<   2006年 08月 ( 20 )   > この月の画像一覧

2006年 08月 30日
グディパランの行方
グディパランは「凧」のことで、アフガニスタンの子供たちは凧揚げが大好きである。季節を問わず凧揚げを楽しんでいる様子が見られるが、夏場は天気がいいので特に良く見られる。凧揚げの風習が土着のものなのか、はたまた輸入されたものなんかは定かではないが、こんな所にも日本人に似た部分を感じてしまうのは贔屓目に過ぎるだろうか。

仕事の合間にベランダで一服している時に、青い空に映える白い凧が上がっているのをみると、何とも表現のできない感覚に襲われる。懐かしい、微笑ましい、愛らしい、爽やかな、その全部を足して4で割らないような気持ち。思わずMy Little Loverの凧の歌(題名なんだっけ?)を思い出す。グディパランのように風に身を任せて自由に生きたいなぁ。

追伸
実際の凧はペラペラのビニールと竹で出来た思ったよりもちゃちい作りのもので、街路樹など街の至るところに凧の残骸が引っかかっている。感傷的になっている場合じゃなかった。。。
[PR]

by aokikenta | 2006-08-30 00:52 | 日記(カブール)
2006年 08月 29日
和らぐ暑さ
一時の襲ってくるような暑さが和らいで嬉しいはずなのに、付き合い始めの恋を振り返ってみた時のように、かつて存在していた何かが足りない未充足感を持ってしまうのは人間の性だろうか。先週末から快晴が続き、今日もカーブルの空は青かった。事務所に籠もってデスクワークに取り組む。黒茶にスプーン一杯の砂糖を入れてガソリン注入。煙草をふかしてニコチン吸入。もう少し頑張るか。
[PR]

by aokikenta | 2006-08-29 02:35 | 日記(カブール)
2006年 08月 28日
良い部下とは何か
海外進出した際に、英語と現地語ができる気の利いたスタッフを雇う組織は多いと思うのだが、この「気が利く」レベルにはかなりのばらつきがある。ざっくり言って次の3種類に分類されると思う。

1、こちらの用件を依頼したはずなのだが、相手に言いくるめられてミイラ取りがミイラになってしまうタイプ
2、とりあえず通訳に問題がないが、あくまでも用件を伝達するだけの通訳タイプ
3、組織の利益を考えた上で自分なりの提案ができるタイプ

1のタイプは、交渉などの際にこちらの立場・主張を充分に事前説明するけれども、相手の主張を通訳するうちに、相手側になってしまうタイプ。例えば、どうしてもこの値段で行きたいと伝えているのにも関わらず、相手が「それでは食べていけない」とブラフにせよ主張すると、「ミスター・ケンタ、彼はこれじゃあ安すぎると言っている。彼の言っていることには一理あるよ」などと、お前は一体どっちの味方なんだと思うような発言をする場合が挙げられる。だから!この値段で交渉をしてって言ったでしょ、と何度も繰り返さなくてはならず、やたらと手間がかかり、わざわざナショナルスタッフを雇っている意味がなくなってしまう。このタイプのスタッフに高額の給料を支払うべきではない。

2のタイプは、ミイラ取りがミイラになることはないのだが、自分の考えがないタイプ。中立の立場を取り続け、フェアに通訳をしてくれるのはいいのだが、最後の決断やそれに役立つアイデアは一切提供してくれない。上の例で言えば「彼はこれじゃあ安すぎると言っている。What should we do?」などと問題を丸投げにする場合が多い。将来的に責任問題になるような発言は一切せず、あくまでも保身を貫く。1に比べるといいが、どこか信頼が置けない。

そして、3のタイプは、組織にとっての利益が何なのかを自分なりに判断して、自分の考えを持ってきてくれるタイプ。「相手がこう言っている」止まりではなく、「相手がこう言っているが、自分はこうした方がいいと思う。ついては許可をして欲しい」という提案ができる。このレベルになると、後は国際スタッフの承認を待つだけという状態で話しを持ってきてくれる。信頼が置け、安心して仕事を任せられる。このレベルに達するには、海外での留学経験や職務経験があるか、国内にせよマネージャーとして10年近くの職務経験がある場合が多い。3のレベルのスタッフをアフガニスタンで見つけられたらめっけものだ。
[PR]

by aokikenta | 2006-08-28 01:57 | 日記(カブール)
2006年 08月 27日
アフガニスタンのトゥクトゥク
発電機、及び、太陽電池パネルの調子がイマイチで、しばらく更新ができなかった。復旧したので、いつも通り淡々と書いていこうと思う。

昨日外出した先で、東南アジアによくあるトゥクトゥクのようなものを発見した。「名前は何ていうの?」とスタッフに聞いたが、「名前はまだない」という返事だった。我輩は猫じゃあるまいしと思ったが、「改造バイク」という以上の特別な社会的立場を得るには至っていない乗り物であるらしい。

自前の車やバイク等の資産を使ってタクシー業をするというのは、現金収入を得るには手っ取り早い方法である。しかし、車を使ったタクシーは見たことがあったがバイク・タクシーは初めてで新鮮だった。タイに旅行した時のことを思い出した。

アフガニスタンのトゥクトゥク、まだ乗ったことはない。

e0016654_0122678.jpg

[PR]

by aokikenta | 2006-08-27 00:24 | 日記(カブール)
2006年 08月 23日
新しい風
今日は隔月開催のNGO懇談会に参加してきた。同じ日系NGOでも、たまにプライベートで食事をしたりすることはあるが、こうしてフォーマルな形で情報交換をすることはないのでNGO懇談会は非常に貴重な機会になっている。今日も各団体が色々と抱えている問題について情報を交換し、とても有益だった。

懇談会の後は、裏NGO懇談会があり中華料理屋で歓談をした。カーブル以外で活動している団体からも出席者があるので、マンネリ化を防ぐ意味でも面白かった。日常生活の中にふと客人が来ると、普段考えていなかったことを考える契機になったり、知らなかったことを知る良い機会になる。そういう意味では、客として招かれると恐縮してしまう性質が日本人にはあるが、ホスト側としては「新しい風」を感じるよい機会なので、give & takeという部分があるように思う。少し脱線したが、新しい風を感じる一日だった。
[PR]

by aokikenta | 2006-08-23 04:08 | 日記(カブール)
2006年 08月 21日
床屋への根深い不信感
海外に行くと案外フラストレーションがたまるのが散髪である。イギリスでもアフガニスタンでも、どこでも日本以外ならそうだと思うのだが、海外の床屋には日本とは違う問題がある。問題とは、(1)頭の中のイメージを言葉で上手く伝えられない事、(2)日本と現地の流行が異なる事が原因となって、イメージ通りに髪の毛を切ってもらえないことである。

イギリス留学時代、僕が住んでいた街はパキスタン移民が多く、当時パキスタン人の間では「角刈り」とも「スポーツ刈り」ともそのどちらでもない何かとも言える超短髪が流行っていた。サイドを極端に短く刈り込んで、トップは少し残した髪にジェルをテカテカ光るくらいつけるのが流行していたらしい。そんなわけで、床屋で「a little bit」と言っても馬耳東風、理容師の格好いいと思う髪形、すなわちパキスタン人の間で流行っている髪形になってしまい、俺の数ヶ月を返せと枕を濡らすこともしばしばであった(理容師にはパキスタン人が多かった)。

アフガニスタンに来てからも一度だけ散髪に行ったのだが、頭をマッシュルームのようにされてから足が遠のいてしまった。現在、床屋に行く時はヒゲを切りに行く時だけである。

こうして頭に刷り込まれた根深い不信感から、前回3月に帰国してから一度も髪を切っていない。もうぼさぼさで手のつけようがないのだが、直に一時帰国するからいいかとこれまで我慢してきた。日本帰ったら髪切りに行くぞー!
[PR]

by aokikenta | 2006-08-21 23:33 | 日記(カブール)
2006年 08月 21日
花婿すらいない結婚式
今日の昼頃知人に誘われるままに、アフガニスタン人同士の結婚式パーティーへ行ってきた。冠婚葬祭などの儀礼には文化の色が濃く現れると思っていたので楽しみにして参加した。

期待を裏切らずアフガンらしい結婚式パーティーだった。まず何がすごいかというと人数。今日の結婚式の招待状は1,100通出されたらしい。そのほとんどが親戚というから、何親等まで親戚に当たるのかと、アフガニスタンと日本の「家族」の概念の違いを思い知らされた。

そして、中でもアフガンらしいのが、男と女は完全に別室で結婚式パーティーが粛々と進んでいくということ。今日僕は、子供を除いて一人の女性も目にせず帰宅をした。男は男だけの大部屋に誘導され着席をする。10人掛けの机が約60並ぶだだっ広い部屋で、伝統音楽の生演奏を聞きながら歓談をする。歓談に付き物のお酒は一切出ないので、ペプシかミリンダを片手に早く来たものは約4時間、遅く来たものでも2時間ほど食事もお酒もなく周りの人たちと音楽を聴きながら歓談をする。ダンスをするものも数名いるが皆恥ずかしがって踊らない。

最後に一番驚いたのは、新郎・新婦の両方がとうとう人前に一度も現れなかったことである。実は今日は「花嫁のいない結婚式」というタイトルにしようかと思ったのだが、よく考えたら今日は花婿すら目にしなかった。ということで「花婿すらいない結婚式」というタイトルに決定した。

お酒もなく、食事もなく、女性もおらず、そして主役もいない何時間もの間、男だけで固まりあっているとついに、午後9時過ぎに食事が運ばれてきた。見慣れたいつものパーティーメニュー。みんな猛烈にお腹が空いているのか、10分ほどで必死にガッついて、気が付いたらみな席を立ち始めていた。

ホダイパーマン。

終わり!?食べて速攻帰るのは主役に失礼でないのか??という疑問をよそに参加者は三々五々に会場を後にした。謎だ。アフガニスタンの結婚式は謎だらけだ。「文化の違い」と学者たちは一言で言うが、違いを「体」験するとものすごい違和感を感じる。若者よ、頭で考えるな、体で感じろ!

(注)
「ホダイパーマン」はパシュトゥ語で「さようなら」の意味。
[PR]

by aokikenta | 2006-08-21 03:58 | 日記(カブール)
2006年 08月 19日
納豆
友人宅で5ヶ月ぶりに大好物の納豆を食べた。
涙が出る程うまかった。

(了)
[PR]

by aokikenta | 2006-08-19 16:04 | 日記(カブール)
2006年 08月 18日
初めてのEメール
今日、スタッフにhotmailのアカウントを作ってあげた。彼は今までほとんど事務仕事とは関係がなかったので、コンピューターにはほとんど触った事がなかった。その彼が「ミスター・ケンタ(と呼ばれている)、Eメールアドレスが欲しいんだけど」と言うので、すぐに作ってあげることにした。

メールアドレス登録はすぐに終わったので、早速午前中に、日本に一時帰国中の僕の先輩(彼の上司にあたる)に1通メールを送る手伝いをした。

お昼休み後、メールボックスを開いて見ると返信が入っていた。それを読んだ彼は、標高1800メートルに位置するカーブルの刺す様な紫外線が刻み込ませた年輪が浮かぶ顔をしわくちゃにして満面の笑みを浮かべた。この笑みは、Eメールという文明の利器を使えるようになった喜びも然ることながら、自己が起こした行動に他者の反応があったという事実による認知欲求の満足が作り出したものであった。今、彼のメールボックスにはhotmail事務局から来たメールが1通、彼の上司から来たメールが1通、合計2通が誰にも邪魔されることなくひっそりと眠っている。
[PR]

by aokikenta | 2006-08-18 02:25 | 日記(カブール)
2006年 08月 17日
リーダーとしての威厳と親近感
ウチのスタッフと話していてこんな事を言われた。

「マネージャーには威厳がなければならない。だから、仕事以外の場所でも部下と仲良くしてはいけず、一緒にお酒を飲んだりしてはいけないんだ」。

アフガニスタンはイスラム教の国なのでお酒を飲んではいけないというのはよくわかるのだが、リーダーシップのあり方については賛否両論あるのではないかと思った。

一方で、彼の言う事には理がある。仕事以外の時間に必要以上に上司と部下が仲良くしてしまうと、仕事の中で上司と部下という間柄があやふやになってしまう恐れはある。そういう意味で、リーダーがどのような場面でも決して乱れた所をみせないということは、威厳を保つことに大きく役立つ。日本での卑近な例に置き換えてみると、仕事中、一緒に飲みに行ったり遊んだことがない上司や先輩とはなかなか距離が縮めづらいものがある。ビシッと物を言う上司や先輩ならなおさらだ。そうすると部下としては彼らの指示をしっかりと聞くだろう。それは仕事の面では大きく役立つ。

他方で、そういうギチギチの関係では息が詰まってしまうという反論もあるだろう。仕事は仕事、プライベートはプライベートという考え方を導入して、アフター5で一緒に飲みに行ったり、週末後輩を自宅に誘ったりする日本人は多いと思う。こうして仕事以外の時間を共有すると親近感が沸くし、仕事の面でも妙に緊張したり、相談に行きにくかったりすることがなくなり、結果として、部下の方がコソコソと隠れて何かをするという事は減るだろう。そうすると、結果としては仕事の上でもプラスの側面が出てくる。

概して、日本では後者の考え方が主流なのではないかという気がする。たまに部下を誘って悩みを聞いてあげる上司というのは理想像ですらある。いつも怖かった上司が飲みに誘ってくれ優しく悩みを聞いてくれたら嬉しいものだ(たまに尊敬していた人が乱れすぎてしまい、それを見て幻滅してしまうパターンもあるでしょうが・・・)。飲み会を通じての建前と本音の使い分けというのは日本人が得意とするところだ。

もちろん、日本でもリーダーシップを発揮する為に、どのような場面でも威厳を保つ人もいるだろう。反対に、仕事以外の時間を使って部下との距離を縮め、内部に蓄積している悩みや不満を聞きだす努力をする人もいるだろう。リーダーシップを考える時、このバランスは非常に難しい。

こんな話しを聞いた事がある。いつも非常に怖い上司がいる。仕事に妥協は許さず、ミスをすれば容赦なく叱る。そんな上司が家族の話をすると部下の上司に対する心象は大分変わるというものだ。例えば、「ウチの息子が受験で大変なんだよ」とか、「ウチの娘が大学に合格した」とかの話しをすると、グッと距離が縮まるというものだ。他にも「昨日、阪神が勝ったね」とか「日本代表すごかったね」とかスポーツの話でも良いコミュニケーションになる。

どうやってリーダーとしての威厳を保ちつつ、仕事を円滑に進めていくのか。民間企業でもNGOでも海外事務所では、国際スタッフが常にマネージャークラスなので、非常に興味深い問題だ。これまで気軽にスタッフの家に遊びに行ったりしていたのだが、自分のスタンスを定めた上で自分なりの「線」というのを持つ必要性を感じる。威厳と親近感のバランスの取り方はリーダーとなる人それぞれである、という聞こえはいいが答えになっていない結論で今日は締めよう。

最後に、威厳を常に保ちつつ、自分と部下の間を取り持つ「役割」を持った右腕を持つという手もある。自分一人の問題として完結せずに、組織としてギチギチする部分とガス抜きの部分を持たせるという相互補完的バランス維持法というのも一つの答えであろう。
[PR]

by aokikenta | 2006-08-17 02:27 | 日記(カブール)