2008年 07月 25日
回顧1
カブールから日本へ向かう途中のドバイ空港で、
今回の一時帰国では何をしようかなと心を弾ませていた。
午後3時にカブール空港を出発、午後5時30分にドバイ空港に到着したが、
乗り継ぎの関西空港行きエミレーツ/JALコードシェア便は深夜2時35分にならないと飛び立たない。
時間がたっぷりあるのでPCでメールをチェックしようと思い、空港のロビーのはじっこで
壁にあるソケットにコンセントを差し込み、地べたに座りながらドバイ空港の一角を占領した。

Outlook Expressを開くと、メールが沢山受信ボックスに入っている。

・・・一両日中に全土が退避勧告になりそうだ・・・
日本からこちらに帰任できないかもしれないから、そのつもりで本部と調整して来てください・・・
8月の予定は全て取り止めにしたいと思います・・・

矢継ぎ早に入ってくるメールを読みながら、これらの文字が僕にとって一体
何を意味しているのか、よく理解できないままでいた。
どうやら、アフガニスタン全土が渡航延期から退避勧告へ引き上げられるらしい。
しかし一体何故?このタイミングで?全ての日本人がアフガニスタンから引き上げる?
飛行機で移動している間に、何か重大な事件でも起こったのだろうか。
大きな事態が知らぬ間に進行しているその状況をよく把握できないまま、
自分の頭を整理しているところへ新しいメールが入ってきた。

「首都カブール、ジャララバード、ヘラート、マザリ・シャリフ、バーミヤンの各都市:
退避を勧告します。渡航は延期して下さい。」

画面に並んだメールの文章の中で、そこだけが周りから切り離されてくっきりと浮かび上がっていた。
あの時に、あの場所で、僕の人生の一部分は自分の意志とは関係ない形で決められていたのだ。
自分の決断ではないものにより、僕の人生はある種の方向付けをされていたのだ。

ちょうど一年前のその日―2007年7月25日―のドバイ空港での風景を思い返しながら、
過去の一年間という日々が、僕にとって何を意味していたのかということについて考えている。
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by aokikenta | 2008-07-25 23:55 | 日記(イスラマバード)


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