2008年 06月 14日
灯台下暗し、イスラマバード巡り
今週末も、どこかイスラマバード近郊をブラブラしようと画策していたが、よく考えたら大体近郊の街には行っていることに気がついた。よくガイドブックで紹介されているイスラマバード近郊の名所と言えば、ラワルピンディ、タキシラ遺跡、マリー、ソルト・レンジ等なのだが、パキスタンに引っ越してきてから、そのどれも全て訪れた。まだ、ロータス・フォート(世界遺産)という古い城塞には行ったことがないのでそこには行ってみたいのだが、遠くてタクシーでは行けないので、車を一日借り上げないといけない。車を借り上げる準備をしていないので、今週に関してはそれを断念した。何をしようかと考えた挙句、イスラマバードのマーケット巡りをすることにした。案外、まだイスラマバードでも行っていない所もあるし、このブログでも紹介していない所も沢山ある。ということで、今週は、灯台下暗し、イスラマバード巡りだ。

午前中はゆっくりして、お昼を食べてから出かけることにした。F-10マルカスでタクシーを拾って、まずは、F-7にあるジンナー・スーパーマーケットに行く事にした。タクシーのドライバーに「いくら?」と聞いたら、「As you wish(お望みのまま)」と返事を返された。as you wish・・・。パキスタンに限らず、アフガニスタンでもよくスタッフに言われる言葉だ。この言葉の背景にあるのは、カスタマー・サービスなのだろうか、それとも、単に主体性がないということなのだろうか。よくわからないが、「90ルピーは?」と言ったら、首を横に振って「OK」というのでお願いすることにした(南アジアではYesが首を横に振る仕草なので、紛らわしい)。タクシーの運転手は緑のターバンを巻いたおじいちゃんだが、サングラスをかけているクールなおじいちゃんだった。まるでヨーロッパで育った西洋形而上学とキリスト教を否定したニーチェのように、彼は実は内面では「I am sick of tradition」と思っていて、これまでに積み上げられてきたパキスタンの伝統を意図的に破壊しようとしてそういう格好をしているのかなぁと思ったが、どうも話している限りでは彼にそんな意識があるとは思えなかった。

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↑緑のターバン、白い髭、サングラス。

タクシーはF-10にあるマクドナルドを左折して、ジンナー・アベニューを大統領官邸に向かって直進した。ジンナーというのは1947年にインドから分離独立した時のパキスタンの建国の父で、イスラマバードの建物や道路や公園など、いたるところには彼の名前が付けられている。カイデ・アザムという愛称でも親しまれている。ジンナーは1940年のラホール決議で、パキスタンはインドから分離独立しなければならないと宣言して、1947年に独立を果たした。当時の状況をよくリサーチしていないのでわからないが、そもそもパキスタンはsecular(政教分離)な国を目指していたと聞いた事がある。しかし、イスラム教を、ナショナリズムの高揚、ひいては国家の統一の重要な中心に据えたいという、ジンナー以降の指導者の思惑から、パキスタンは政教分離国家ではないという解釈が一般的にされているようだ。ジア・ウルハックなどは、イスラム教国としてのパキスタンを押し出した政治家の代表で、独立後60年の間に、色々な要因があって現在のパキスタンに至っている。

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↑ジンナー・アベニューから大統領官邸をのぞむ。暑すぎて陽炎が見えた。

F-7のジンナー・スーパーマーケットには20分くらいで到着した。ここは、僕もよく来るマーケットで、イスラマバードでも一番大きなマーケットだと思う。大抵のものが揃っていて、非常に使い勝手がいい。特に、洋書が沢山おいてあるSaeed Book Bankや、DVDを売っているIllusion、お洒落な服を売っているJunaid Jamshed、リーバイスの本物を売っているお店、楽器屋などがあって、外国人もよく来るマーケットだ。

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↑左に見えるのはオーロラビション。オーロラビジョンがあるのはここくらいのものだ。中央広場では、ジュースやファーストフードを楽しめる。

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↑Saeed Book Bank。日本の大学では、洋書を読む授業を「原典購読」と言っていたが、イギリスとパキスタンに行ってから、その言葉が妙に大仰で陳腐に聞こえるようになった。何故なら、僕が「原典購読」と言って読んでいた本は、イギリスではみんな芝生に寝転がって普通に読んでいる本だったし、パキスタンで教養のある人も普通に読んでいる本だったから。

Bataというなかなかイケてる靴屋さんで、こげ茶色のサンダルを買って、写真を数枚撮ってから、お隣のF-6にあるスーパーマーケットに行くことにした。通常はタクシーで移動するが、今日は歩きたい気分だったので、徒歩で行く事にした。スーパー・マーケット(これは固有名詞です)は、民族衣装やハンディクラフトのお店が充実している大きなマーケットだ。他にも、Doctor Watsonという薬局や、ケンタッキー・フライドチキン、North Faceのお店(海賊版かもしれないけど)、DVD屋のIllusionなどがある。日本にいる家族や友人にお土産を買うには、最適の場所だと思う。僕も、大理石で出来たお土産を数点購入した。そういえば、最近、F-6にはフットサル・コートが出来た。テニス・コートも併設されている。まだプレーした事はないが、見た感じがすごく綺麗なので、一度プレーしてみたい。

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↑F-6のフットサルコート。日本でも通用しそうな綺麗さだ。

この時点で、汗をかき過ぎてTシャツには塩が浮いていたが、水を飲んで少しだけ休憩をしてから、今度はコサール・マーケットに行くことにした。コサール・マーケットも、スーパー・マーケットと同じF-6にあるが、1キロくらい離れた場所にある。ここにも歩いていくことにした。

コサール・マーケットは小さい。しかし、小さいながらも密度の濃いマーケットだ。特に、今日はじめて訪れたThe London Book Companyは、本の種類が豊富でいい本屋さんだ。これから度々来る事になるかもしれない。今日は、「from Kashmir to Kabul: Photography 1860 - 1900」という、アイルランド人の写真家が1860年~1900年にかけて撮影した写真集を購入した。パラッと本屋で見ていて、思わず笑ってしまった。だって、当時と現在でも、全然風景が変わらない。アフガニスタンのバザールの様子なんて、今とそのまま同じだ。きっと、電気とか自動車とかテレビとか、新しい物は確かに輸入されてきているけど、それらを除けば、彼らの暮らしは何百年も変わってないのだろう。

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↑コサール・マーケットの様子。

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↑The London Book Companyの概観。古本が豊富に売られている。

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↑ムルタンの陶器。イランの青とは違うけど、これも色が綺麗だ。

水を補給してゆっくりして、これからどうしようかと座りながら考えていた。このまま、G-6方面に南下して、ブルーエリアやアブパラ・マーケットを探索する事も検討したが、ちょっと歩いただけで疲れてしまって、その気になれなかった。とりあえず、スーパーマーケットに戻ろうと思い歩き始めたら、途中で、ソニーの正規の代理店っぽいお店があった。そこの裏手に、パキスタンの伝統とモダンが融合したような素敵な服を売るお店があったので、入ってみた。女性用の綺麗なショールやドレス、男性用のクルタや丈が長めのシャルワル・カミーズが、整然と並んでいた。カラフルな色彩に加えて、上質な素材、洗練されたデザインの服を目の前にして、沢山買いたい衝動に駆られてしまった。しかし、丈が長いシャルワル・カミーズは、衝動買いしても日本で着る機会がほとんどないので、丈が短いクルタを2枚買う事にした。お店の名前は「Khaadi」と言う。これなら、日本で着ても変じゃなさそうだ。

リュックサックにはBataで買ったサンダルとネスレのミネラルウォーターとスーパーマーケットのハンディクラフト屋で買った大理石のお土産、肩からはデジタル一眼レフカメラ、そして、両手にはThe London Book Companyで買った写真集と、Khaadiで買ったクルタ2枚を持っていたので、もうこれ以上歩く気がしなかった。お店の前で客待ちをしている黄色い軽自動車のタクシーをつかまえて、家に戻る事にした。今日行った場所は、これまでにも行ったことのある場所ばかりだったけど、The London Book CompanyとKhaadiを見つけた事は大きな収穫だった。

灯台下暗し。イスラマバードにも、まだまだ僕が知らないことが沢山あるみたいだ。
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by aokikenta | 2008-06-14 02:13 | 隣接国探索②漂流パキスタン編


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