2008年 07月 28日
回顧2
その年の8月から10月にかけては、イスラマバードに新しく事務所を
設立する為に、カブールとイスラマバードの間を行ったり来たりしていた。
パキスタンに退避することはすんなりと決まったが、実務的な問題は山積みだった。
事務所の選定、銀行口座の開設、NGO登録、車両借り上げ、スタッフの雇用、
ビザの取得、通信網の整備、物資の調達・・・etc。

ソフト面の充実も大きな課題だった。
大体が、組織にも個人にも遠隔操作をした経験がない中でのスタートだった。
オペレーションからアドミニストレーションまで、これまでに蓄積してきた事をベースに
チェック・アンド・バランスの機能を付加したシステムを作る必要があった。
そんな事に没頭している内に、2007年は終わった。

年が明けてから、本格的にイスラマバードに住みはじめることになった。
カブールにいた頃に比べたら格段に暮らしはよくなった。
しかし、僕はストレスがないというストレスを感じながら、
僕は何処へ行きたいのだろうか、と自問自答し続けていた。
大局的な流れというのは、個人の力ではどうしようもないものだ。
それは、グレート・ゲームに翻弄され、ソ連に侵攻され、アメリカからミサイル攻撃をくらった国
アフガニスタンに住む無辜の市民達が感じていたであろう諦めの気持ちに似ている。

緩衝・・・
何かと何かの狭間で・・・?
・・・自分(国家)という領域への侵入・・・
干渉・・・

国家と個人という単位が違うだけで、僕には、アフガニスタンが置かれてきた歴史的状況と
自分自身の置かれている状況というのは、ほんの何かしらのミッシングリンクが見つかりさえすれば
しっかりとコネクトされる関係性を持っているように思えた。

I was stuck in the middle…、僕はカブールと東京の狭間で完全にスタックしていた、と思う。
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by aokikenta | 2008-07-28 03:09 | 日記(イスラマバード)


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