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2007年 03月 27日
偽タバコと偽札
e0016654_2312455.jpg今吸っているタバコは偽物だと思う。本物に比べて、味からパッケージから何から何まで質が劣っているので間違いない。そもそも、アフガニスタンでは日本や外国の有名なタバコが1箱1ドルちょっとの値段で売っている。Duty Freeよりも安い時点で明らかにおかしいのだが、これまであまり気にせず吸ってきた。しかし、今回ばかりは吸うたびに舌がピリピリするので、もう道端で買うのはやめようかなと思う。

タバコだけではなく、知り合いのNGOの人が偽札を掴まされたと言って見せてくれたことがある。しかも、100ドルの偽札。タバコと違って額がでかいのでかなり痛かっただろう。

偽タバコと偽札。アフガニスタンにそれらを製造するだけの能力はないので、どこかの国で製造され、誰かが運び込んでいるに違いない。一体どこでこんないい加減なものを作っているんだろう。パキスタン?中国??それとも北朝鮮??前にニュースで北朝鮮の偽タバコ製造工場の映像を見たことがあるので、その線は濃厚かもしれない。だとしたら北朝鮮からはるばる海を越えて陸を越えてやってきたわけか。それはそれでなかなか感慨深いものがある。
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by aokikenta | 2007-03-27 23:08 | 日記(カブール)
2007年 03月 26日
リエゾンに主観性は入り込むべきなのか
リエゾン(liaison:連携、連絡、折衝)という言葉は国際協力業界でとりわけよく使われる言葉なのだが、リエゾン担当の役割をよくよく考えてみると人によって答えは違うのではないかと思う。

一方で、現地と本部のリエゾン担当に求められる役割について考えてみると、単なる連絡業務で良いということが可能である。メール、スカイプ、電話などのコミュニケーションツールを使って、本部と話をして、本部の意向を現場に伝える、反対に現場の意向を本部に伝える。この考えで言えば、リエゾン担当には主観は全く求められず、客観的に情報をトスする役割のみが求められる。情報の操作などは一切せず、すべての情報を開示することがこの場合の役割だ。情報のフォーカルポイントとも言えるし、現地と本部の橋渡し・つなぎ(リエゾンは料理の「つなぎ」という意味にも使われるらしい)とも言える。

他方で、リエゾン担当は、単に情報の通り道という役割のみではなく、情報の取捨選択をすべきだという考え方もあると思う。例えば、現地にいるリエゾン担当であれば、現地に都合がいい方向に進むように本部に対して情報を提供することになる。この考え方を取り入れると、毎日の仕事が交渉のようになる。単に情報のトスだけではなく、自分サイドに有利な情報を恣意的に選択してから開示する手続きをいつも踏むことになる。

いつも前者のやり方を採用していれば両サイドからの信頼を得られるはずである。それが前者のメリットではあるのだが、単なるメッセンジャーという批判もあるかもしれない。特に、リエゾン担当が意思決定者を兼ねている場合、内部からこういった批判が出ることが多いと思う。

果たして、リエゾンに主観性は入るべきなのだろうか。
あくまでも、客観性を重視すべきなのだろうか。

間を取り持つ役割について考えていると、僕の中では坂本龍馬が真っ先にイメージされる。坂本龍馬について例に挙げれば、リエゾン担当よりもmediator、あるいは、negotiatorの方が適当のように思われる。そう考えると、リエゾンという言葉にはもともと連絡という意味以上の語義はないのかもしれない。

じゃあ、今僕に求められているのは一体何なのか?
リエゾン役?それともmediator・negotiator役?
賢くもない頭で精一杯考えてみる。
それしか僕に取り柄はない。
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by aokikenta | 2007-03-26 02:14 | 日記(カブール)
2007年 03月 25日
カーブル日本代表
ナウルーズに続いて今日もフットサルをしてきた。今日はイギリスの警備会社との対外試合。フットサルコートに行ってまず驚いたのは相手の体がでかいこと。サッカーというよりもラグビーという感じだなと思いながら、少しだけアップをして試合に臨んだ。

今回の戦略としてはしっかりと守ることを徹底した。常に2枚後ろに残り、全員が攻めてカウンターをくらうということがないように、後ろの内の1人が上がった場合でも必ず1人が残るようにした。その狙いが的中して、相手の攻撃をほとんどシャットアウトできた。終わってみれば2-1での勝利。その対戦相手に今まで勝ったことがなかったらしいので、カーブル日本代表(勝手に言っているだけです・・・)の初勝利という嬉しい結果になってよかった(ちなみにカーブル日本代表は援助関連団体の混成チーム)。

終わってからビールと白ワインを飲みながら反省会をして、夜はNew World(旧Arirang)という韓国料理屋でたらふく飯を食った。空腹でのプルコギ、チヂミ、水豆腐、白米、キムチなどの前菜はめちゃめちゃうまかった!

この4日間の内、2日間フットサルができて、1日はバーミヤンのSさんとお昼を食べて、1日は掃除・洗濯など身の回りの整理をすることができた。しっかりと休めたので、明日から頭を切り替えて仕事に戻りたいと思う。

いやー、やっぱりサッカーは熱い。
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by aokikenta | 2007-03-25 01:24 | 日記(カブール)
2007年 03月 24日
カーブルの夜景
The Afghanistan Journal(AFJ)のクイズは試してみただろうか?「地理編」と「イスラーム編」は全問正解できたが、「アフガニスタンの人物編」のQ1「次のうちアフガニスタンの人物はどれ?(5人)」はわからなかった。うーん、悔しい。「地理編」もわかるにはわかったが、Q8「アフガニスタン原産の野菜はどれ?」などの問題はこのblogで取り上げたことがない新しい発見でもあった。

AFJには隠された驚愕的事実がある。それは、このHPは管理人のMAMIさんが大学生の時に作られたということである。すごすぎる・・・。レベル超高いと思う。それにひきかえ、アフガニスタンに住みながらクイズに全問正解できなかった僕は一体何なのだろうか。もっと勉強しないといかんな。

新年3日目の今日は雲ひとつない快晴だった。
夜、屋上に上がって一人で星を見ていたら夜景を撮りたくなったので、三脚もないのに夜景の撮影を試みた↓。シャッター速度10秒での撮影。カーブルの夜景も綺麗でしょ?

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by aokikenta | 2007-03-24 01:32 | 日記(カブール)
2007年 03月 23日
The Afghanistan Journal
今日はバーミヤンからやってきたSさんとお昼ごはんを食べた。Sさんは僕と同い年で、近年まれに見る好青年だ。お昼を食べながら現場での話を聞いていた。彼は最前線で戦っている。ふと中島みゆきの歌のワンフレーズ「戦う君の歌を戦わない奴らが笑うだろう、ファイト!」を思い出した。今は大変だと思うけど、今の経験が血となり肉となって、将来の糧となるはずだ。がんばれ青年。

e0016654_164014.gif話は変わるが、アフガニスタンについてすごくよくまとまっているHPを見つけた。MAMIさんによるThe Afghanistan JournalというHPで、今まで見たアフガニスタン関連のHPの中でも内容の充実度といい、見易さといい秀逸だ。←左のようなクールなクリップアートも沢山ダウンロードできる!「quiz」欄ではクイズ形式でアフガニスタンに関する知識を図ることができるのでお薦め。アフガニスタンについて全然知らない人、いつか行きたいと思っている人、勉強している人、働いている人、働いたことのある人、どんな人にとっても興味深いHPと思う。興味のある方は是非訪れて見てください。

The Afghanistan Journalのトップページが文字化けしている時は、「表示」→「エンコード」→「日本語(自動選択)」をクリックすると見られます。
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by aokikenta | 2007-03-23 01:19 | 日記(カブール)
2007年 03月 22日
ナウルーズ・ムバラック
ナウルーズ・ムバラック(新年明けましておめでとう)!

今日、春分の日はアフガニスタンでは新年にあたる。会う人みんな「ナウルーズ・ムバラック!」と挨拶をしてくれる。「ナウ」はダリ語で「新しい」という意味で、「ルーズ」は「日」という意味。従って、ナウルーズは新しい日ということを表す。ナウルーズには大勢の人が行楽にでかけ、道行く人もみんな笑顔で楽しそうだ。

アフガニスタンではイスラム太陽暦(アフガニスタン暦)が用いられており、イスラム太陽暦では3月21日が元旦になる。イスラム太陽暦は預言者ムハンマドがメッカからメジナに聖遷した西暦622年を起点としているので、新しい年は1386年ということになる。昨日までが1385年で、今日からが1386年だ。

そんな新年を迎えた今日は、ものすごーく久しぶりにフットサルをした。もうかれこれ5、6ヶ月はやっていなかったと思う。動けるかどうか心配だったが、案の定、試合が始まるとすぐに肺に来た。やっぱり衰えるのが早いのは、瞬発力ではなく持久力なのである。開始10分で、すぐに口の中が鉄をベロで嘗めたような味でいっぱいになったが、結局、最後まで離脱することなく試合に参加することができた。途中から意識が朦朧としていた。酸素欠乏症にならないでよかった。

アフガン新年初日から初蹴りができて、今年は幸先がいいかも?
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by aokikenta | 2007-03-22 00:23 | 日記(カブール)
2007年 03月 20日
ワケありで
国際協力業界で働くようになってから、「何故アフガニスタンでお仕事をされているんですか?」と質問をされることが多くなった。何故に答えるには、結果に対する原因を説明する必要がある。そして、因果関係が質問相手に納得できるものでなくてはならない。そういった意味では、何故は、何を、いつ、ですか、という質問とは種類が異なるのである。

そういう質問をされると一体どこから答えたものか考え込んでしまう。
短めに話せば、大学院で難民帰還の研究をしていてケーススタディーとしてアフガニスタンを取り上げました、自分が研究した国でどうしても働きたいと思い、現在こうしてアフガニスタンで働いてきます、というようなことになる。

上の返答は、何故大学院で難民帰還の研究をしようと思ったのですか、という質問には答えていない。こう答えると、大抵もう少し詳しく踏み込んで「何故国際協力業界に興味を持ったんですか」と聞かれる。「もともと興味があったんですか?」と聞かれたりもするが、その「もともと」がそもそも何処からを意味するのかということが問題となる。intrinsicな性質として国際協力に興味があったんです、と答えると変な顔をされるだろうし、世界平和が僕の理想です、と真顔で答えたら多分一歩距離を置かれるだろう。

こんな時は、学生時代から海外に行く機会がありまして特に発展途上国に行ったときの印象が強くてその時から将来は国際協力業界に進もうと思っていました、などともっともらしい事を答えると質問相手も納得するようである。

いずれにせよ、一発で質問相手を納得させる方法というのがなかなかない。
色々考えてみたのだが、その中でも「ワケありで」という返事はなかなかのものだと思う。

A:「何故国際協力業界で働こうと思ったんですか?」

僕:「えー、大学を卒業してから民間企業で働いていたんですが、ワケありで退職しまして、それからワケありでイギリスに留学をして、ワケありでアフガニスタンで働くことになりました」

A:「・・・」

上のように答えたら、多分突っ込んだ質問をされることはないだろう。
逆に、過去にあったかもしれない出来事を想像して少し涙ぐんでくれるかもしれない。
一発で相手を沈黙させる便利な言葉。
それが「ワケありで」。
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by aokikenta | 2007-03-20 22:19 | 日記(カブール)
2007年 03月 20日
Next phase
2、3日降り続いた雨がようやく止んだ。今年は雪もよく降ったが、雨もよく降る。去年は2月が始まった頃から雪は降らなかったし、こんなに雨も降らなかったような記憶があるので、異常気象じゃないかと思うくらいだ。

プロジェクトの立ち上げ期を過ぎて次のフェーズに入った。書面上の話ではなく実感としての話である。天候が回復すればもっと軌道に載っていくと思う。もちろん、その為には後方支援のシステムを作らなければならない。現実問題として上手くいってなくて支障が出始めている部分もある。限られた経験の中でどのように器を作っていくか。あまり思いつめず、同僚やスタッフなど周りの人の意見を聞きながらやっていきたいと思う。

今月、来月は本部からの出張者受け入れもある。今日は、午前にスタッフとミーティングをして、午後は面会先との日程調整などをしていたら、夕方になっていた。21日からはナウルーズ(アフガン新年)に入るので少し自分をプッシュして、出来るところまで休み前に終わらせないとなぁと思っている。仕事を先延ばしにせずに、如何にadvanceにやるかが大事だ(論文はいつも提出間際になってから書き上げていたのだが)。

そういえば、今日はアメリカ大使館車両に対する自爆テロがあった。ANSOから入る治安情報が最近になって異常に増えてきている。危機管理対策をしっかりしないといけないと思いつつ、井戸から汲み上げる水が少し濁り始めてもいる。やることは死ぬほどある。そっと目をつぶって見なかったことにしてしまいたい気分にもなるが、一つ一つ解決していかなくちゃなぁ。
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by aokikenta | 2007-03-20 03:44 | 日記(カブール)
2007年 03月 17日
SANKEI EXPRESS掲載
2007年3月10日付けSANKEI EXPRESS(産経新聞のタブロイド版新聞)に、携わっているプロジェクトの記事が掲載されました。↓

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charsuqさん、情報提供ありがとうございました。
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by aokikenta | 2007-03-17 21:59 | 日記(カブール)
2007年 03月 16日
アブドゥル・アリ・マザリ
バザールの中にアーシュラー祭で見たような黒い大きな門があったので、ショップキーパーに「あれは何?」と聞いてみた。すると「あれはアブドゥル・アリ・マザリを追悼する為にあるんだよ」との返事があった。アブドゥル・アリ・マザリは、統一戦線のメンバーだったハザラ人主体の「イスラム統一党」の指導者だった人で、ハザラ人の間で崇拝を集めている人物だ。彼は1995年3月12日にタリバンによって殺害された。今でもハザラ人は3月12日前後になるとアブドゥル・アリ・マザリの死を悼む。

アフガニスタンでは国家よりも部族に帰属意識を持つ傾向がある。パシュトゥン人はパシュトゥン族へのアイデンティティーが強く、タジク人・ハザラ人も同様である。ナジブラー政権が崩壊してからムジャヒディン内戦時代に突入して、部族間の抗争が始まった。軍人のみならず市民を巻き込む激しい戦闘が発生し、また、他部族に対する人権侵害があったという報告もある。表面上は何の問題もないように見えるが、内面では部族間の軋轢は根深いものがある。

先日紹介したアフマド・シャー・マスードはタジク人の指導者で、『マスードの戦い』の中でも優れたリーダーとして描かれている。しかし、彼と敵対していたパシュトゥン人やハザラ人の立場からしてみると、彼がAfghan National Heroとして美化されることには違和感があるのではないか。アブドゥル・アリ・マザリを悼む黒い門を見ながらそういう思いを強くした。マスード軍によって殺された市民も沢山いるであろうし、人権侵害を受けた人も沢山いるはずである。彼らの家族はマスードをこころよく思ってはいないと思う。

アフガニスタンにおける紛争後の平和構築というとDDR(その中でも武装解除、動員解除)が大きな注目を集めて来たが、部族間の和解も重要な課題になり得ると思う(本来、Rの部分には和解の要素が含まれてしかるべきだが)。今年の2月20日に、ムジャヒディンの戦争犯罪・人権侵害を免責にする恩赦法が可決された。正義に基づいた戦争犯罪への対処というものが適切に行われているのか、過去の人権侵害に対してどのように取り組んでいくのか、あらためて問いかけていい問題と思う。少なくとも日本では、これまで特別大きな注目を集めてきた分野ではないと思う。

和解というのは5年・10年というスパンではなく、世代を超える年月を見据えて取り組まなければならない問題だ。成果が見えにくく、しかも年月がかかるので、資金を継続的に集めなければいけない開発援助団体にとっては取り組みにくい分野だと思う。しかし、中央政府の統治のもと多民族が平和に共存する国アフガニスタン、そんなカルザイ大統領の衣装が象徴するような社会の実現を考えた場合に和解を避けて通ることは決して出来ない。

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by aokikenta | 2007-03-16 22:45 | 日記(カブール)