2008年 06月 07日
混沌ラワルピンディ その2
先週、ラワルピンディ探索が良い気分転換になったので、今週もラワルピンディに行くことにした。前回は、サダル・バザールに時間の大半を費やしたので、今回はラジャ・バザールを集中的に見ることにした。F-10のバザールでタクシーを拾い、「ラジャ・バザール」とだけドライバーに告げた。金曜日の午後で、街全体がお休みモードに入っていた為かどうかはわからないが、始めは少し面倒くさそうな顔をしていたが、「180ルピー(300円くらい)出す」と高めの値段を言ったら、快く引き受けてくれた。サングラスとミネラルウォーター1.5Lとロンリー・プラネットが入ったリュックサックを背負い、肩からはキャノンのカメラを提げて出発した。

まず、最初に先週の記事に関して、追加して書いておかなければならないことがある。ラワルピンディには、サダル・バザールとラジャ・バザールがあると書いた。それは事実として正しいのだが、どうやら先週、僕が後半に行った場所は、ラジャ・バザールにはまだ完全には属していない地域だったようだ。というのも、今週、タクシーのドライバーに降ろされた場所は、先週行った辺りから少し遠い場所だったから、それに気がついたのだった。ロンリー・プラネットを見てみると、「This busy bazaar (Raja Bazaar) is a kaledoscope of people and merchandise spreading in every direction from chaotic Fowara Chowk」とある。地図を見てみると、Fowara Chowkというのはラウンド・アバウトのようだ。だから、これを逆に考えれば、Fowara Chowkというラウンドアバウトがある場所が見つかれば、ラジャ・バザールなわけだ。そして、今日はこれで間違いないだろうという六叉路を見つけたので、間違いに気がついたわけだ。予備知識もなくぶらぶらしているので、こういうこともあるさ(すいませんでした)。

さて、タクシーを下りたら、本当に雑然としたバザールが目の前に現れた。自分が今どこにいるのかよくわからなかったので、もっと賑やかそうな場所を目指して歩く事にした。歩いていると、とにかく目にしたのは、リキシャ(オート三輪車のタクシー)だった。イスラマバードでよく見る黄色い軽自動車のタクシーと同じくらいか、それ以上の数のリキシャが走っていた。車の背面には、ローマ字で「QINGQI」と書いてある。キンキ?チンチか?中国語を読み下したみたいな音の響きなので、四声(しせい※)でもつけてみたいところだ。ところで、「リキシャ」の語源は、日本語の「人力車」らしい。走ってる車はほとんど日本車だし、トヨタとかホンダとかスズキとかダイハツとかが、ほとんど日常の言葉になっているし、人力車が輸入されてリキシャーとして親しまれているし、日本文化のパキスタンへの浸透ぶりはすごい。

※中国語ではイントネーションが違うだけで、同じ音でも違う意味をします。主に4つのイントネーションがあるので、それを四声と呼びます。

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↑ラワルピンディを走るリキシャ。

歩き続けていると、野菜や果物を売っているバザールの一角があった。アフガニスタンでもパキスタンでもそうだが、バザールの中で同業者が固まっている場合が多い。例えば、車の用品なら車の用品の一角が、文房具なら文房具の一角があるという様子だ。消費者側にしてみれば便利だけど、競争原理が働いて、価格が高かったりサービスが悪い店は淘汰されないのだろうか。通り一本全て同じ業種のお店が並んでいるのを見ていると、他人事ながら妙に心配になってしまう。

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↑青唐辛子屋を売る八百屋さん。ファムファタール的とうがらし・・・。

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↑トマト屋さん。測りでキロ売りしてくれる。

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↑じゃがいも、及び、たまねぎを売る道端の行商(及び、という言葉は硬すぎますか)。

この前、マンゴーの写真を載せたので、果物の写真は撮らなかったが、マンゴー以外にも、桃、プラム、メロン、すいか、アメリカンチェリー、ブルーベリー等々、果物は豊富に売られていた。それから、梅を水で薄めた梅ジュースのような清涼飲料水を売っているお店も沢山あった。お腹を壊しそうなのでやめておいた。

リキシャや八百屋さんや果物屋さんを見ながら歩いていると、これがFowara Chowkに間違いないであろうという、賑やかな六叉路に到着した。本当に綺麗に六方向に向けて道が走っている。しかし、どの道もセンターラインはなく、車やバイクは遅い車を追い越し放題、歩道もない場合が多いので、歩行者の真横をすごい勢いでバイクや車が通り抜けていく。信号もないので、各々の人が渡りたいタイミングで渡りたいように渡るのがルールのようだ。

パキスタン人は道を渡るのが上手い。僕は、まだ道渡りの練習中なので、先に渡ろうとしているパキスタン人にくっついて道端で待つ。いわば、そのパキスタン人は僕の道渡りのインストラクターだ。彼は背中で僕に道渡りを教えてくれる。一見、連綿と続いているかに見える車の流れの「切れ目」を、先生は長い人生経験から一瞬で判断をして、歩き始める。僕は、車が向かってくる方角の陰になる部分、所謂、道渡り安全地帯に入り込み、万が一、車がスピードを緩めなかった場合でも被害を受けない位置を確保する。そして、OJTさながらに先生にくっついて道を渡るのであった。エジプトに旅行に行った時も、道渡りは同じような状況だった。日本人の中には、夜でも信号を守る人がいるので、その落差たるや相当なものである。

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↑Fowara Chowk。綺麗な六叉路になっている。

ラワルピンディに来たのには、特別な目的が合ったわけではなく、運動をしたいということやパキスタンをもっと見たいということ、いつもと違う景色に触れて気分を変えたいということくらいだったので、僕はその六本の道を全て歩いてみようと思った。六本の道全てを歩いてから同じ道を戻って来る事をイチイチしていてると、行きと帰りが同じ景色でつまらないので、方法を変えてみた。それぞれの道をA、B、C、D、E、Fと時計と反対周りの順番で名づけたとして、道Aをまず歩く。500メートルくらい歩いたところで、なんとなく人が少ないし寂しくなってきたなと思ったら、左に折れる道を入るのだ。そうすると、道が行き止まりでなければ必ず道Bに到着するはずである。Fowara Chowkを中心点(仮に点O)とした場合、中心点Oと点A(道Aの500メートル行った地点のことです)と点B(同左)からなる二等三角形ができる。その底辺を移動するのだ。こうすることで、同じ道をまた戻ってくる必要がなく、飽きる事がない。なんて素晴らしいアイデアなんだ!これは素晴らしいアイデアなので、この方式を「ケンタ式六叉路の歩き方」と名づけておくことにしよう。

そんな調子で、六本の道を全て歩こうと一生懸命歩いていたら、魅力的な小道があるのでそこに行ってみることにした。何故、魅力的に感じたのかわからないが、そこは大通りから一本横道に入る小道で、パキスタンの庶民の生活の匂いが感じられる場所だった。街角にはジュース・スタンドがあって、道端にはフルーツを売るおじさんの手押し車が並んでいる。両側には、レストランや雑貨屋さんや洋服屋さんが軒を連ねている。子供達はそこら辺を走り回っていて、僕を見ては「ニーハオ」と声を掛けてくる。「なんてここはパキスタンなんだ」と思ってカメラをバッグから取り出したら、子供達に取り囲まれてしまった。撮ってくれとしきりに言われるので、一枚写真を撮ったら、もっと撮ってくれと言ってきかない。そのしつこさが目に付いたのか、一人のおじさんが僕の手を引っ張って、いかにも現地の人しか行かないようなレストラン(というよりも食堂)に連れて行く。なんだこの人は、信用していいのかな、と思っていたら、「ドゥースト、ドゥースト」と言うではないか。ダリ語で「ドゥースト」は「友達」のことだ。ウルドゥー語でもきっとそうに違いない。だから、このおじさんは今始めてあった日本人の僕を友達と言って、困っている僕を助けてくれたのだ。なんて優しいんだ。

食堂に入ると、おじさんは「何か食べるか」と聞いてきた。お昼は食べてから出発したので、お茶だけ飲みたいと言うと(実際は「チャイ!」としか言ってません・・・)、すぐにチャイを用意してくれた。パキスタンは暑いだろうと行って、扇風機の前の特等席にも座らせてくれた。おじさん、ありがとう。

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↑せがまれたので撮った子供達の写真。これを撮った後、手を掴まれて「もっと撮ってよ!」と大勢に囲まれてしまった。

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↑右側のおじさんが、救ってくれたおじさん。ドゥーストです。

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↑食堂の中の様子。このおじさんは、英語をよく話す。日本に友人が住んでいるらしい。彼も日本に行こうと思ってビザを申請したが、リジェクトされたと嘆いていた。

優しくしてもらって名残惜しかったけど、1時間くらいしてから席を立つことにした。チャイ代を払うよと言っても、キミはゲストだからいいんだ、と言って受け取ろうとしない。仕方なく、お金を払わず、お礼だけ言ってお店を後にした。

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↑デコレーションされた乗り合いタクシーの上で、客寄せをするお兄さん。

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↑3人乗りをするバイク。一番後ろの女性は、バイクにまたがらないでちょこんと座っている。パキスタンではよく見かける光景だ。

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↑途中で見かけた綺麗なモスク。

道Aから道Fまでを、夕方6時くらいまでに歩き終えた。とてもいい運動になった。サダル・バザールとも違うし、イスラマバードとも全然違う。ラジャ・バザールには雑踏と喧騒と混沌があった。雑然と立ち並ぶお店、手押し車で野菜や果物を売る男達、家族の為に買出しに来ている女達、カラフルにデコレーションされたトラック、タクシー、リキシャ。そして、一見ルールがないようにchaoticに行動をする人々。しかし、彼らには僕にはわからない一つの秩序があるのだろう。僕は、それを時間をかけて理解したいと思う。まだ時間がかかるかもしれない。しかし、そうすることで、少しだけでも違う文化のことがよく理解できるかもしれないし、お互いの事が分かり合えるかもしれない。海外赴任というのは時間が限られているもので、あんまり与えられた時間は多くはないかもしれないけど、出来る限り、そう努めてみよう。

最後に、ラジャ・バザールでは、モスクと同じくらいヒンドゥー寺院を見かけた。それも、混沌とした雰囲気に拍車をかけていた。異文化の融合、他民族国家パキスタンを如実に表しているような気がした。

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↑ヒンドゥー寺院。

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↑別のヒンドゥー寺院。

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↑ラジャ・バザールでは、何故か沢山のヒンドゥー寺院をみかけた。
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by aokikenta | 2008-06-07 00:58 | 隣接国探索②漂流パキスタン編


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