2008年 07月 30日
回顧3
アフガニスタンで、プロジェクト開始や完了のセレモニーをした時に、
来賓のアフガニスタン人が必ず言ってくれたのは、

「日本の支援は真に人道的(purely humanitarian)だ。
 本当にアフガニスタンの事を考えて我々を助けてくれる。」

というものだった。
当時、その言葉を聞くと誇らしい気持ちになったし、これまでに日本が築き上げて来た
ソフトパワーの強大さと、アフガニスタンには親日家が多いという事実を思い知ったものだった。

しかし同時に、この言葉を聞くと、僕は哀しみを禁じえなかった。
「日本の援助が真に人道的である」とアフガニスタン人が感動をするということ、それは即ち、
「他の国の援助は人道的ではない」、イコール、「他の国は現実主義的な観点でだけ援助をしてきた」ということの裏返しだ。
そう思うと、僕は歴史的にアフガニスタンが果たしてきた役割や、
置かれてきた立場というものについて、哀しみを覚え、そして、思いを馳せることになる。

1979年~89年の、ソ連のアフガン侵攻時代に、東側勢力の伸張を抑えようと、
アメリカやパキスタンやサウジアラビアなどがアフガニスタンのムジャヒディンを支援したのは
もちろんのこと、ソ連が撤退して以降も、隣国や列強国が各々の利益の追求を求めて
アフガニスタン国内で群雄割拠していた軍閥・派閥を何らかの形で支援した。

パキスタンとサウジアラビアはタリバンを支援したし、
1998年に自国の外交官を殺されたイランは、反タリバン勢力で、且つ、歴史的に
つながりの深いシーア派のハザラ人勢力や、言語的につながりの深いタジク人への支援を行った。
アフガニスタンの北辺に隣接するトルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタンの
中央アジア諸国も、それぞれのトルクメン、ウズベク、タジク民族への支援を行っていた。
アメリカは冷戦時代はムジャヒディンに巨額の支援を行っていたが、
「テロとの戦い」がはじまるとテロ分子を掃討しようと軍事オペレーションを行っている。
そもそもを振り返ったって、植民地インドでの権益を確保し続けたいイギリスと
ロシアのグレート・ゲームで間に挟まれて緩衝国家としての役割を担わされた。
アフガニスタンは、いつだってそうだ。

アフガニスタンで働いている時、こんな話しを聞いた事がある。
旧ソ連軍が埋めた地雷原の地雷と、ムジャヒディンやタリバンが埋めた地雷原の地雷には違いがある。
旧ソ連軍が埋めた地雷は、一貫して旧ソ連で生産された地雷しかない。
「黒い未亡人」と言われる対人地雷PMNや、PMN2、POMZ-2、OZM-4などだ。
反対に、ムジャヒディンやタリバンが埋めた地雷は、生産国に一貫性がない。
中国製、イラン製、イタリア製、パキスタン製・・・etc。
地雷の生産国は、ムジャヒディン・タリバンへの武器供与国を雄弁に語っている。
埋められた地雷の種類を見れば、背後で誰が武器を供与していたのかが手に取るようにわかるのだ。

アフガニスタンのような農業や麻薬栽培くらいしか主要な産業がなく、
製造業というものが全く発達していない国が、これだけ長い間戦争をすることができる
ということは、戦い続けられるだけの資金と武器を送り込んでいる集団が背後にいるということだ。
世界で覇権を握る為、強国から孤立させられない為、天然資源の権益を確保する為、
戦火が広がるのを自国の領域外で食い止める為。
それぞれの現実主義的な理由があって、アフガニスタンで代理戦争をしてもらった方がいいし、
不安定なままの方がいいと考える国が沢山あるということだ。

アフガニスタンはいつもブルー。
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by aokikenta | 2008-07-30 14:05 | 日記(イスラマバード)


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