<   2006年 10月 ( 9 )   > この月の画像一覧

2006年 10月 31日
アンチテーゼ
チーズ ドリアン コリアンダー
匂いの強いものが美味しいなら
僕は 一度嗅いだらずぅっと忘れなくなるような
匂いのする人間になりたい
[PR]

by aokikenta | 2006-10-31 22:12 | 日記(カブール)
2006年 10月 29日
細切れテレビ番組的日本の生活
 日本に一時的に帰って来てから、長編の小説やノンフィクションを読む機会が減っている。代わりと言ってはナンだが、雑誌などパパッと目を通せるものを読む事が多くなっている。通勤電車の中、あるいは、家に帰ってからという限られた時間の中でしなければならないので自然とそうなっているのかもしれない。しかし、他にも原因があるような気がする。

 最近テレビを見ていて思うのだが、一つの物語をじっくりと見せようというような意図を感じさせる番組が少ない。バラエティー番組などを見ていると、全然別のコーナーが細切れになって交互に放送されたりしている。そういうのを見ていると何だか集中できなくて、意識の表層を情報がなでていっているだけのようなそんな感覚を持つ。また、民放の場合、ドラマでも映画でもCMが頻繁に挿入されるので、それがまた集中力を途切れさせてしまう。雑誌もまたテレビのように細切れ情報をつなぎ合わせた媒体なので、広く薄く情報を得るのにはふさわしいのだが、深く考えさせるには物足りない。

 このようなテレビや雑誌だけに触れていると、何事にも飽きっぽくなりそうな気がするし、そういう性格の人が日本に増えていくような気がしてならない。刺激が強くて、面白そうで、刹那的に楽しい事ばかりに目がいって、人間が成長していく上で必要な事たちに触れないままに大人になっていってしまう人が増えるのではないかと老婆心ながら心配になってしまう。日本人の生活スタイルや思考スタイルが年々変化して来ていて、それに合わせていかないとテレビ屋や雑誌屋も食っていけないのかもしれないが、このままではいけないのではないだろうか。個人的には、日本にいてもなるべく本を読んだり文章を書いたりして、自分と向き合う時間を増やしたいと思っている。

 尚、雑誌やテレビには手早く情報を収集するというメリットがあり、それは社会生活上便利で必要なものである。僕がここで言いたかったのは、それだけに触れていると何らかの問題が出てくるのではないかということだ。
[PR]

by aokikenta | 2006-10-29 22:38 | 日記(カブール)
2006年 10月 29日
指揮者とプロマネ
 東京本部での最初の1週間が終わった。久しぶりに勤め人の生活をしたので、精神的にも肉体的にも疲れた。でも、違う環境にいると意識レベルでも無意識レベルでも吸収するものが沢山あって、それをアフガンに戻る前に経験できたのは自分にとって間違いなくプラスだと思う。現場主義という言葉があるが、今の僕にとっては東京本部が現場なので、来週からもよくコミュニケーションを取りながら雰囲気や様子や問題点などを取り込みたいと思う。

 今日は父親とクラシックのコンサートを鑑賞しに行ってきた。溜池山王のサントリーホールで東京交響楽団の演奏があったのでそれに行ってきたのだ。音楽の理論や専門的な事はよくわからないが、長いコンサートの途中演奏に夢中になっている瞬間があって、その没頭から覚めた時に現実の世界に戻ってきた感覚を覚えた。その感覚は、映画の中で起こっている事がまるで自分の問題であるかのように感じていたのにそれが覚めてしまった、というような感覚に似ていた。客観的な時間の長さは知らないが、僕の中では長い時間だった。

 コンサートを見ていて指揮者というポジションに興味を持った。指揮者は特定の楽器を演奏するわけではないので楽曲がCDになってしまえば存在を感じる事が難しい。しかし、生で見ると各パートに指示を送って強弱をつけさせたり、全体の流れを一段上から見て微調整しながら楽団をまとめているので、非常に重要なことがわかった。おそらく指揮者になっている人には、楽器をやればそれはそれで食っていけるくらいの能力がある上に、全体を統率するだけの力量があるのだろう。指揮者はNGOで言えばプロジェクト・マネージャーにあたるポジションだと思った。プロマネも、一定程度のレベルの専門性を持った上で全体をスーパーバイズしてプロジェクトを前に進めていく能力を求められる(注)。3人以上の人間の集団をまとめる事には、その集団が何をしているのかに関わらず、共通点があるのだな、と一人納得した。音楽を聴きながらこんな事を考えるのは職業病だろうか?

 コンサートホールを出て、父親と食事をして帰路に着いた。いつもとは違った印象の土曜日だった。

(注)もちろん、専門家ではないがプロマネになっている人もいる。それは、民間企業で技術畑ではない所で働いてきた人が社長になるのと似ている。社長になってから会社の事を勉強して経営を改善する人だっているので、必ずしも専門知識が必須であるという訳ではないと思う。 
[PR]

by aokikenta | 2006-10-29 00:38 | 日記(カブール)
2006年 10月 23日
細部(ディティール)が一致する事
 久しぶりに朝9時に出勤した。実はとても驚いた事に、前に働いていた会社へ通勤する為に降りていた駅と、今働いている団体の最寄り駅が全く同じ市ヶ谷駅なのだ。駅前を、ネクタイ締めて、革靴履いて歩いていると、疲れた体をひきずりながら、帰り道に一人ですきやの牛丼を食べていた頃の事がフラッシュバックする(人によって過去の思い出し方は違うでしょうけど)。会社を辞めてから、四国歩いて、留学して、アフガニスタンで働いて、と色々あったが(そして、またアフガニスタンへ戻るが)、自分の何が変わって何が変わっていないのかを自問自答してみたりする。

答えは今もみつからないまま
繰り返しの渦の中
また一歩踏み出すよ
(ゆず『からっぽ』より)

細部(ディティール)が一致する事(合う事)がやけに気になる今日この頃。
[PR]

by aokikenta | 2006-10-23 23:07 | 日記(カブール)
2006年 10月 22日
近況
諸般の事情から、もう少しの間日本に留まることになった。ということで、明日から週5日間、朝9時から夕方まで都心にある東京本部で勤務。今はできることを一つずつやっていこう。
[PR]

by aokikenta | 2006-10-22 20:24 | 日記(カブール)
2006年 10月 20日
カラシニコフ
拝啓

 清秋の候、益々ご活躍の事とお慶び申し上げます。
 さて、突然ですが、「カラシニコフ」をご存知ですか?カラシニコフは旧ソ連の設計技師ミハイル・カラシニコフが作った自動小銃で、故障に強く手入れが簡単なことから、世界中で沢山の人々が使用しています。どれくらい故障に強いのかというと、砂塵が舞い飛ぶ砂漠地帯でも滅多に壊れることはなく、熱帯雨林気候のジャングルで水浸しになってもそのまま使えるくらい強いです。手入れは至極簡単で、通常の銃を解体するとねじが1本なくなっただけでも、もう撃つことができなくなるということが起こりますが、カラシニコフの場合は解体しても8部品にしかならず、訓練を受ければ少年兵でも20分くらいで手入れをすることができます。それくらい強くて丈夫なのです。
 僕の働く国アフガニスタンでは、街へ出れば兵隊さんや警察官やガードマンさんが必ずカラシニコフを手にしています。アフガニスタンではカラシニコフは日常の風景の一部です。先日古本屋さんで何気なく、『カラシニコフ』という本を見つけました。松本仁一さんという朝日新聞で編集委員をされている方の著書で、読ませる本です。松本さんは言います。

「腐敗した国家、崩壊した治安、士気の落ちた兵士・・・・・・。そんな取り合わせの中で、AK47(注)はむき出しの暴力でした。クーデターも頻発していました。「共和国」などとたいそうな名前で呼ばれている国家が、わずかな数のAK47で簡単に転覆していました。」(p.266)

 しかし、松本さんは考えます。銃の数だけで言えば、日本の陸上自衛隊には15万丁あり、米軍には200万丁以上ある。しかし、これらの国ではクーデターは起こっていない。それでは、カラシニコフが蔓延する国と日本やアメリカとの違いは一体何なのであろうか。国家と武力の関係とは一体何なのであろうか。
 松本さんは2002年のある日、ある新聞紙上でミハイル・カラシニコフ(当時83歳)のインタビュー記事を見つけました。まだカラシニコフは生きている!その事実に驚嘆し、これは長年持ち続けていた疑問を解く大きな一歩になるかもしれないと思い、この本の素になった新聞連載を書こうと思ったのだといいます。
 僕は「失敗した国々」という題名のつく第四章が好きです。松本さんは国連などの仕事で世界の多くの紛争地で働いた経験を持つ医師の喜多悦子さん(64歳)とのインタビューを引用してこう言います。

「喜多は「失敗した国家」と「そうでない国家」を分ける基準について、「明確で分かりやすい物差しがふたつあります」といった。」(p.177)
「ひとつは「警官・兵士の給料をきちんと払えているか」だ。」(p.177)
「もうひとつの物差しは「教師の給料をきちんと払っているか」である。」(p.178)

 要するに、兵士と教師の給料がきちんと払えているかどうか、が「失敗した国家(failed state)」と「そうでない国家」を見分ける分かりやすい物差しになると言うのです。兵士の給料に遅配が生じるということは、即ち、政府高官が治安の安定化を重要だと認識していないということです。多くの紛争国では、政府が腐敗しており政府高官が利権を得ることに熱中し、本当に国民が熱望している治安への政策をおろそかにしているケースが多々見られます。同じく、教師に対する遅配が生じているということは、教育がおろそかにされている、即ち、国家が復興に対する自助努力の意思を持っていない、ということの証左でもあります。
 この他にも第四章では「NGOにたかる役人」と題して、アフリカの紛争国で植林活動をするNGOが、政府役人から無理難題を押し付けられて、「これをやらないと日本人スタッフのビザを認めない」と脅迫される話しなどが挙げられています。現在、アフガニスタン政府も国際NGOに対する締め付けを強化しているので親近感を持って読みました。
 カラシニコフについてもう少しよく知りたいと思って手に取った本だったのですが、カラシニコフをキーワードにしながら、シエラレオネやソマリアや南アフリカなどで繰り広げられる数編の物語(本の中にはカラシニコフで実際に人を殺した少年や少女の物語が出てくるのです)を読む内に、銃とは何なのか、暴力とは何なのか、国家が国家であるとはどういうことなのか、国家は国民の為に何をしなければいけないのか、などについて考えさせられました。もしご興味があれば、是非ご一読下さい。
 末筆ながら、益々のご活躍を祈念しております。くれぐれもご自愛下さい。

敬具


(注)一般的に「カラシニコフ」と呼ばれている銃とは「AK47」のことを指しており、「AK」とはロシア語の「アフタマート・カラシニコフ」(カラシニコフ自動小銃)の頭文字である。カラシニコフ自動小銃にはAK47の他にも、1958年に改良された「AKM」や、1974年に改良された「AK74」がある。
[PR]

by aokikenta | 2006-10-20 23:17 | 日記(カブール)
2006年 10月 13日
写真展「五大陸 2006」
今年3月に私が所属するNGOのアフガニスタンにおける活動を取材して下さったフリーランスカメラマンの川畑嘉文さんが、合同写真展で作品を発表されることとなりました。参加される8名の方々の多くはufp加盟フォトグラファーでいらっしゃいます。詳細は以下の通りですので、ご興味がございましたら是非足を運んでみて下さい。

イベント:写真展「五大陸 2006」
期間:2006年10月10日~16日 各日13時開場
場所スタジオ ブリックワン 千駄木駅より徒歩5分
撮影地域:日本、アジア、ヨーロッパ、コロンビア、キューバ、イスラエル、パレスチナ、アフガニスタンなど

詳しくはリンク先のホームページをご確認下さい。
私も15日に行く予定にしております。

(了)
[PR]

by aokikenta | 2006-10-13 00:28 | 日記(カブール)
2006年 10月 11日
他人の為、自分の為
アフガニスタンに長くいると日本に帰りたいと思い
日本に1ヶ月もいるとアフガニスタンに帰りたいと思う
人間っていう奴は本当にわがままな生き物だ

帰りたいのは自分の為?それとも人の為?
そんなことをなんとなしに考えて見ることもあるが、
人の為に何かをする事で自分の欲求が満たされるのなら、
それも結局は自分の為か

そういう意味も含めたら
今、僕は自分の為にアフガニスタンに帰りたい


 事情をご存じない人の為に簡単に説明すれば、現在、事業の前段階でいくつかの阻害要因が存在している。それらの中には自分一人ではどうにもならないものもあるが、間接的であるにせよ、どうにかなるものもある。そんないくつかの要素を取り除く為に、日本で自分が出来る限りの事をしたいと思う。
 日本には物質的な豊かさはあるが、精神的な豊かさがあるかと問えば甚だ怪しい。逆に、アフガニスタンには物質的な豊かさはないが、精神的な豊かさが確かに存在している。象徴的な意味での砂漠の国日本から、本当の意味での砂漠の国アフガニスタンへ。潤いと渇きという相反する要素を併せ持ったアフガニスタンに、帰りたい。

追記
遅くなりましたが、台湾旅行記をアップしましたので、興味のある方はご覧下さい。右欄「カテゴリ」の中の「台湾旅行記」をクリックしてからご覧いただく事をお薦め致します。
[PR]

by aokikenta | 2006-10-11 23:14 | 日記(カブール)
2006年 10月 01日
プロローグ
  僕が台湾で魅せられたものは、それが内包する背反性であった。整備された地下鉄網や世界で一番高いビル台北101を作り上げた技術力が近未来空間にいることを思い起こさせる反面、狭い路地に並ぶ雑然とした食堂や心地よい程度に行渡る日本の文化はノスタルジーを感じさせてくれた。台北の町を歩きながら僕の脳裏には2つの光景がフラッシュバックしていた。1つ目は、東方明珠塔を初めとした高層ビル群が伝統と調和する上海の外灘から見た光景。物心ついて初めて行った外国の街上海は驚きに満ちていた。日本では考えられない程の価格で物が売買され、雑然とした中で人々が生活している一方で、見たこともないような前衛的なビルが立ち並んでいた。2つ目は、香港。まだ日本でも普及していなかったICカード(たしかオクトパスカードと言ったと思う)が当たり前のように普及し、バスでも電車でもカードをかざすとほとんど素通りの感覚で利用することができた。風水の伝統を元に設計された高層ビルは目に奇抜に映り、ビルの谷間で営業する小さな食堂とのアンマッチが印象に残った。今回旅をした台北という街は、上海と香港の両都市が抱えるアンバランスさに似たものを持ちながら、しかしそれとは少し異なる手触りを持った街だった。帰り仕度をしている時、僕は「あぁ、日本に帰りたくないなぁ」と思っていた。

e0016654_13565987.jpg


(注)
通常blogでは下の方から時系列で更新がされますが、本台湾旅行記は読み手の利便性を考慮し、上から時系列で表示されるようにしております。本旅行記をご覧の際には、右欄「カテゴリ」の中の「台湾旅行記」をクリックしてからお読みいただくことをお勧め致します。
[PR]

by aokikenta | 2006-10-01 13:56 | (番外編)台湾旅行記