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2005年 10月 31日
大阪飲み 【たこ焼き・4次会・通天閣】
 28日(金)は団体の同僚と飲みに行き、帰りがが遅くなったので更新ができなかった。そして土日は大阪へ大学のサッカー部友達に会いに行ったのでまた更新ができず、結局この時間の更新になってしまった。

 いやー、大阪面白かった~。実は父が枚方市出身なので子供のころからよく行ってはいたのだが、梅田や難波に行った事はほとんどなかった。土曜日の12:45羽田発14:00関空着のフライトで行き、まずはサッカー部同期の友達の実家へ行った。そこではケーキをご馳走になりごろごろとして過ごした。その家の近くのたこ焼き屋のたこ焼きはまじでうまかった!出汁の味が生地にしみていて口の中でとろける。あんなうまいたこ焼きは食べた事がない。次回大阪に行った時も食べたいな。
 
 夜は19:30から飲み始めて、結局飲み屋を三軒はしごして、カラオケへ突入。合計で4次会まで行った・・・。めちゃくちゃ楽しかったので時間が経つのを忘れていた。本当に面白かった!参加してくれたみんな、ありがとう。

 夜2時過ぎまで飲んでいたにもかかわらず、日曜日は朝の10時から、別のサッカー部同期の会社のチームの練習へ参加。2時間を超える練習でしかもかなりまじめにやっていたので2日酔いの身には応えた。でもやっぱりサッカーは楽しいもので、久々に大きいコートでプレーできて嬉しかった。

 午後は通天閣へ上り、キャベツ焼き(100円!)を食べ、串かつを食った。1泊2日の短い滞在だったが、友達に会い、おいしいものをたらふく食べ、飲んで、サッカーをして、観光までして盛だくさんの旅だった。大阪いいとこだ。アフガンから帰って来たらまた行きたい。
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by aokikenta | 2005-10-31 00:27 | 日記(東京)
2005年 10月 28日
アフガン仲間
 今日は仕事場の同僚の紹介で、来年1月からカブールに赴任する女性と食事をすることになった。環境系NGOで働かれている方1名も加わって、合計4人で新宿で食事をした。僕以外全員女性だったので、「アフガン行ったら女なんか見れないぞー」とからかわれた。そのカブールに赴任する方は、どうしてもアフガニスタンがいいと希望して赴任するという。僕もそうだったのでとても親近感を覚えた。といっても立場は自分と違ってAE/JPOとしてUNDPカブール事務所で働かれるそうだ。しっかりとしたバックグラウンドを持っていらっしゃって人間的にも素晴らしい方だと思った。
 
 最近は国際協力業界も高学歴化が進んでいて海外の大学院修士号があるくらいではなんのアドバンテージでもなくスタートラインに立っているというくらいの状況である。AE/JPOは、しっかりとした経歴の人が何人も応募するので倍率は常に高い。でも、何度でも応募ができるので粘り強く応募し続けるのが良いらしい。せっかく日本にはこういう制度があるので使えるものは使いたいというのが正直なところだ。

 さて、今日は『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』を紹介したい。この本はイランの映画監督モフセン・マフマルバフ著の本で、内容としてはそれほど面白くないので買う事はお薦めしない。ではなぜここで紹介するかというとタイトルが面白いからである。僕はジャケ買いならぬタイトル買いした。

 モフセン・マフマルバフは「サイクリスト」や「カンダハール」で有名な人でアフガニスタン国民が世界から見捨てられている現状を嘆いてこの本を執筆した。彼は熱い人だ。少し引用しよう。

「ついに私は、仏像は、誰が破壊したのでもないという結論に達した。仏像は、恥辱のために崩れ落ちたのだ。アフガニスタンの虐げられた人びとに対し世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ。」(p.27)

 とても熱い人でしょう!僕はこの文章に心を動かされたので、修士論文の冒頭でこれを引用しました(笑)。普通アカデミックな論文にこういう系統の本は入れないものだが、心を掴む冒頭だからいいのだ。それに自分で英訳をして載せるので、イギリス人のスーパーバイザーは学術書だと思っていることだろう。

 ちなみに、この本のタイトルを聞いてB'zの「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」を思い出すのは僕だけだろうか?
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by aokikenta | 2005-10-28 00:32 | 日記(東京)
2005年 10月 27日
二転三転
 パキスタン派遣要員の人選が二転三転して、結局、僕は今回の緊急支援のメンバーには入らない事になった。今週末には出発する、と公言してきたし、自分自身そう信じて仕事をしてきたけども、団体として送りこむ人員を決定したのでこれで最終決定だ。周りの方には混乱を招くようなことを入ってしまった大変ご迷惑をおかけしました。ご迷惑をおかけした方には心からお詫び申し上げます。本来の予定通り、アフガニスタンカブール事務所での勤務になる。11月4日(金)成田発で行く予定。これは最終決定でしょう。

 最近、仕事ばかりで他の事をあんまり考えていないのであまり書く事がない。といわけで、アフガニスタン関連のお薦め本の紹介でもしていきたいなと思う。まだ行った事もないのに偉そうですいません。真偽はこの目で確かめてきます。

 右下の「ライフログ」に載せたけど、『アフガニスタン 戦乱の現代史』はお薦めである。アフガニスタンのことを全く知らない方でもとても入りやすい本だと思う。もちろん歴史の部分も内容が深く、そして簡潔にまとまっており非常に分かりやすい。

 特に序盤にあるラピズ・ラズリについての記述は面白い。このblogの背景色はこの本の影響を受けている。筆者によれば、アフガニスタン東部にあるヒンドゥー・クシュ山脈でしかとれないラピズ・ラズリは、古代から価値のある石だと認められており、交易によってかなり広範囲に広がっていた。西の方角では、紀元前3000年ごろ、エジプトのツタンカーメンの黄金のマスクの目の部分に使われていた。一方、東の方角では、なんと日本にまで来ていたというのである。ラピズ・ラズリは別名「瑠璃」であり、仏教の世界観で東にいるとされる薬師如来の正式名称は「薬師瑠璃光如来」なのである。このエジプトのツタンカーメンと薬師如来の奇妙な関係を証明することで、筆者はアフガニスタンが大昔より文明の発信地であったこと、そして、日本においてアフガニスタンという国は忘れがちだが、本当はとても大きな影響をアフガニスタンから受けているのだということを力説している。

 筆者曰く「これまで仏教の伝来といえば、インド、中国、日本の関係だけが主に注目されてきた。その中にアフガンを加える人は少数である。しかし国宝であれ、「お薬師さま」であれ、薬師如来像を眺める時、私たちは瑠璃の光が放ち続けてきた「アフガンの存在」を忘れてはならないだろう」。(p.9)
 

 
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by aokikenta | 2005-10-27 00:16 | 日記(東京)
2005年 10月 26日
予防接種②
 2回目の予防接種を受けに入ってきた。両手両足に一本ずつ計4本の注射を打った。2回目ということもあり、若干寝不足だということもあり、全然緊張もしなかったし痛みも感じなかった。ビザも取得し、予防接種もしたしこれで渡航の準備はバッチリだ。

 疲れ気味なので今日はこの辺で。
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by aokikenta | 2005-10-26 02:00 | 日記(東京)
2005年 10月 25日
月曜・・・
 楽しかった週末が去ってしまった。金曜は前の会社の同期と、土曜日は地元の友達と、そして日曜日は大学の友達と盛大に飲み会をしてきたので、仕事の厳しさとのギャップたるや相当なもんだ。でも、今週しっかりと頑張ってすっきりと出発できればいいな、と思う。来週末は本当は大阪へ遊びに行く予定だったのだが、キャンセル。楽しみにしてたのにな。

 よく考えたらウルドゥー語のテキスト持ってない。ペルシア語は買ったのに。だってパキスタン行くなんて思ってなかったし。でも、いきなりどこかへ行けというのは実は俺にとっては珍しいことではない。前は物流の会社で働いていたので「ハンドキャリー」なるものをさせられた事がある。ハンドキャリーとは要するに手で貨物を持って行くこと。通常の輸出手続をしていると遅すぎて海外にある工場の生産ラインがストップしてしまう場合などにメーカーが依頼をしてくる。

 ある朝、いつも通り会社に行くと、上司に言われた事がある。

「今日、カナダ行けるか?」

 それを10時くらいに言われて慌ててパスポートを取りに帰った。家にあるパジャマやら何やらをカバンに詰め込んで13時くらいに会社に戻る。そのまま上司と東京駅に向かった。一方、メーカーの名古屋工場で出来たばかりの部品を運んで来た人がいて、東京駅で貨物の受け渡しをする。それを持って、成田エクスプレスに乗り、夕方7時くらいの飛行機でカナダへ行ったのだ。

 たしか入社2年目だった気がする。俺が選ばれたのは若くて健康だからというくらいだろう。まあ、今となっては良い経験だが、当時はルーティーンの仕事もあったしきつかった記憶がある。しかし、こういう経験があるからそんなに色んなことに驚かなくなったし、まあ良かったのかな。

 余談だが、一旦パスポートを取りに帰ったときに、家族にメッセージを残さなくてはと思って、留守番電話に、「何日かいないけど心配しないで下さい。今日カナダに行って来るだけです。余ほどの事がない限り会社には電話しないで下さい」と入れた。後から、母親が余計心配した、と言ってた(笑)。
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by aokikenta | 2005-10-25 01:45 | 日記(東京)
2005年 10月 24日
送別会
 日曜日は、大学のサッカー部の友達を呼んで送別会を開いた。仕事やらサッカーやらで忙しいところを、遠いところまで来てくれたので本当に感謝です。そして、メッセージ入りの色紙をもらい感動してしまった(ちゃんと読んだのは今朝だが・・・)。実家で親の前で記憶がなくなるまで飲み少し恥ずかしかったが、そんなことは関係なく、そこまで飲める友達がいることを嬉しく思っている。親も親で、「口開けられて飲まされていたね」と呆れ顔だったが、内心は自分と同じ気持ちだろうと勝手に推測している。今日から数日働いて離日するので、しっかりと準備をしたいと思う。

 昨日集まってくれたみんなへ、この場を借りてお礼します。ありがとう!
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by aokikenta | 2005-10-24 07:24 | 日記(東京)
2005年 10月 23日
エクヴォ
 僕は、地元の友達とFCエクヴォというサッカーチームを作ってそこに所属している。社会人になってから「サッカーチームを作ろう!」ということになり、おそろいのユニフォームまで作ってしまった。主に、公園で練習、フットサルでの練習試合などをやって楽しんでいる。今回、帰国してきて、久しぶりに会う事になり、今日、フットサルの練習試合と飲みに行ってきた。
 
 まず、試合だが全然動けなかった。留学中は結構運動はしていたのだが、日本に帰ってきてからは全く運動をしていなかった。ボールが脚につかないし、なんかふわふわした感じで上手くプレーできなかった。それでも、サッカーをするのは本当に楽しいもんで、よい気分の転換になった。スポーツをやっている時は、「ここに出したらゴールになる」とか「狙い通り行った」「あー、上手くいかなかった」などと、実際の生活からしてみれば、はっきり言ってどうでもいいようなことに真剣に没頭することになる。プレーしている時間は、そのスポーツの事だけを、真剣にまじめに考える。そうすると、平日仕事のことばかり考えていた頭とは別の部分を使う事になる。気付けば、いつも頭を悩ませている事なんかは忘れてしまうのだ。そうすると、また仕事すっか、という明日への活力が沸くように思う。サッカーでも音楽でも、何でも仕事以外に没頭できることを持ち続けたい。

 一回家に帰って、夜は飲みにでかけた。夜の2時過ぎまで飲んで、みんなでタクシーで帰った。帰国&赴任祝いということで、新巻鮭(本物)を一本もらった。正月みたいでめでたい!!そして、みんなからTシャツに寄せ書きまでしてもらって、本当に嬉しかった。これから根無し草的な生活をする不安があったもので、今日の出来事は、俺には帰って来る場所があるという感慨を湧かせてくれた。みんな本当にありがとう。頑張っていけそうです。感謝。
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by aokikenta | 2005-10-23 11:21 | 日記(東京)
2005年 10月 22日
2005年10月22日(土) 激動の1週間
 週の半ばから更新ができていなかった。自分で「忙しい」という人ほど忙しくないものだが、今週はいろいろと訳ありで本当に忙しかった。いや、忙しいというよりも精神的にきつかった。激動の一週間。結論としては、来週パキスタンに行く事になった。12月上旬までのプロジェクトにロジとして力添えする予定で、そのままアフガニスタンへ行くのか、はたまた帰国するのかわからない。流れ流れてどこへ行くのだろうか。イギリス経由パキスタン行き、というのは流れを感じないわけではないが・・・。

 昨日は、前の会社の同期と8人で渋谷で飲んだ。久しぶりに会って話せるこういう場があるっていうのは本当にいいもんだ。仕事を離れて一年以上経って、こうして久しぶりに会ってみると、出てくる話も専門的だったりして面白い。働いている時って自分では気付かないものだが、周りから見ると専門家に見えるものだ。集まってくれたみんな、もし見ていてくれたら、この場を借りてありがとう。

 
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by aokikenta | 2005-10-22 11:46 | 日記(東京)
2005年 10月 18日
2005年10月18日(火) また邦人が・・・
 通常通り出勤。何事もない一日かと思われた。しかし!とてつもない事件が発生して、外出することになった。詳しい事は書けないが、余韻を残しそうな展開だ。

 パキスタン地震に関して、JICAの専門家で派遣されていた方がまた亡くなられた。同じ国際協力を志すものとして、心からご冥福をお祈りします。僕の団体からも東京事務所からスタッフが派遣されていて、僕自身もその候補に挙がっていただけに、本当に他人事に思えない。緊急支援というのは、社会的基盤がめちゃくちゃになった状況での活動なので何が起こるのかわからない。交通事故をはじめ、強盗、略奪、余震による被災、レイプなどなど、危険な事が常に身の回りで起こり得る。これからアフガニスタンという治安の不安定な国に赴任するので、危機管理について早急に学ばなくてはならない。


 
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by aokikenta | 2005-10-18 23:41 | 日記(東京)
2005年 10月 17日
2005年10月17日(月) アフガン大使館
 朝、アフガニスタン大使館へビザのピックアップに行ってきた。小田急線の代々木上原の閑静な住宅街にある。一見、普通の家と大差ないのだが、よくみれば、国旗も掲揚されているし、小さな表札もある。玄関のピンポンを押して大使館の人とやりとりをする。他の大使館とは少し勝手が違ってアットホームだ。

 そのままオフィスへ行き、通常業務をした。パキスタン地震の件は依然として救援物資が足りない状態で、特にテントなどシェルターの確保が急務になっている。遠い国にいるとなんでも送れば喜ぶと思いがちだが、実際には、山間の村では食料や水はいいからテントをくれ、というような状況になっているようだ。そういう意味で、ニーズアセスメントというのは非常に重要なのである。

 興味がある人はJANICのサイトを訪れてみてください。NGO頑張ってます。

 個人的には、イギリス留学中にパキスタン移民との触れ合いがたくさんあったので、今回の地震は他人事に思えない。まるで邦人が被害にあったような感覚を持ってしまう。「世界観」というのは、過去の経験によって形成されるもので、やっぱりイギリスでの経験があったからこそ、彼らを他人とは思えないんだろう。

 人間というのは認識していないものは存在していないものだと考える。例えば、暗闇を懐中電灯で照らした時に、照らされた部分だけしか認識できない。照らされていない部分というのは見えない。だから、存在していない、と思ってしまうのだ。それと同様に、過去に見た事がないものは、その人の中に存在しない。逆に、過去に見たものは認識されるから、その人の中にしっかりと存在するのだ。僕はそう言う意味で、広い意味での「旅」というのは世界観を広げると思っている(他には宗教も認識の範囲を広げることが多々あると思う)。

 旅とか海外生活を通して認識の範囲が広がった人にとっては、「なんで国際協力に興味をもったのですか?」という質問は愚問なのかもしれないなぁ。
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by aokikenta | 2005-10-17 23:57 | 日記(東京)