2008年 06月 01日
混沌ラワルピンディ その1
カブールに出張で行ったり、本部からの出張者のアテンドをしたりがあって、過去3週間サッカー部の練習に行ってなかった。仕事では、毎日、朝から夕方まで事務所の机にいるので、体がなまって仕方がなかった。面白いもので、体を動かさないと血流が悪くなるからかどうかは知らないが、精神の方も少し参ってしまう。なんとなくダルいというか鬱っぽい状態になるというか、新しい事をしようという気力が沸かないというか、そういう状態になるのである。僕は思うのだが、きっと、太宰治とか梶井基次郎みたいな鬱傾向のある作家たちも、健康な体で運動を定期的にしていたら、大分違った人生を送っていたのではないだろうか。お酒を飲んだり、音楽を聴いたりしても、イマイチ気が晴れないので、今週末は体を動かそうと思っていた。そういうわけで、金曜日はラワルピンディへ行ってきた。

ラワルピンディは、イスラマバードから車で40分くらいの場所にある大きな街だ。約50年前にカラチから首都がイスラマバードに変わる際に、一時的にパキスタンの首都だったこともある。陸軍の基地があるので、自爆テロがよく起こる場所でもあるが、最近はあまり大きな事件がない。まずは、タクシーでサダル・バザールのバンク・ロードに行ってみた。ラワルピンディには、サダル・バザールとラジャ・バザールの二つの大きなバザールがあって、サダル・バザールの方はどちらかと言うと大きな銀行やお店があって商業的という風情である。特に目的はなく、体を動かすのが目的だったので、適当に歩いて回ることにした。

歩いていると、人々の通勤に使われている小さいデコトラが山のように並んでいる場所に着いた。パキスタンのデコトラ(デコレーティド・トラックか、デコレーション・トラックの略だと思う)は、ある種、パキスタンの観光名所の一つになっている。何故、トラックをデコレーションするのか、そして、それが一つの国の特徴になっているのかはよくわからないが、街を歩けばとにかくよく目にする。まぁ、日本でもトラックを装飾する人が多いから、自分のトラックをかっこよくしたいというのはドライバーにとっては世界共通の気質なのかもしれない。

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↑デコトラの前でポーズを撮る少年

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↑ここには50台~100台くらいのミニ・デコトラが並んでいた。

バンク・ロードをケンタッキー・フライドチキン方面へ歩き、右へ曲がって、PCホテルや中華料理屋のある大通りへ出た。今度は元に戻るようにして歩いて、途中、道端でお土産を買ったりマンゴー・ジュースを飲んだり、うだうだしながら街をひやかして歩いた。サダル・バザールは大体見終えたので、今度は人に道を聞きながら、ラジャ・バザールへ行く事にした。ガイドブックも何も持たないで来たのでよくわからなかったが、人に聞けば教えてくれるだろう。僕は、まだウルドゥー語ではアラビア語が起源のイスラム教共通の言葉とか、ありがとうとか、元気ですか、とかそれくらいしかわからない。しかし、パキスタンの人はかなりの確率で英語を話す事ができるので、英語だけ出来ればそれほど問題はない。それに、数字とか他のいくつかの言葉とかはダリ語と共通なので、たまに通じたりすることもある。そういう時は、やけに「つながってるんだなぁ」と思う。国際的という事は西欧的だという事でないのだとすれば、パキスタン人やアフガニスタン人は、日本人よりも国際的だと思う。それは、ユーラシア大陸の中央で、色んな違う言葉を話す民族が行き来していたから、人々が色んな言葉を話す人と出会う事に慣れているからだ。とにかく、イ・タラフ(こっち)とかスィーダ(まっすぐ)とか、そんな言葉と英語を織り交ぜながらラジャ・バザールに向かった。

ラジャ・バザールには混沌がある。バザールの小道は、洋服とか偽者のブランド商品を売っている中国の小道を思わせる狭さだし、お店の商品は横の壁一面に吊られているし、看板がやたらとあるし、なにより、電線がそのことを象徴している。前にも写真で紹介したが、パキスタンの電気の配線はとにかくぐちゃぐちゃである。もう何でこんなことになるの、と頭を抱えてしまうくらいめちゃくちゃなのである。聞いた所では、電気を盗む人がいる為に、後からどんどんと本来あるべきではない姿で電線が増長してしまうということらしい。電気配線もすごいが、コンクリートやアスファルトの仕上げの適当さもすごい。道路なんかを見ていると、あんまり下地を作らないで、そのままアスファルトを敷いているような感じがする。専門的なことはわからないが、アスファルトの下の準備段階がしっかりしていないから、すぐに年月が経たないうちにでこぼこができてしまうような気がする。それに、道路の端っこと家の端っこがつながる部分、いわばそれらの境目に当たる部分がかなり曖昧である。「ここからここまでがコンクリートで、ここからがアスファルトだよ」という明確な意志が感じられない。家側のコンクリートはなだらかに、且つ、自然にアスファルトと溶け合って、そして、いつか消えてしまうのだ。日本人が日本刀を作ってしまう、その完璧さ(perfection)を考えると、思考や社会社会システムが180度違うと考えた方が無難かもしれない。

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↑デーツを売るお兄さんとバザールの様子。

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↑ラジャ・バザールの小道。車用品のお店が多かった。

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↑もはや手の施しようがないスプリットしまくった電線。

ラジャ・バザールを大体見て、サダル・バザールの方に歩いて戻ろうとしていると、線路の上にかかる鉄橋があったので上ってみることにした。アフガニスタンには電車がなかった。パキスタンで乗ったことはないので、品質がどれくらいなのかや、日本人が乗って安全なのかはわからないが、一度試してみたい。イランで夜行列車に揺られて旅をしたが、僕は案外電車で旅をするのが嫌いではない。飛行機だと数時間で行ってしまう道のりも、電車で行けば時間が倍以上掛かるが、逆に飛行機では見えない発見もある。人生にはそういうものが必要だ。

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↑ラワルピンディの鉄橋から線路を見下ろしていると、無性に旅に出たくなった。

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↑鉄橋の階段で座り込む物乞い。

お昼ごはんを食べてから出発したが、夕方までにはイスラマバードの家に帰る事ができた。半日、街を歩いて疲れたが、写真を撮りながらいつもと違う景色を見ていると、新しい物をもっと色々見てみたいという好奇心がまた沸いてきた。アフガニスタンでは治安が悪かったので、一人でぶらぶら歩いて外出をすることが出来なかった。しかし、パキスタンではそれができる。これは、自分がアフガニスタンで置かれていた環境を考えるとすごいことじゃないか。そして、イスラマバードからちょっと郊外へ足を伸ばせば、まだ見たことのない景色が沢山あるではないか。体を数週間動かさなかった事で、思考も停止してしまっていたのかもしれない。いつもアクティブに、ポジティブ思考で、という心がけ。いつも持っていられたらどれだけいいかわからないけど、人間だからたまには忘れてしまうこともある。だから、気がついた時に、これからはそうしよう、そうしようと自分に念じていれば、いつかそれが染み付いて普通過ぎるくらい普通のことになるかもしれない。疲れたり、煮詰まったり、停滞し出したら、またラワルピンディに散歩に来よう。そうしよう。

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↑モスクの尖塔。
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by aokikenta | 2008-06-01 09:49 | 隣接国探索②漂流パキスタン編


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