2008年 05月 02日
インスピレーションと学際的手法(interdisciplinary approach)
「オレってすごいでしょ」
「オレってかっこいいでしょ」

世界に対してそう叫びたいが為に、僕は文章を書いているのではないだろうか。
「全ては他人の為だ」という利他的姿勢を人に見せつけながら、
実は、僕は自分の為という欲求によって動かされているのではないだろうか。
そんな疑問を持つ事がたまにある。

そうだとしたら、「私は自分の為に行動してます」と公言する人の方が
自分よりも100万倍くらい健全じゃないかと思う。
だって、「人の為に一生懸命汗を流してます」と言いながら、
実際は、自分の名誉や社会的評価の為に生きているのだとしたら、
それは自分の事しか頭にない自己中心的な人間の為す仕業だ。

「自分の為に仕事をしています」とはっきり言う人よりも
よっぽどタチが悪いような気がする。

☆ ☆ ☆

私の場合、「カメラマンとしての自分を認めて欲しい」、
「いい写真が撮りたい」という欲望が戦場に向かわせた。

しかし、現場はカメラマンを変えていく。フリーになりたての頃は、
新聞の一面を飾るような写真を目指していたが、今の私が目指す
「すばらしい写真」とは、「人間の心の奥深くを揺り動かすような写真」。

・・・(中略)・・・

その中に見えてくる“戦争”や“人間性”を切り取ることができれば、
見る人の感性により訴えてくるはずだ。多くの現場を訪れるうちに、
そう思うようになっていた。

(長倉洋海『フォト・ジャーナリストの眼』岩波新書、P.16)


☆ ☆ ☆

カメラマンにとっても、開発援助の世界で働く人にとっても、
紛争地で働くことで得られる名誉と地位と財産を追い求めるハイエナに成り下がるか、
それとも、社会の在り方や世界の構造を変えようと思う初心を貫くかは、大きな分岐点だ。
その二つの姿勢の違いは非常に微妙であり一見して見分けが付かない。

でも、僕が二つの姿勢を分かつのに一番大事だと思う要素は「社会的使命」だ。
極論かもしれないが、活動している内容が社会的使命を帯びていれば、
その目的が仮に利己的であったとしても、自分の信念を曲げる事にはならないと僕は思う。
反対に、自分は社会の為に頑張っているといくら言っていたとしても、
そこに社会的使命がなければ時代に求められることはないし、
自己満足の世界で終わってしまうだろう。

エコノミック・ヒットマンだって、人生でやってきた事が
最終的に社会に良い影響を与えてさえいれば、死ぬ時に神様の前で
confess(懺悔)しないでもいいのではないだろうか?
モスリムだって来世(akhirah)へ行けるだろうし、日本人だってお天道様の下を
堂々と歩いたっていいのではないだろうか。
(彼のconfessという発想はキリスト教的精神から来ている部分があるような気がした)

☆ ☆ ☆

ビートルズは元々アイドル・ロック・バンドだった。
初期の「I want to hold your hand」とか「She loves you」とか
「A hard day’s night」とか、そういった曲のメッセージ自体に意図的に
社会性が込められていたとは僕には思えない。
しかし、当時の若者にとって彼らの存在は革命的な意味を持っていた。
なんでだろう?

全英でも全米でもヒットチャートでNo.1を取るようになると、
彼らの曲は次第に変化していった。アルバムの「Rubber Soul」、
「Revolver」、そして、「Sergeant Pepper’s Lonely Heart’s Club Band」が
発売される頃には、アイドル時代の曲とは全く別の意味を持つようになった。

彼らは有名になって、次第に社会的使命を帯びるようになっていったのだ。
元々、女の子にもてたい、有名になりたい、そんな気持ちで、自分が歌いたいと
思ったメッセージを歌っていた若者達が、時代の寵児になっていったのだ。
ビートルズと他のロックバンドに違うところがあるとすれば、
それは社会的使命だと思う。

☆ ☆ ☆

アウシュビッツ強制収容所から生還した精神学者V.E.フランクルの本を読んで
いて思うのは、生きる意味というのは、自分を待っていてくれる人、されるのを
待っている何か、書かれているのを待っている未完成のストーリー、
そういう今僕によってしか達成されないものの中にあるということだ。

人生を一貫した生きる意味、誰の人生にも適用できるような
便利な生きる意味というのは存在しないのではないか、と僕は思う。
今、ここで、僕にしか達成されないもの、そこにこそニーズ
(世界から自分に対して求められている)があり、自分がそれを行う意味
というものが自然発生的に生まれるのだと思う。

誰も未だ踏んでいない地平。
誰も登ったことのないサミット。
そこに行ってみたい。
そこへ行ってまだ見たことのない景色を見てみたい。

しかし、それだけでは不十分だ。
誰もやっていない事、
プラス、
時代が求めている事柄で、
自分が出来る事。
そこに、生きる意味が生まれるのではないだろうか。

☆ ☆ ☆

ジム・ロジャースの『冒険投資家ジム・ロジャース世界一周バイク紀行』を読んでいて思ったこと。
一つは、国家統制主義は必ず破綻するということ。規制や保護されている
業界というのは、聖域なき構造改革が起こり自由化がやってくれば必ず
市場原理に基づいて淘汰される。いいサービスをするものが生き残り、
安くていい物を売れる会社が生き残るのだ。

もう一つは、まだ誰も目をつけていない分野で、且つ、必ず成長するという
予測が立つ分野に投資をすれば必ず儲かるということ。誰も目をつけていないだけ
では駄目だし、反対に、必ず成長するというだけでも駄目だ。

資本主義は時の試験を勝ち抜いて、共産主義よりも勝っている事を証明した。
各々が自分にとっての最大の利潤を追求することが、経済の発展を促す
最良の方策だということが歴史によって証明されたのだ。

市場原理、投資の原則、資本主義。
この視点って、社会的使命や生きる意味に通じるところがない?
そこにはuniversalな意味を持つ何かが含まれている?

☆ ☆ ☆

ソマリアについて書いた本が読みたくて元ユニセフ職員の小山久美子さんが
書いた『ソマリア・レポート』をアマゾンで買って読んでみた。観察眼が鋭くて、
独特のリズムがあって、ユーモアがあって面白かった。

アメリカが、ソマリアでイスラム過激派グループAl-Shababの
リーダーAden Hashi Ayroを狙って、彼の家をミサイル攻撃した。
米軍のスポークスマンは、Al-Shababはアルカイダ・ネットワークと
深いつながりがあるとしている。Ayroを含む10人以上のメンバーが
死んだと報道されているが、住民によると30人以上死んだとの
未確認情報もあるようだ。

Horn of Africaの片隅で、大半の日本人が気がつかないまま、
アフガニスタンやイラクで起こった事と同じような悲劇が起きているのかもしれない。

☆ ☆ ☆

学際的手法(interdisciplinary approach)。
とにかく書きつけることで、何か新しいインスピレーションが出てくればいいな。





(参考文献)
小山久美子『ソマリア・レポート』丸善
ジム・ロジャース『冒険投資家ジム・ロジャース世界一周バイク紀行』日経ビジネス人文庫
長倉洋海『フォト・ジャーナリストの眼』岩波新書
V.E.フランクル『夜と霧』みすず書房
BBC News, US confirms Somali missile strike, on 1 May 2008
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by aokikenta | 2008-05-02 15:04 | 日記(イスラマバード)


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