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2006年 12月 31日
インドネシア3日目 スルタン王宮
2006年12月29日(金)

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↑スルタン王宮前の様子。土産物攻勢が待っている。

 午前8時発のガルーダ航空で約1時間、ようやくジョグジャカルタに到着した。空港に着くと、ディアの友人ウィーディーとホテルの従業員が出迎えてくれた。ウィーディーはスペインで平和学を勉強していたインドネシア人の女性で、ディアの同僚だということだった。宿泊とトランスポーテーションは既にアレンジがされており、空港から東へ車で20分ほどで到着した。プランバナン寺院の直ぐ横にあるPOERI DEVATA HOTELで、結局ジョグジャを離れる1月2日まで宿泊した。

 今回招待されたディアの結婚相手のダニエルはオーストリア人なので、新郎の家族と親戚がはるばるオーストリアからやってきていた。僕は、親戚ではないがインターナショナルゲストということで、新郎家族と行動のほとんどを共にすることになった。僕以外にも、カナダから新郎友人のステーシーと、フランスから新婦友人のマチルダが来ており、僕らはいつもダニエルファミリーと一緒に行動をした。新郎家族のホスピタリティは素晴らしく、僕達の事を本当に家族の一員のように扱ってくれた。特に、アフガニスタンからこの結婚式の為だけにやってきたという事で、僕が感謝の気持ちを表す度に「こちらの方こそ、ダニエルとディアの為にはるばるアフガニスタンから来てくれてありがとう」と返してくれた。今でも感謝をしている。

 早速、ダニエルファミリーと一緒に観光地巡りをすることになった。この日は、スルタン王宮を訪問した。この王宮は、1755年にマタラム王国が分割された際に成立したジョグジャカルタ王国の王家(スルタン)が住む場所であったと言う。インターネットなどを見てみると、今でもジョグジャカルタの州知事であるスルタンは王宮に住んでいて一部が公開されているとある。しかし、ウィーディーは、現在はスルタンは住んでいない、と言っていた。どちらが正しいのかは定かではない。
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↑王宮の前で記念撮影。

 午前中にスルタン宮殿見学を終えると、ショッピングのメッカ(回教国でメッカという言葉を使うのも憚られるが)であるマリオボロで買い物をすることにした。マリオボロには、マクドナルドとピザハットが入った大きなショッピングモールがある他、メインストリートには土産物を売るお店が騒然と立ち並ぶ面白い場所だ。観光客向けの部分もあるが、現地の人も大勢買い物をしているので、そうというばかりではないようだ。
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↑マリオボロの大通り。ベイチャーと呼ばれる三輪車と馬車が、日がな客待ちをしている。 

 夜は、生バンドの演奏を楽しめるレストランでインドネシア料理を堪能した。ダニエルの親類、マチルダ、ウィーディーに加えて、クラスメートだったサンドラも参加をして楽しい夜になった。

e0016654_1453616.jpg←肉や野菜が豊富なインドネシア料理。ココナッツを使った料理は秀逸だ。

→大豆を発酵させて作ったテンペ。チリソースと一緒に食べるとおいしい。e0016654_14543857.jpg

e0016654_14554244.jpg←BINTANGビール
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by aokikenta | 2006-12-31 14:15 | (番外編)インドネシア旅行記
2006年 12月 30日
インドネシア4日目 ボロブドゥル寺院
2006年12月30日(土)

 朝7時30分に集合して、北西に車で1時間ほど行った場所にある世界遺産のボロブドゥル寺院を訪れた。天気は雨。この日に限らず、雨季のインドネシアではほとんど毎日一日の内の数時間は雨が降った。ボロブドゥル寺院は広大な仏教遺跡群で、中央の建物の頂上に行くにはかなり階段を登らなくてはならない。当時の技術の高さが伺われる。
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↑ボロブドゥル寺院。あいにくの雨だったが、建物と雨はよくマッチしていた。

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↑途中、精巧な石細工を見ることができる。

 ボロブドゥル寺院を見終えた僕達は、お洒落なレストランでランチを取って一息ついた。結婚式の主要行事は12月31日なのだが、前日である30日にもいくつかの行事が行われることをこの日に知った。花婿の親類は花婿の家で、花嫁の親類は花嫁の家でそれぞれ結婚をする準備としての儀式を行うとのことであった。

 僕は今回の旅行で、古くから伝わるインドネシア伝統の結婚式を、花嫁の家族の一員として体験することが出来た。その機会を与えてくれたディアと、家族の一員として扱ってくれたディアとダニエルの家族に対して、この場を借りて深く感謝と尊敬の意を表したい。式の模様について、書こうと思えば細部を書くことはできる。しかし、描写をしようと思えば思う程、儀式としての結婚式の観察記録になってしまう。友人であるディアとダニエルを観察の対象としてしまう自分のエゴに対して、どうしても抵抗を感じる。従って、今回の旅行記ではインドネシア伝統の結婚式について細かく描写することは避けたいと考えている。時期が来て、読みたいという人がいれば、インシャッラー、いつかどこかで書くこともあるだろう。
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by aokikenta | 2006-12-30 14:58 | (番外編)インドネシア旅行記
2006年 12月 29日
インドネシア5日目 結婚式
2006年12月31日(日)

 結婚式のメイン行事は朝の9時から行われた。夜には親族、友人を招いての盛大な披露宴があり、様々な催し物が行われた。僕達は夜の7時くらいから11時ごろまで、おいしい食事を食べ、歌い、踊り、ダニエルとディアの結婚を祝福した。
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↑新郎新婦と友人の記念撮影。左から、筆者(日本)、ステーシー母、ステーシー(共にカナダ)、ダニエル(オーストリア)、ディア、ウィーディー(共にインドネシア)、マチルダ(フランス)、ダニエルファミリーの友人Waltroud(オーストリア)、サンドラ(インドネシア)。

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↑音楽とダンスで盛り上がる会場。
 
 日付が変わる時、ダニエルファミリーと僕らインターナショナルゲストはホテルにいた。幸いにも、12時前にホテルに帰り着くことができ、2007年の年明けを盛大に祝うことができた。ダニエルファミリーがオーストリアから持ってきたシャンペンで、お互いの国の言葉を教えあいながら乾杯をした。ベッドに入った時は午前3時を回っていた。
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by aokikenta | 2006-12-29 15:02 | (番外編)インドネシア旅行記
2006年 12月 28日
インドネシア6日目 祭りの後
2007年1月1日(月)

 前夜遅くまで結婚と新年を祝い、朝の11時まで寝ていた僕は、ディアのノックで目を覚ました。借りていたインドネシアの伝統衣装を回収に来てくれたのであった。僕よりも疲れているはずのディアに仕事をしてもらい、申し訳ない気持ちになった。

 これまでカブール-ジョグジャ移動、ジョグジャ観光地巡り、ディアとダニエルの結婚式と走り続けてきたので、残りはゆっくりすることに決めた。しかし、ゆっくりし過ぎた為かホテルのレストランの朝食ビュッフェは僕が行った時には片付けられてしまっていた。何か食べたいと言うと、従業員はナシ・ゴレンを無料でサービスしてくれた。プランバナン寺院が見渡せるレストランで、コーヒーを飲みながらゆっくりとした。
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↑レストランから見渡す事ができるプランバナン寺院

 ダニエルファミリーはプランバナン寺院観光に行くと言い、はりきって出かけていった。僕は観光をする気分にはなれず、溜まった洗濯物をLaundry serviceに出してから、ショッピングモールをぶらぶらすることにした。

 カルフールの入った巨大なモールでインドネシア食を購入した。甘口ソースのような味がするケチャップマニスとチリソースの小袋や、現地のインスタントヌードル、その他食品をアフガニスタンに持って帰る為に大量に買い込んだ。他にも、綺麗な色をしたインドネシアの服やアクセサリー、財布、小物などを次々に買った。また、小腹が空いたのでMie Ayamと呼ばれるラーメンのような食べ物を屋台で食べた。3000ルピーだった(1ドル=約9000ルピーなので33セント程ということになる。ちなみに、到着した時に空港で200ドルを両替したら、176万ルピーになってしまい仰天した。)。

e0016654_15122669.jpg←髪の毛のようにふさふさとしたランブータン。ライチのような味がする。

→蛇のように見えることからスネークフルーツと呼ばれる果物。思ったほど水分はない。e0016654_1513649.jpg

e0016654_1513561.jpg←サテーを売るおばさん。
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by aokikenta | 2006-12-28 15:09 | (番外編)インドネシア旅行記
2006年 12月 27日
エピローグ
 買い物に疲れ、道端で風景を撮影しようと思い、お気に入りのカメラを持ってモールの外に出た。数枚写真を撮影した時、カメラの充電池が突然切れた。僕は、旅の記録をする為の装置であるカメラの電池が切れた事を知り、旅は実質的に終わったのだと、何の違和感もなく空気のように当たり前の事として受け止めた。1通のeメールから始まったインドネシア旅行。その招待主であるディアの結婚式が終了した今、僕がインドネシアにいる意味は無いに等しかった。そのことをカメラの充電池は象徴していた。
 出会って数日ではあったが、一緒に行動をともにしたダニエルファミリーに僕は親密な気持ちを抱いていた。”You are a member of our family”と笑いながらかけてくれた言葉が耳から離れず、別れ際、すぐにその場を離れられなかった。今度はウィーンで会いましょう。そう言う以外に別れる術を思いつくことが出来なかった。”See you later”は先人の知恵だと思った。出会いがあれば別れがある。別れを避けて通る事は誰にもできない。だから僕達は、この刹那を一生懸命生きていくんだ。
 何故そうなったのか今でもわからないのだが、充電地が切れる前に撮った最後の写真は、旅の始まりと同じモノクロームだった。

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by aokikenta | 2006-12-27 15:16 | (番外編)インドネシア旅行記
2006年 12月 27日
仰天!カルチャーギャップ
 文化放送の電話出演は無事終えることができた。しっかりとした台本を放送作家の方から頂いていたので、何を話そうかと迷うこともなく、以前FM放送に出たときよりも滑らかに話せたのではないかと思う。放送が終わって安堵した。

話した内容は以下の二つ
1、暦の違い
アフガニスタンでは、西暦ではなくイスラム太陽暦が用いられている。今年は2006年ではなく1385年。日付も違っていて、2006年12月26日は1385年10月5日にあたる。来たばかりの頃、これに驚いた話をした。

2、アフガニスタンと日本は同じ年に独立したの不思議
以前、このブログでも取り上げたが、アフガニスタンでは「アフガニスタンは日本と同じ年に独立した」という言説がまことしやかに広まっている。アフガニスタンは1919年にイギリスから独立したのだが、1923年に日本は日英同盟を破棄したことから、それを勘違いして今まで伝わっているのではないか、ということを話した。また、親日家が多く仕事の上でもプライベートの上でも助かっているという話をした。

他にも、後から思いついたカルチャーギャップを少し。
1、トーナスという車
アフガンでは「トーナス」という車があちこちで見られる。このトーナスという車は、実はトヨタのタウンエースである。何で、タウンエースがトーナスなの??と思っていて、わかったこと。それは、「Town Ace」は2つの単語から出来ていて、真ん中のスペースをなくすと「Townace」となる。確かにトーナスと読める。はじめに読んだ人がスペースに気が付かずに続けて読んでしまったのだろうか。真相はわからないが、アフガニスタンでは、タウンエースはトーナスと呼ばれているのであった。

2、年齢、血液型を知らない人々
アフガニスタンの人に「何歳ですか?」と尋ねると、しばしば返って来るのが「大体○○歳くらい」という答え。アフガニスタンには、自分の年齢が分からない人が沢山いるのである。これを見るに付け、日本の母子手帳っていうのはすごいな、と思う。
また、自分の血液型を知らない人も沢山いる。血液型検査を受けた事がない人が多いからなのだろうが、もう一つ困った問題がある。それは、お医者さんが間違った血液型を教える可能性があるということ(うちのスタッフが言っていた)。本当か冗談かは定かではない。

国籍も人種も宗教も違えば色々と驚く事はあるものだ。何か気が付いた事があれば載せてみたいと思う。

(明日から、友人の結婚式に出席するのでインドネシアに行ってきます。しばらくの間更新できないかもしれません。)
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by aokikenta | 2006-12-27 00:04 | 日記(カブール)
2006年 12月 24日
AMラジオ出演予定
以下の予定でAMラジオ出演予定です。「海外カルチャーギャップ」という海外で生活していて驚いた事などを紹介するコーナーに電話生出演します。もしよかったら聞いてみてください。

放送局:文化放送(1134kHz)

日にち:2006年12月26日(火)

時間:13時過ぎ~10分間

番組名:「吉田照美のやる気manman」
      毎週月曜日~金曜日 12:57~16:00放送
      MC:吉田照美、小俣雅子

コーナー名:海外カルチャーギャップ

(了)
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by aokikenta | 2006-12-24 02:20 | 日記(カブール)
2006年 12月 22日
チャイ・メホリ
 12月の頭に雪が降ってから、徐々に気温が上がってきていたのだが、ここにきてまた冷え込みだした。昨日(21日)にはカブールで雪が降り、波のように気温が上がったり下がったりしている。数日は寒い状態が続き、また徐々に気温が上がるのかもしれない。

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↑多くの家庭で使われるヒーター。薪を燃料に使っている。

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↑ヒーターの上に載せたやかんで沸騰させたお湯でチャイを飲む。

 アフガニスタン人は概してチャイが大好きで、暇があればもっぱらチャイを飲んでいる。知り合いもそうだが、見知らぬ人でも少し話をするとチャイ・メホリ(お茶でも飲んでいかないか?)と誘われることがしばしばだ。言葉が通じなくとも、一杯のチャイを飲めば心が通じ合ったような感じを持つ事うけあいだ。
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by aokikenta | 2006-12-22 23:46 | 日記(カブール)
2006年 12月 22日
NGO禅問答 その3
(つづき)

:あっ!丙さんいらしていたんですか。

:あー、ちょっと用事があってね。それより、甲くんと乙くんの話し聞いてましたよ。

:えー、乙は理想に燃えてるのはいいんですが、思いつめているような所があって、見ていて危なっかしくて仕方がない。

:僕は僕の考えている事を言っただけですよ。実態が追いついていないんだったら、僕が実態を変えてみせる。

:はっはっは、二人のいう事はどちらも間違っていないと思うよ。僕だって若いときは乙くんと同じようにNGOで働いていたんだ。インドシナ危機で沢山の難民が出た時期でね、難民キャンプを作って、保健・医療から、給水事業、子供達への教育まで何でもやったよ。現場を駆け回って、問題にぶつかって悩んで、人に助けられて、忙しかったけど楽しかったなぁ。

:丙さんにもそんな時代があったんですね。

:そりゃそうさ、あの時があったから、色々と物事を考え始めるようになったね。

:丙さんはそれからどうされたんですか?

:僕はその後、国連に入ったんだ。10年いる間に、HQもフィールドオフィスも両方経験した。国連というのはものすごい可能性を秘めているもんだって思って入ったんだよね。NGOよりも大きなレベルで国家が出来ない事ができる、そんな風に思ってたね。

:思ってた?

:うん、そう思ってたんだけど国連も実際は巨大な官僚組織で僕の思っていたような場所ではなかった。国連の人間は、もちろん違う人も沢山いるけど、現場なんて見ないし、成果は独り占めしようとする。書類ばっかり書くのが上手くて、保身主義を地でいくようなやつらばかりさ。

:今は何をされているんですか?

:日本に帰って来て、大学で教鞭を取っているんだ。僕が見てきたもの、経験してきたものを若い世代に伝えたい、そういう風に思っている。

:あれ、でもNGOもやってませんでしたっけ?

:そうそう、やっぱり頭でっかちでもいけないからね。NGOを設立して、少しでも日本NGOのキャパシティーを挙げたいし、恩返ししたい。

甲・乙:へー。

:だから、僕は甲くんの言う事も間違っていないと思うし、乙くんの言うことも間違っていないと思う。僕みたいに考えて行動している人もいるってことをわかってもらいたいんだなぁ。

:すごい参考になります。ありがとうございます!!僕も現場で経験を積んで丙さんみたいになりたいなぁ。

(完)
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by aokikenta | 2006-12-22 03:08 | 日記(カブール)
2006年 12月 20日
NGO禅問答 その2
(つづき)

:だって、NGOの実態は君の言う理想に追いついてないだろう。NGOは非政府であることを強みに国境を超えられる、と君は言ったよね?しかし、多くのNGOを見てみろよ。非政府と言いながら、ODA資金のコントラクターになって日の丸掲げながら活動しているNGOがどれくらいいることか。

:確かにそうですけど、でも・・・。

:ODAで活動するNGOっていうのは、GO(政府組織)とどれほどの違いがあるというんだい?

:・・・。

:結局、NGOは理想は高いけど、実態が追いついてないんだよ。まず、民間資金、つまり寄付を集めるシステムができていない。欧米のNGOの集金能力は日本のNGOとは比較できないくらいすごいっていうだろう。日本では、まだそういった土壌が育っていない。だから、日本のNGOは公的資金に頼らざるを得ないわけだし、スタッフにもボランティア程度の給料しか支払えない。待遇が良くないから有能な人材が流れていってしまう。

:僕は使命感を持ってやっているからいいんです。

:NGOで働いているやつはみんなそう言うんだ。使命感で仕事していくなんて言ったって、限界があるだろう。この先、君は結婚して、子供を生んで家庭を築いていかなくてはいけない。その時のことを考えて将来設計しないと駄目だよ。

(丙が登場)

:まぁ、そんなに乙君をいじめなさんな、甲さんよ。

:あっ!丙さんいらしていたんですか。

(つづく)
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by aokikenta | 2006-12-20 01:13 | 日記(カブール)