2008年 03月 05日
パキスタン政治分析
パキスタン憲法・軍事独裁政権・文民統制
パキスタンの憲法には大統領が自由裁量で議会を解散することができると書いてある、と前にこのブログで書いた。スタッフに聞いてみたら、その条文はパキスタン国憲法58条2項b号が元になっているのだという。調べてみると、憲法58条2項b号にはこう書いてある。

(英語)
58. Dissolution of the National Assembly.
(2) Notwithstanding anything contained in clause (2) of Article 48, the President may also dissolve the National Assembly in his discretion where, in his opinion,:
(b)
a situation has arisen in which the Government of the Federation cannot be carried on in accordance with the provisions of the Constitution and an appeal to the electorate is necessary.
(翻訳)
58条 下院議会の解散
(2) 48条(2)項に含まれているいかなる内容にも関わらず、大統領は下記のような自由裁量の範囲内で、自分の意見で持って、下院議会を解散させる事ができる:
(b) 連邦政府が憲法で定められている通りには運営されることができず、また、有権者への説明が必要である状況になった時

上の条文に出てくる48条2項には、こう書いてある。

(英語)
48. President to act on advice, etc.
(2) Notwithstanding anything contained in clause (1), the President shall act in his discretion in respect of any matter in respect of which he is empowered by the Constitution to do so [26A][and the validity of anything done by the President in his discretion shall not be called in question on any ground whatsoever].
(翻訳)
48条 助言に基づく大統領の行動について
(2) (1)項に含まれているいかなる内容にも関わらず、大統領は、憲法によってそうするよう権限を付与された如何なる問題においても、自由裁量の範囲内で行動するものとする(また、大統領が自由裁量の範囲内で成された事柄の有効性については、如何なる背景があろうとも不問に付されるものとする)。


パキスタンは軍事独裁政権(military dictatorship)である、とパラパラと新聞や本なんかを見ていると書いてあって、果たしてそれは本当なのだろうかと思っていたが、これを読んでみると大統領に多大な権限が付与されているという事実に間違いはなさそうだ。国会というのは大抵どこの国でも、上院と下院あるいは参議院と衆議院に分けるなどして、どちらかが監視の役目を果たし、容易に法律が制定されたりしないようお互いに牽制が働く仕組みになっている。パキスタンの議会も上院(Senate)と下院(National Assembly)に分かれていて、それに大統領(President)を加えたものが国会(Parliament)を構成している。今の状況だと、下院の議席獲得政党第一位のPPPと第二位のPML-Nが連立する事になっているので、そのどちらかの政党から首相(Prime Minister)が選出される事になっている。

国会の構成についてはよくわかるのだが、大統領と首相が共存している仕組みと言うのが日本人の僕としては、感覚的にイマイチよくわからない。議員内閣制度と大統領制度が並立しているのだろうということは頭ではわかるのだけど、じゃあ、単純に言って大統領(President)と首相(Prime Minister)ってどっちが偉いの?という子供みたいな素朴な疑問を思わず持ってしまうのは僕だけだろうか?パキスタンでは、1999年のクーデター以来、大統領の権限の方が強かった。パキスタンの首相が日本では全然有名ではないという事実は、それを裏付けていたと言えるかもしれない。ムシャラフ大統領は、これまでの所、パキスタンで最も権力を持っていたわけだ。しかし、状況は緩やかに変わろうとしている。

権力(Power)には様々な物が含まれるだろうが、その中でもおそらく最も重要なものの一つは軍事だろう。軍事クーデターで政権が成立している現在のパキスタンでは、今後、文民統制(civilian control)の制度をどうやって構築していくのかが非常に重要だと思う。日本の場合だと、自衛隊の制服組のトップは統合幕僚長だが、最高指揮官は内閣総理大臣になっている。つまり、内閣総理大臣の指令がなければ軍人だけでは軍隊を動かせないよう、文民が統制する仕組みになっているのである(ちなみに内閣総理大臣は文民しかなれないように憲法に書かれている)。だから、自衛隊や防衛大学の主要な行事には必ず内閣総理大臣が出席することになっている。

パキスタンでは文民による軍隊の統制はない。国民の代表者の集まりである議会には軍隊を動かす権限が付与されておらず、陸軍のトップである陸軍参謀長がその権限を持っているのである。昨年11月までは、ムシャラフ大統領が陸軍参謀長を兼任していたので大統領が実質的に軍隊のコントロールをしていた。しかしながら、現在のパキスタンでは、ムシャラフ大統領がキアニ将軍へ権限を委譲した為、組織図的には軍隊への指示を出す権限はムシャラフ大統領ではなく、キアニ将軍が持っていることになっている。もちろん、ムシャラフ大統領はアドバイスや提言をする事は可能であり、キアニ将軍はムシャラフ大統領の椅子を譲ってもらった上下関係があるので、実質的にはムシャラフ大統領がまだ強い権限を持っていると言っても過言ではない。加えて、上で書いた憲法58条2項b号がまだ有効なので、やはりパキスタンは民主主義を目指していながらも、まだ軍事独裁の政治体制から完全に脱却できていないという移行期的状況にある。
(憲法58条2項b号を改正する為には、最高裁[Supreme Court]の判断が重要なのだが、ムシャラフ大統領は昨年、最高裁長官を解任して自分に有利な人間をその椅子に座らせてしまった。それにより、大統領が議会の解散権を保持し、権力を維持し続ける事ができるようにしている。反ムシャラフ派は、解任された最高裁長官の復帰を強く望んでおり、昨日、最高裁の前を通ったら大勢の人がプラカードを抱えてデモを行っていた。)

頭の中にある理想とそれ故のジレンマ
Emma Duncanの”Breaking the Curfew”の一節にこういうのがあった。

“Pakistan’s strange origins have given it a tendency to national self-analysis which initially attracted me to the place. A country based on an idea has an ideal, however confused that may be… it was a wider sense of betrayal, of having been cheated on a grand scale.”
(パキスタンの特異な起源は、パキスタンの人々に自己分析能力というもの[私がパキスタンに惹きつけられた理由だが]を与えた。理想(アイデア)によって成立した国家は、理想像(アイデアル)を持っている。それが、例えどれだけ困惑させるものであったとしても。・・・(中略)・・・[反対に、理想が達成されない場合には]それは、広い意味での裏切り、つまり、ものすごいスケールで皆が騙されたというレベルの失望がある。)

パキスタンはイスラムを核とした国家樹立という理想によって1947年に成立し、1989年にEmma Duncanがこの本を書いた時点では少なくともその理想を人々は共有していた(そして、それから約20年経つ2008年現在も状況がさして変わっているとは思えない)。つまり、理想に魅せられて集まった人々が作った国だけに、他の誰よりも明確な理想像が人々の頭の中にあるということだ。それは、裏を返せば、パキスタンの人々それぞれが、理想どおりに行かなければ、これ以上無いくらいに落胆し失望しやすい傾向を持っているということでもある。政治家は軍隊が上手くいっていないといってなじり、軍隊は政治家は腐敗しているといって批判する。ビジネスマンは役人を非効率的と嘆き、役人は政治家がよくないから国がよくならないとぼやく。異様に自己分析能力が高くて理想が高いのがパキスタン人と言えるかもしれない(もちろん一般化は出来ない)。

民主主義を目指しながらも軍事独裁政治から完全には抜け切れていない現在のパキスタンが置かれている微妙な立場というのは、軍事が幅を利かせざるを得ないという現実(real)と向き合いながらも、頭の中にある民主主義という理想像(ideal)に向かって行こうという欲求の、相反する2つの要素が衝突しせめぎ合っているパキスタン人の内面の葛藤を如実に表していると言えるかもしれない。独立して60年、比較的新しい国家であるパキスタンは、現実と理想の間のジレンマ、政治腐敗、多民族性と国民意識形成の困難、地理的位置、インドとの関係、「テロとの戦い」への貢献、アメリカへの追従、イスラム過激派等々、目の前に山積みの問題を抱えている。パキスタンという国は、還暦を迎えたばかりのたった60歳の国なのだ。大局的に見れば、これからパキスタンが安定した国家運営をする事ができるようになる為には、右へ左へと紆余曲折しながら、50年、100年のスパンで見ていったほうがいいだろう。ゆっくり時間をかけて徐々に理想に近づく以外、国家の建設に特効薬はない。

(参考)
The Constitution of the Islamic Republic of Pakistan, http://www.pakistani.org/pakistan/constitution/
Emma Duncan, "Breaking the Curfew"
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by aokikenta | 2008-03-05 18:43 | 日記(イスラマバード)


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