔離制で、ご飯がでてくるまでひたすら生演奏の音楽を聴いているタイプの結婚式だ。
着いてから1時間くらいして、午後8時過ぎに花婿のムスタファが各テーブルに歓迎の挨拶にやってきた。
12人連れで来ていた僕たち同僚全てと抱擁をして頬にキスを交わす。

「アルスィー・ムバラック(結婚おめでとう)!」

みんながムスタファを祝福する。
ひとしきり祝福を受けると、ムスタファは次のテーブルへと歩き始めた。
その時、長い間ムスタファと一緒に働いているドライバーのセディークがムスタファを追いかけるように呼び止めた。

「ムスタファ・ジョン・・・」

ムスタファが振り返る。

「アサラム・アライコム(君に平安あれ)。」

目を細めながら左胸に手を当てたセディークと、はにかんだムスタファの笑顔が交錯した---。

うーん、なんだか久しぶりにブログの題名どおり日記っぽい。

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↑結婚式ではとにかくご飯が大量に出てくる(写真手前はマントゥ。その他、パラオ、チキン、羊、サラダ、メロン、ふにゃふにゃしたゼリーなど。)
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by aokikenta | 2007-08-20 21:52 | 日記(カブール)
2007年 08月 17日
退避勧告の衝撃3
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I wanna be with you 此処に居て ずっとずっとずっと
明日のことは判らない だからぎゅっとしていてね ダーリン
                  - 椎名林檎『ギブス』-
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by aokikenta | 2007-08-17 16:13 | 日記(カブール)
2007年 08月 16日
退避勧告の衝撃2
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→「行かないで・・・ 行かないで・・・ さよならは間違いだよ・・・」
 何故か、『ガラスの十代』の替え歌を口ずさむ不発弾処理現場近くに住む少女 
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by aokikenta | 2007-08-16 20:56 | 日記(カブール)
2007年 08月 15日
退避勧告の衝撃
退避勧告の衝撃が、アフガニスタンを駆け抜けた---

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→戸惑いを隠せないディマイナー
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by aokikenta | 2007-08-15 21:14 | 日記(カブール)
2007年 08月 11日
フェイド・アウトしていく東京の記憶
- prologue -

フェイド・アウトしていく東京の記憶、
カブールの記憶がフェイド・インしながら蘇える。

- 1 -

友人との飲み会、ショッピング、花火大会、軽井沢旅行。
すべてが既に遠い昔に、しかも別の世界で起こった事のような気がしてくる。

戻って来た当日に、部下から不在中の報告をもらい、上司から不在中に起こった事と今後の課題についてブリーフィングを受ける。
休みの間にババロア状になってしまった脳みそに情報が詰め込まれる。
僕は頭の中でババロアが固まっていくのを感じながら、これからしなければいけないことの膨大さを思い、少しだけ暗い気持ちになる。
しかし、しなければいけないことが明らかになっただけでも、報告とブリーフィングには意味があったような気がする。

到着した当日と翌日に、事務全般の申し受けをし、その後、NGOのミーティングとサイトへのミッション受け入れを無事終えた。
フットサルをし、読書をしていたら、戻ってきてまだ一週間経っていないという事に気がついた。
ここでは、比較的密度の濃い時間が流れているのかもしれない。

- 2 -

僕はこれまでの短い人生の中で、サッカーから学んだことが多い。
後半30分、0-1で1点ビハインド。
負けたら2部降格のピンチ。
残り1分、仲間がゴールを決めて1-1で試合終了。
1部残留が決まった。

先が見えない状況、実力が均衡した状況で、失ったら負けるのは気持ちだ。
勝ちたいという気持ちが無くなった時に、その時点で試合は負けている。
だから、絶対に上手く行くはずだという気持ちを常に持っていなければと、社会人になってからもずっと思ってきた。
それは苦境であればあるほど大事なことだ。
こんな時代錯誤の考えを持つ人を、世間は体育会系と言って違う人種のように思うかもしれない。

しかし、いくら実力があっても腰掛け程度の気持ちで働いている人が、仕事を成功させたのを見たことが余りない。

- 3 -

100人から成るナショナル・スタッフの今後を思うと、寝つきが悪い。
去年の夏のことを思い出して、お腹がキュッと痛くなるのだ。

うだるような暑さ、いつ始まるかわからない次のプロジェクト、給料がない、会計報告書を仕上げなければならない、
そして、傍らには無給で次のプロジェクトを待っているスタッフがいる。
ストライキを起こされて、矢面に立たされた日本人スタッフが元ムジャヒディンのナショナル・スタッフからカラシニコフで打たれるかもしれない。
そう思うと食欲が減退し、体重が減って肋骨が浮き出してきた。
あれからもう一年---。

現地スタッフの10倍以上の給料をもらう日本人には、彼らの将来を傷つけない責任がある。

- epilogue -

フェイド・アウトしていく東京の記憶、
カブールの記憶がフェイド・インしながら蘇える。

砂漠地帯特有の乾いた暑さとだらだらと悪くなる一方の治安情勢と常に変化する諸要因の中で、
明るい未来を切り開くことができるのは、それを実現したいと思う気持ちだけだ。
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by aokikenta | 2007-08-11 16:47 | 日記(カブール)