カテゴリ:日記(イスラマバード)( 125 )

2008年 05月 05日
快適な空間
最近のお気に入りは、オフィス兼レジデンスの2階にあるテラスで読書をすることと、
セレナ・ホテルにあるアイスクリーム・パーラーで芝生の上に置かれているテーブルで読書をすること。
イスラマバードの刺すような日差しを避けて、爽やかな風を頬に感じながら、好きな本を読むのが最高なのである。
気分に合わせて、ビールかコーヒーを飲みながら、、時にはアイスクリームを食べつつ、形而上的世界に
浸ってしまえば、形而下の世界のことを忘れて、ある種の恍惚状態に入ることは間違いない。
カブールにいた時には考えられなかった快適な空間がイスラマバードにはある。
将来の自分の家には気持ちのいいテラスが欲しいもんだ。


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by aokikenta | 2008-05-05 03:07 | 日記(イスラマバード)
2008年 05月 03日
The View from Islamabad
↓このサイトかっこよくない?

The View from Islamabad
http://go2net.blogspot.com/
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by aokikenta | 2008-05-03 13:24 | 日記(イスラマバード)
2008年 05月 02日
インスピレーションと学際的手法(interdisciplinary approach)
「オレってすごいでしょ」
「オレってかっこいいでしょ」

世界に対してそう叫びたいが為に、僕は文章を書いているのではないだろうか。
「全ては他人の為だ」という利他的姿勢を人に見せつけながら、
実は、僕は自分の為という欲求によって動かされているのではないだろうか。
そんな疑問を持つ事がたまにある。

そうだとしたら、「私は自分の為に行動してます」と公言する人の方が
自分よりも100万倍くらい健全じゃないかと思う。
だって、「人の為に一生懸命汗を流してます」と言いながら、
実際は、自分の名誉や社会的評価の為に生きているのだとしたら、
それは自分の事しか頭にない自己中心的な人間の為す仕業だ。

「自分の為に仕事をしています」とはっきり言う人よりも
よっぽどタチが悪いような気がする。

☆ ☆ ☆

私の場合、「カメラマンとしての自分を認めて欲しい」、
「いい写真が撮りたい」という欲望が戦場に向かわせた。

しかし、現場はカメラマンを変えていく。フリーになりたての頃は、
新聞の一面を飾るような写真を目指していたが、今の私が目指す
「すばらしい写真」とは、「人間の心の奥深くを揺り動かすような写真」。

・・・(中略)・・・

その中に見えてくる“戦争”や“人間性”を切り取ることができれば、
見る人の感性により訴えてくるはずだ。多くの現場を訪れるうちに、
そう思うようになっていた。

(長倉洋海『フォト・ジャーナリストの眼』岩波新書、P.16)


☆ ☆ ☆

カメラマンにとっても、開発援助の世界で働く人にとっても、
紛争地で働くことで得られる名誉と地位と財産を追い求めるハイエナに成り下がるか、
それとも、社会の在り方や世界の構造を変えようと思う初心を貫くかは、大きな分岐点だ。
その二つの姿勢の違いは非常に微妙であり一見して見分けが付かない。

でも、僕が二つの姿勢を分かつのに一番大事だと思う要素は「社会的使命」だ。
極論かもしれないが、活動している内容が社会的使命を帯びていれば、
その目的が仮に利己的であったとしても、自分の信念を曲げる事にはならないと僕は思う。
反対に、自分は社会の為に頑張っているといくら言っていたとしても、
そこに社会的使命がなければ時代に求められることはないし、
自己満足の世界で終わってしまうだろう。

エコノミック・ヒットマンだって、人生でやってきた事が
最終的に社会に良い影響を与えてさえいれば、死ぬ時に神様の前で
confess(懺悔)しないでもいいのではないだろうか?
モスリムだって来世(akhirah)へ行けるだろうし、日本人だってお天道様の下を
堂々と歩いたっていいのではないだろうか。
(彼のconfessという発想はキリスト教的精神から来ている部分があるような気がした)

☆ ☆ ☆

ビートルズは元々アイドル・ロック・バンドだった。
初期の「I want to hold your hand」とか「She loves you」とか
「A hard day’s night」とか、そういった曲のメッセージ自体に意図的に
社会性が込められていたとは僕には思えない。
しかし、当時の若者にとって彼らの存在は革命的な意味を持っていた。
なんでだろう?

全英でも全米でもヒットチャートでNo.1を取るようになると、
彼らの曲は次第に変化していった。アルバムの「Rubber Soul」、
「Revolver」、そして、「Sergeant Pepper’s Lonely Heart’s Club Band」が
発売される頃には、アイドル時代の曲とは全く別の意味を持つようになった。

彼らは有名になって、次第に社会的使命を帯びるようになっていったのだ。
元々、女の子にもてたい、有名になりたい、そんな気持ちで、自分が歌いたいと
思ったメッセージを歌っていた若者達が、時代の寵児になっていったのだ。
ビートルズと他のロックバンドに違うところがあるとすれば、
それは社会的使命だと思う。

☆ ☆ ☆

アウシュビッツ強制収容所から生還した精神学者V.E.フランクルの本を読んで
いて思うのは、生きる意味というのは、自分を待っていてくれる人、されるのを
待っている何か、書かれているのを待っている未完成のストーリー、
そういう今僕によってしか達成されないものの中にあるということだ。

人生を一貫した生きる意味、誰の人生にも適用できるような
便利な生きる意味というのは存在しないのではないか、と僕は思う。
今、ここで、僕にしか達成されないもの、そこにこそニーズ
(世界から自分に対して求められている)があり、自分がそれを行う意味
というものが自然発生的に生まれるのだと思う。

誰も未だ踏んでいない地平。
誰も登ったことのないサミット。
そこに行ってみたい。
そこへ行ってまだ見たことのない景色を見てみたい。

しかし、それだけでは不十分だ。
誰もやっていない事、
プラス、
時代が求めている事柄で、
自分が出来る事。
そこに、生きる意味が生まれるのではないだろうか。

☆ ☆ ☆

ジム・ロジャースの『冒険投資家ジム・ロジャース世界一周バイク紀行』を読んでいて思ったこと。
一つは、国家統制主義は必ず破綻するということ。規制や保護されている
業界というのは、聖域なき構造改革が起こり自由化がやってくれば必ず
市場原理に基づいて淘汰される。いいサービスをするものが生き残り、
安くていい物を売れる会社が生き残るのだ。

もう一つは、まだ誰も目をつけていない分野で、且つ、必ず成長するという
予測が立つ分野に投資をすれば必ず儲かるということ。誰も目をつけていないだけ
では駄目だし、反対に、必ず成長するというだけでも駄目だ。

資本主義は時の試験を勝ち抜いて、共産主義よりも勝っている事を証明した。
各々が自分にとっての最大の利潤を追求することが、経済の発展を促す
最良の方策だということが歴史によって証明されたのだ。

市場原理、投資の原則、資本主義。
この視点って、社会的使命や生きる意味に通じるところがない?
そこにはuniversalな意味を持つ何かが含まれている?

☆ ☆ ☆

ソマリアについて書いた本が読みたくて元ユニセフ職員の小山久美子さんが
書いた『ソマリア・レポート』をアマゾンで買って読んでみた。観察眼が鋭くて、
独特のリズムがあって、ユーモアがあって面白かった。

アメリカが、ソマリアでイスラム過激派グループAl-Shababの
リーダーAden Hashi Ayroを狙って、彼の家をミサイル攻撃した。
米軍のスポークスマンは、Al-Shababはアルカイダ・ネットワークと
深いつながりがあるとしている。Ayroを含む10人以上のメンバーが
死んだと報道されているが、住民によると30人以上死んだとの
未確認情報もあるようだ。

Horn of Africaの片隅で、大半の日本人が気がつかないまま、
アフガニスタンやイラクで起こった事と同じような悲劇が起きているのかもしれない。

☆ ☆ ☆

学際的手法(interdisciplinary approach)。
とにかく書きつけることで、何か新しいインスピレーションが出てくればいいな。





(参考文献)
小山久美子『ソマリア・レポート』丸善
ジム・ロジャース『冒険投資家ジム・ロジャース世界一周バイク紀行』日経ビジネス人文庫
長倉洋海『フォト・ジャーナリストの眼』岩波新書
V.E.フランクル『夜と霧』みすず書房
BBC News, US confirms Somali missile strike, on 1 May 2008
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by aokikenta | 2008-05-02 15:04 | 日記(イスラマバード)
2008年 05月 01日
植民地主義的会員制クラブとグローバル化時代の対話(dialogue)
ハウスメートのデンマーク人から「カナディアン・クラブに泳ぎに行こう」と誘われて、水着もゴーグルもないしどうしようかなぁと迷っていたら、「プールサイドで小説を読んでるだけでもいいじゃない?」と彼女が言うので、同僚を含めて3人で行く事にした。カナディアン・クラブというのは、Diplomatic Enclaveという外交団が居住・仕事をしているエリアにある会員制クラブで、ジムやパブやプールやレストランが整っている、外界とは切り離された場所だ。会員制クラブというくらいだけあって、本来なら会員じゃないと入れないのだが、会員は3人まで友人を招くことが出来るシステムになっている。前にも、同じデンマーク人の女性から誘われて、木曜日のハッピー・アワーに言った事があったので、今回は2回目だった。仕事が終わって、夕方5時頃にでかけることにした。

SUZUKIのアルトに鮨詰めになってカナディアン・クラブに到着すると、シリア人の女性が待っていた。僕のハウスメートは彼女と知り合いで、形としては、そのシリア人の彼女が会員なので、彼女がホストして3人の友人を連れて来たという事になるようだ。入り口にある、空港にありそうな金属探知機を潜り抜け、ボディーチェックを終えると、広々とした中庭があるパブが目の前に広がっている。入って右手には、イギリスでよく目にしたような重厚な木で作られた雰囲気のいいバーがあり、左手には15メートルくらいのプールがある。プールサイドには、パラソルが付いた椅子と机が10セットほどもあって、広々とした空間があってゆっくりとくつろげるようになっている。夕方と言えども、イスラマバードは午後7時近くまで明るいので、本を読む事は十分に出来た。まだ5月だけど、日中のイスラマバードは日差しがきつくて、日射量が多くて、眩しい事この上ない。事務所にいると目が暗さに慣れてしまうので、目が潰れそうになってしまうくらいだ。だから、夕方くらいの日差しが読書には丁度いい。

僕は余り泳ぐ気分でもなかったので、プールサイドにあるリクライニング・チェアに横になりながら、井筒俊彦の『イスラーム文化』を読み始めた。彼の文章は格好よくてすごく好きだ。『イスラーム生誕』を読んだけど、彼が若い頃に書いたという第一部の「ムハンマド伝」は、アラビア文学への一途な好奇心や、彼のイスラーム研究への愛情が伝わってくるし、イスラム教が生まれた当時の背景がよくわかる。イスラム教というのは砂漠の宗教などではなく、むしろ、砂漠のベドウィン達の精神世界と二項対立を成す宗教なのだと彼は言い切る。砂漠のベドウィンは酒と女と戦闘にあけくれる刹那的快楽主義者だ。それに対して、イスラム教はそうした生活をしていると世界の終わりに君達には救いがもたらされないのだぞ、と終末論を彼らに掲げることで、唯一神であるアッラーへの絶対的帰依を説くのである。他にも、セム系の宗教であるキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の関連や比較なども面白い。日本に帰って『イスラーム生誕』と『イスラーム文化』と『意識と本質』の3冊を買ってきたので、後の2冊を読むのが楽しみだ。

日本ではジョン・パーキンスの『エコノミック・ヒットマン』(原題は"Confessions of an Economic Hit Man")も買ってきて、昨日読み終わった。ジョン・パーキンスはメイン社というコンサルティング会社で働いていたチーフ・エコノミストだった人だ。開発途上国の発展予測をして、この国に投資をすればこの国の経済はこれくらい大幅に伸張する、と分析結果を出す。そうすることで、投資の正当性を裏付けて、アメリカ企業へ土木工事やインフラ整備などの仕事を請け負わせる手伝いをするのだ。

「(エコノミックヒットマンの使命は)
第一に、巨額の国際融資の必要性を裏づけ、
大規模な土木工事や建設工事のプロジェクトを通じて
メイン社ならびに他のアメリカ企業・・・(略)・・・に資金を還流させること。

第二に、融資先の国々の経済を破綻させて(もちろん
メイン社や工事を請け負った企業に金を支払わせた上で)、
永遠に債務者のいいなりにならざるをえない状況に追い込み、
軍事基地の設置や国連での投票や、石油をはじめとする
天然資源の獲得などにおいて有利な取引を取り付けることだ。」

(ジョン・パーキンス『エコノミック・ヒットマン』東陽経済新報社、P.47)


そして、エコノミックヒットマンの仕事が上手く行かない時には、「ジャッカル」という政府から派遣される殺し屋が暗躍して、アメリカという帝国が存続するように、邪魔な存在を消してしまうという。本の中には、世界銀行とかIMFとかUSAIDとかアメリカの石油会社などが実名で出ていて、非常に信憑性が高い。しかし、いくら表現の自由がある国とは言え、こういう反政府的な本が出版出来る土壌というのは、中国やパキスタンなら監獄行きは免れないとしても、日本的感覚からしてもすごいと思う。彼がジャッカルに殺されないかどうかが心配だ。

あと心配事と言えば、筆者にエコノミックヒットマンとしての心得を説いたクローディンという名前のブロンドの美女が文中に登場するのだが、日本語版で読んだ限りでは、ジョン・パーキンスとクローディンの間に肉体関係があったのかどうかがよくわからなかった。どうしてこんな事を書くのかというと、彼が後々になってもしきりにクローディンのことを思い出して、彼女の幻影を追い求める場面が出てくるからだ。不適切な関係があったような気がするのは僕だけだろうか。第15章の「サウジアラビアでのマネーロンダリング」では、サウジアラビアでの工作が上手くいくようにブロンドの美女をプリンスに斡旋したという下りがあって、ここまでやるんだなぁ、映画みたいだなぁと妙に感心した。その後、彼の工作が上手く言ってメイン社は大規模な仕事を取ることになったのだが、事業を始める際に物資を緊急で運ばなければならなくなって、結局、飛行機を一機チャーターして物資を運ぶことになった。「いっそのことユナイテッド航空機をチャーターして、サウジアラビアを抱き込むのに重要な役割を担った例の女性の夫が操縦するなら、まさに適役だろうなどと私は思っていた」(P.165)には笑った(上のブロンド美女の夫はユナイテッド航空のパイロットなのだ)。

本を読んでる途中で、ハウスメートの彼女が赤みがかったペール・エールを持ってきてくれた。美味い。僕は、FostersやHeinekenなどのラガーと呼ばれる薄いビールと、Guinessなどのスタウトという黒いビールの中間にある、Kilkennyなどのビターとかペール・エールと言われる赤みの混じった少しネットリとしたくらいのビールが大好きだ(paleという言葉自体が、色合いが濃くなくて、どちらかと言えば淡くて光が混じっている様子を表す言葉なので好きなんだけど)。カナディアン・クラブのプールサイドで、リクライニング・チェアに横になって、ペール・エールを読みながら、本を読むのは最高の気分だった。

しかしながら、正直なところ、カナディアン・クラブの内側の世界と外側の世界との間にある隔離は、エコノミック・ヒットマンでジョン・パーキンスが指摘している世界の歪みや構造的欠陥を象徴しているような気がしていた。得る者は得たままで、失う者は失ったまま。新植民地主義という言葉があるのかどうかはわからないが、植民地主義的なもの、帝国主義的なものは、依然として世界には存在し続けている。現代の世界ではグローバル化が進んでいて、人も物もお金も情報も一世代前とは比較にならないくらい自由に国境を越えて行き来するようになっている。便利になって一部の人間にとっては好都合なのかもしれない。しかし、経済のグローバル化が進むことで、恩恵を受けられない人は増大をしており、それは開発経済学とか平和学で取り上げられる大きな問題になっている。

「テロとの戦い」という言葉が「冷戦」に取って代わられて、イスラム教世界と西欧世界が二項対立のような形で論じられることが多くなった。冷戦が50年やそこら続いたことを考えると、向こう数十年は「テロとの戦い」というシナリオは続けられるのかもしれない(ちなみに、アラブのべドウィン達が送っていた酒と女と戦闘にあけくれる快楽主義的な生活、井筒俊彦によるところの「無道時代(ジャーヒリーヤ))というのは、現代のアメリカ社会を僕に連想させる。ムハンマドはそうしたベドウィン達を救済する為に「預言者(ナビー)」或いは「使徒(ラスール)」として神の啓示を携えて現れたわけだが、ムハンマドが起こした宗教イスラームは現代世界を無道主義や刹那的快楽主義から救おうとしているのだろうか。少なくともアメリカに反対するムスリム達にはそういう意識があるのかもしれない。そう考えると、僕には、西欧社会が先進的なのかどうかということがよくわからなくなってきた。)

僕達が生きている間に、世界帝国であるアメリカに対抗する勢力についての知識を得ておくこと、そして、その勢力との間に対話(ダイアログ)をもたらすことのできる能力を身に着けておくことは非常に重要になるし、そういう能力がなければもはや生き残って行けないだろう。その勢力は、イスラム世界かもしれないし中国かもしれないしインドかもしれないしアジアかもしれないラテンアメリカかもしれないしアフリカかもしれない。地球防衛軍対宇宙人という構図かもしれない(ジャンプする為に筋肉がいるように、発想のジャンプにも筋肉がいるので普段から練習してるだけです)。誰にもわからないが、流れを読んでそちらの方向に身を委ねる事はできる。どんな小さい会社だってNGOだって、反対に大きな組織だって、時代のニーズと存続とは切っても切り離せない。50年、100年後の世界像がパッと目に浮かんだ時、僕達は未来に向けて何かとてつもなく大きなことが出来るかもしれない。

暗くなってきたのでクラブの中で晩御飯も食べることにした。僕はBLTを頼んだ。久しぶりのベーコンは美味しい(ベーコンは豚肉なのでパキスタンではなかなか食べられない)。午後9時前まで雑談をしてから、席を立った。行きに厳重なセキュリティー・チェックを受けたカナディアン・クラブの門を出て、白い軽自動車に向かう途中で、「Now, we are going back to reality(さぁ、現実に戻らなくちゃ)」とつぶやいたら、ハウスメート達は笑っていた。Going back to reality。さぁ、現実に戻らなくちゃ。





(参考文献)
井筒俊彦『イスラーム生誕』中公文庫BIBLIO
ジョン・パーキンス『エコノミック・ヒットマン』東洋経済新報社
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by aokikenta | 2008-05-01 21:41 | 日記(イスラマバード)
2008年 04月 30日
観念的宇宙
アフガニスタンにいた時、バグラムからカブールに向かう新道沿いに
コンクリート作りだったか土作りだったか忘れたけど小さな建物があって、
その壁いっぱいに戦車の絵が描いてあったのを見て、言葉に表せない
気持ちになったことがある。

壁に自由に何かを書いて下さいと言われて、花でも人でも動物でもなくて、
そこに戦車を書くというメンタリティー。それが育まれたのは、単純に言って、
アフガニスタンが戦争の歴史を歩んできたからに他ならない。
戦争があるのが当たり前の世界。

外には戦争が存在しない世界があるかもしれないという想像力や、
平和という概念、或いは、今置かれている状況はおかしいのではないだろうか
という現状への疑問など、周りにいる人から見てみたら、何でそんな簡単なものが
ないのだろうかと思ってしまうかもしれない。

しかし、そこにいる当事者達にとっては、目の前にある世界が全てであり、
そこに疑う余地などはこれっぽっちもないのだ。それが、たとえどれだけ残酷で
悲惨な世界であったとしても、それが受け入れざるを得ない現実なのだ。
あの戦車の絵を描いた人の観念的宇宙は、外界への想像力、平和という概念、
現状への疑問がないまま完結してしまっていたのだろう。
そういう国で育ったら、圧倒的な破壊力と殺傷力を持った戦車を、
キャンバスいっぱいに描いてしまうのかもしれない。

☆ ☆ ☆

オーストリアで73歳の男が、42歳の娘を地下室に24年間監禁した上に、
7人の子供を産ませたとして逮捕された。子供の内の3人は、警察に連れ出してもらって、
産まれて初めて太陽を目にしたのだという。chill up one's spine(背筋が凍る)という
イディオムが英語にあるが、この事件はまさに僕の背筋を凍らせた。

42歳の娘が持つに至った絶望感。
非人間的生活。
いや、それ以上に産まれてから地下室から
一歩も出た事がなく日光すら浴びた事のない子供達。
彼らの認識が及ぶ世界はどれくらい限定されていただろう。
観念的宇宙はどんな広がり(狭まり)をしていたのだろう。

ウェブサイトに出ていた地下室の間取り図や、頑丈な電動ロック式のドアや、
無機質なトイレなどを見て、やるせない気持ちになった。

☆ ☆ ☆

ナンガルハル州で自爆テロがあり、少なくとも15人が死亡した。
イスラム過激派、原理主義者と言われる人たち、そして、彼らからマドラサで
教育を受けた自爆テロ候補者達の目にはどんな光景が映っているのだろうか。

イスラム教の世界は、現世(dunya)と来世(akhirah)に分かれる。
モスリムには見えない天使が常に2人ついていて、彼らが善行や悪行を逐次チェックしていて、
それによって来世に天国に行けるか地獄に行けるのかが決まるのだという。

即ち、モスリムの時間に対する考え方というのは、座標軸を描いたとしたら
左から右へ永遠という一点に向かった直線運動を描き続けるのだ。
これが意味するのは、モスリムにとっては現世も重要だが、
現世よりも圧倒的に時間が長い来世で如何にいい場所に住めるかが
最重要課題だということだ。
だから、現世で良い行いをして天国に行けるかどうかが重要であり、
「外国人を殺せば必ず天国に行ける」と言われればそれはこの上なく
魅力的な話しに聞こえるのだ。

☆ ☆ ☆

映画『ブラッド・ダイアモンド』に出てきたシエラレオネの少年兵。
頭が白紙でまだ柔らかい子供をさらって洗脳し、殺戮のマシーンに仕立て上げる。
カラシニコフで敵を殺せば、これまで親も先生も褒めてくれなかったのに、
ここでは、大人達が、仲間が褒めてくれる。

僕は人を殺せばいいんだ。
そうすればみんなから認められる。
僕には存在している価値がある!

そうだ、とにかく敵をやっつけろ。
どれだけ殺したかが男の勲章。
ここでは殺した奴の数が多いほど英雄になれるんだ。

☆ ☆ ☆

アフガニスタンで見た建物の壁に描かれていた戦車。
オーストリアの産まれてから太陽を一度も見た事がなかった子供。
パキスタン育ちの自爆テロ犯。
そして、シエラレオネの少年兵。
僕には、これらはそれぞれ全く別の事柄だけど、
基本的には全く同じ事を言っているように思われた。

オーストリアの監禁のニュースを聞いたら、
頭の中にある過去の映像がプレーバックされ、
いくつかのこうした連想や思念が沸き起こり、
ひどくやるせなくなって、そして、どうしようもなく
救いようのない気持ちになった。
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by aokikenta | 2008-04-30 05:00 | 日記(イスラマバード)
2008年 04月 25日
パキスタンの朝ごはん
土日はクックが料理を作ってくれないので自炊をすることになるのだが、
あまり自分で作ってばかりでも面白くないので、現地のレストランに入る事がよくある。
お昼と夜はもちろんだが、たまに朝ごはんに現地の人が行くようなレストランへ行ってみると、
パキスタンの人々の生活や暮らし、文化の違いなどが感じられる。
普段なかなか見られない、庶民の暮らしが垣間見られてなかなか興味深い。

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↑パキスタンの朝、とある食堂にて。





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↑パラサ(小麦粉を練ったものを油で焼いた料理)をお店の前で焼く青年。





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↑パラサ。パキスタンの朝食の定番だ。





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↑青年の手。ガスを器用に調節する彼の手を見ていたら、何故か井筒俊彦の『イスラーム生誕』に出てきた、アラブのベドウィン達が持っている鋭敏な感覚と知覚というくだりが思い出された。





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↑ダール・チャンナ。前に紹介したダールだが、豆が小さなダール・マーシュと、大きな粒のダール・チャンナがある。





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↑プリーというサクサクとした料理。パラサと並ぶパキスタンの定番朝食。





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↑ソーサーでチャイを飲むおじさん。そういえば、イランのチャイハナでもチャイをソーサーに入れてから飲んでいる人が沢山いた。日本でそうする人はいないけど、この辺ではポピュラーなのだろうか。
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by aokikenta | 2008-04-25 03:46 | 日記(イスラマバード)
2008年 04月 21日
アイデンティティー・クライシス
カブールにいた時とは違って、イスラマバードにいると治安のことはそれほど気にせず比較的気軽に外食に出かけられるので、毎週末、大抵必ずどこかのレストランへ出かけている。食べられる料理の種類も豊富で、日本食、中華、韓国、中央アジア、レバノン、イタリア、タイ、などなど、結構世界中の料理が食べられる。先週の金曜日も、例に漏れず、仲の良い男友達2人とハウス・メートのデンマーク人の女性1人と4人でパキスタン料理を食べに行って、その後、F-7にあるジェラート屋さんへジェラートを食べに行ってきた。

そのジェラート屋さんは全体的にモダンな作りになっているし、外にはオープンテラスがあってイスラマバードの中では開放的な雰囲気がある方だ。チョコやバニラの他にもマンゴー味やブルーベリー味など、大体2、30種類のジェラートが置いてあり、来ているお客さんはパキスタンの若者が多い。普段、あまりパキスタンの若者と触れ合う機会がないのだが、ジェラート屋さんに来ていた若者はみんなジーパンにスニーカー、カラフルなシャツを身に着けていて、髪形も綺麗にワックスか何かで整えられていて皆爽やかだ。イギリスに留学していた時にパキスタン人移民の若者によく出会ったが、彼らとどことなく雰囲気が似ているような気がしたので、ひょっとしたら、ここのお客さんにも裕福な家庭の子が多くてイギリス留学帰りとかアメリカ留学帰りで、今はイスラマバードに住んでいるというような上流階級の人が多かったりするのかもしれない。

ジェラート屋さんでどれにしようか考えていると、一人のパキスタンの若い男の子が話しかけてきた。ラガーマンみたいなごっつい体で、ショートパンツに黒いTシャツ、ブリティッシュ・アクセントの英語を流暢に喋る。20歳前後だろうか。知り合いでもないし話しに接点があるわけでもないので、適当に相手をしてから、オープンテラスの席に4人で着いた。しかし、その男の子は僕らの席にやってきて、ずっと僕と一緒に来たデンマーク人の女の子に話しかけて来た。あまりつれない態度を取るのも悪いので、彼を交えて雑談をすることにした。

話しながら、ずっと彼の様子を観察していたのだが、会話の内容にはほぼ一貫性がなくて、新しいお客さんがお店に入ってくると目をきょろきょろさせて女の子を追いかけてしまって、全然この場に集中していないように見えた。一体彼の目的はなんなのだろう、彼はどういう人なんだろうと思って話しを聞いていたが、彼はイギリスのリーズで育って、最近、パキスタンに戻ってきたということだった。イギリスのリーズと言えば僕が留学中に住んでいたブラッドフォードから電車で20分の場所にある大きな街だ。そこも、非常にパキスタン人移民が多い街だった。どおりでアクセントがヨークシャー訛りなわけだなぁと思って、興味深く話しを聞いていた。

会話の途中、女の子からその男の子にこんな質問があった。

"Which country do you think you belong to?"
(あなたはパキスタンとイギリス、どちらに所属していると自分で思う?)

男の子はそれまでマシンガンのように喋っていたが、彼は急に答えに詰まってしまった。"Well..."と言ったきり、頭をうなだれて、はっきりとしたことを言わない。考えた末に、彼は「どちらにも所属しているという意識はない」と言った。どこにも所属していないという感覚。僕は、彼の言った事には今日的な問題を多分に含んでいるし、日本人にも示唆的な話しなのではないかと思った。

日本の帰国子女にもあることなのかもしれないが、アイデンティティーを形成すべき時期に海外で過ごしたりすると、自分の両親の国と住んでいる国のどちらに所属しているのか、よくわからなくなってしまうことがあるのだろう。それは非常に不安定な状態だと思う。きっと、そういう状態というのは、感じやすくて、脆くて、危うい。圧倒的なものとか、カリスマ的なもの、父性を感じさせるものが傍にあれば、深く考えずに容易にそちらの方向に傾倒していってしまうような、そういった危うさがあるのではないかと思う。僕の頭の中では"Reluctant Fundamentalist"のストーリーが自然に反芻していた。感じやすくて不安定な状態の人には、原理主義的な強い物というのは、自然に入っていきやすいのではないか。特に、父性を欠いて育ってしまった、あるいはマザーコンプレックスのある子供にとっては、父親的・母親的なものに対する憧れがあるのではないだろうか。日本で起こったオウム真理教のサリン事件も、根底にあるのはそういうことなのではないかと思う。僕がこの話しを聞いてパキスタンにとっても今日的で、日本にとっても示唆的だなと思ったのはそういうことだった。

その若いパキスタン人の男の子は、イギリスではクラブ遊びを毎週していたようだった。しかし、イスラマバードでは女の子と手をつないで歩くことすらできない。連れ合いの女の子に寄ってきたのも、お店に入ってきた女の子を目で追っていたのも、そういうフラストレーションが内面にあるからだったのかもしれない。はじめに彼に対して感じていた鬱陶しいなという気持ちは、彼が席を立って行ってしまう時には、ほとんどなくなっていることに気がついた。彼のこの先の人生はどうなっていくのだろう。彼は周りが一切見えなくなるような猛烈な恋愛を経験するだろうか。友達に誘われてイスラム原理主義にのめりこむだろうか。あるいは、資本主義というイデオロギーを信奉して拝金主義者になってしまうだろうか。そのどの結末を迎えるかもしれないし、どの結末も迎えないかもしれない。僕にはそれはわからない。しかし、彼のストーリーはきっと彼一人のせいで出来上がったものではなく、彼はもっと大きな絵の中の犠牲者の一人に過ぎないのかもしれない(その「大きな絵」というのは、パキスタン・日本というような地域的広がりという意味ではなく、もっと分野を越えた普遍的な話しという意味だ)。

アイデンティティー・クライシス。
危機というのは日常からそんなに遠いところではなく、案外すぐそこにある暗在系の世界の中で、静かに横たわっているものなのかもしれない
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by aokikenta | 2008-04-21 02:59 | 日記(イスラマバード)
2008年 04月 19日
ファイサル・モスク
イスラマバードのど真ん中にはファイサル・モスクという
サウジアラビアの援助によって建設された大きなモスクがある。
人々の話を聞く所では、世界で第二位、アジアで第一位の大きさということだ。
比較的新しいモスクなので、中近東でもっと古いモスクを見慣れた人にとっては、
それほど感動的ではないかもしれない。しかし、形の均衡、巨大さどから
近くで見てみるとやはり迫力があって厳かで美しい。
イスラマバードに来たら一番最初に必ず訪れたい場所だ。


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by aokikenta | 2008-04-19 02:54 | 日記(イスラマバード)
2008年 04月 16日
Horse Race Festival 番外 スナップショッツ
Horse Race Festivalで撮った写真を適当に載せておこう。
各々に余り深い意味合いを持たせてるわけじゃないけど、気に入った写真があれば嬉しいな。


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by aokikenta | 2008-04-16 14:28 | 日記(イスラマバード)
2008年 04月 16日
Horse Race Festival No.3 鼓笛隊
レーンの中央辺りではレースを盛り上げる為か、選手を激励する為かはわからないが、
太鼓と笛とバグパイプのような楽器を持った奏者7,8人からなる鼓笛隊が、威勢良く演奏していた。

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↑鼓笛隊はそれだけでリズムとメロディーを奏でることができる一つの小宇宙だ。




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↑奥側の太鼓奏者が、フランス代表で言うところのジダンのように、ゲームメーカー的役割を果たしているようだった。




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↑口では上手く表せない音だったのだが、アヒルの鳴き声みたいな笛の音色を聞いていると、ここはやけにパキスタンだと感じた。




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↑この楽器はスコットランドのバグパイプに似ている?




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↑同じようなターバン頭が一直線に座り込んでいる様子はなかなか可愛らしい。
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by aokikenta | 2008-04-16 02:33 | 日記(イスラマバード)