2008年 04月 30日
観念的宇宙
アフガニスタンにいた時、バグラムからカブールに向かう新道沿いに
コンクリート作りだったか土作りだったか忘れたけど小さな建物があって、
その壁いっぱいに戦車の絵が描いてあったのを見て、言葉に表せない
気持ちになったことがある。

壁に自由に何かを書いて下さいと言われて、花でも人でも動物でもなくて、
そこに戦車を書くというメンタリティー。それが育まれたのは、単純に言って、
アフガニスタンが戦争の歴史を歩んできたからに他ならない。
戦争があるのが当たり前の世界。

外には戦争が存在しない世界があるかもしれないという想像力や、
平和という概念、或いは、今置かれている状況はおかしいのではないだろうか
という現状への疑問など、周りにいる人から見てみたら、何でそんな簡単なものが
ないのだろうかと思ってしまうかもしれない。

しかし、そこにいる当事者達にとっては、目の前にある世界が全てであり、
そこに疑う余地などはこれっぽっちもないのだ。それが、たとえどれだけ残酷で
悲惨な世界であったとしても、それが受け入れざるを得ない現実なのだ。
あの戦車の絵を描いた人の観念的宇宙は、外界への想像力、平和という概念、
現状への疑問がないまま完結してしまっていたのだろう。
そういう国で育ったら、圧倒的な破壊力と殺傷力を持った戦車を、
キャンバスいっぱいに描いてしまうのかもしれない。

☆ ☆ ☆

オーストリアで73歳の男が、42歳の娘を地下室に24年間監禁した上に、
7人の子供を産ませたとして逮捕された。子供の内の3人は、警察に連れ出してもらって、
産まれて初めて太陽を目にしたのだという。chill up one's spine(背筋が凍る)という
イディオムが英語にあるが、この事件はまさに僕の背筋を凍らせた。

42歳の娘が持つに至った絶望感。
非人間的生活。
いや、それ以上に産まれてから地下室から
一歩も出た事がなく日光すら浴びた事のない子供達。
彼らの認識が及ぶ世界はどれくらい限定されていただろう。
観念的宇宙はどんな広がり(狭まり)をしていたのだろう。

ウェブサイトに出ていた地下室の間取り図や、頑丈な電動ロック式のドアや、
無機質なトイレなどを見て、やるせない気持ちになった。

☆ ☆ ☆

ナンガルハル州で自爆テロがあり、少なくとも15人が死亡した。
イスラム過激派、原理主義者と言われる人たち、そして、彼らからマドラサで
教育を受けた自爆テロ候補者達の目にはどんな光景が映っているのだろうか。

イスラム教の世界は、現世(dunya)と来世(akhirah)に分かれる。
モスリムには見えない天使が常に2人ついていて、彼らが善行や悪行を逐次チェックしていて、
それによって来世に天国に行けるか地獄に行けるのかが決まるのだという。

即ち、モスリムの時間に対する考え方というのは、座標軸を描いたとしたら
左から右へ永遠という一点に向かった直線運動を描き続けるのだ。
これが意味するのは、モスリムにとっては現世も重要だが、
現世よりも圧倒的に時間が長い来世で如何にいい場所に住めるかが
最重要課題だということだ。
だから、現世で良い行いをして天国に行けるかどうかが重要であり、
「外国人を殺せば必ず天国に行ける」と言われればそれはこの上なく
魅力的な話しに聞こえるのだ。

☆ ☆ ☆

映画『ブラッド・ダイアモンド』に出てきたシエラレオネの少年兵。
頭が白紙でまだ柔らかい子供をさらって洗脳し、殺戮のマシーンに仕立て上げる。
カラシニコフで敵を殺せば、これまで親も先生も褒めてくれなかったのに、
ここでは、大人達が、仲間が褒めてくれる。

僕は人を殺せばいいんだ。
そうすればみんなから認められる。
僕には存在している価値がある!

そうだ、とにかく敵をやっつけろ。
どれだけ殺したかが男の勲章。
ここでは殺した奴の数が多いほど英雄になれるんだ。

☆ ☆ ☆

アフガニスタンで見た建物の壁に描かれていた戦車。
オーストリアの産まれてから太陽を一度も見た事がなかった子供。
パキスタン育ちの自爆テロ犯。
そして、シエラレオネの少年兵。
僕には、これらはそれぞれ全く別の事柄だけど、
基本的には全く同じ事を言っているように思われた。

オーストリアの監禁のニュースを聞いたら、
頭の中にある過去の映像がプレーバックされ、
いくつかのこうした連想や思念が沸き起こり、
ひどくやるせなくなって、そして、どうしようもなく
救いようのない気持ちになった。
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by aokikenta | 2008-04-30 05:00 | 日記(イスラマバード)


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