2007年 11月 24日
センスと炸裂(さくれつ)
昔、サッカーをしている友達の間では一つの噂がまことしやかにされていた。
それは、「バティストゥータは大学からサッカーを始めた」というもの。
バティストゥータは、元アルゼンチン代表のサッカー選手で、僕が学生でサッカーをやっている当時は
世界最強のストライカーと言っても過言ではない活躍をセリエAでしていた。

そんな彼が大学からサッカーを始めた?

それって本当なの??

ふと気になったので、インターネットで検索してみることにした。
あんまり情報源がないのでwikipediaを見てみると、
確かに、そこには「17歳にしてようやくバスケットボールからサッカーへと本格的に転向」と書いてあった。
17歳から本格的にはじめてあの上手さ・・・、純粋にすげーと思う。

と同時に思うのは、「センス」というものが確かに存在するんだということ。
もちろん、彼が必死に練習したのであろうことは想像に難くないのだが、それ以上に、
彼のサッカーセンスがずば抜けていたということだろう。
ゴール前のポジショニングとか瞬発力とか戦術眼とか、フォワードに必要なあらゆる要素が
絶妙のバランスで彼には備わっていたということなのだろう。

センス。

センスだけで生きていく、とても格好いい言葉だ。
血の滲むような努力は水面下でこっそりとやって、センス一本で生きていけたらいいな。



ついでに、wikipediaをもう少し見てみたら、語録というのが付いてた。
そこにはこう書いてあった。

「そこにゴールがあるから蹴るんじゃない、俺が蹴るからゴールがあるんだ」

・・・それって何か違くねーか(笑)。
いや、やっぱりあんたかっこいいぜ、バティストゥータ。
日本帰ったら、本郷陽二著「世界のファンタジスタ 3 カーン・バティストゥータ・フィーゴ」でも読んでみようかな。



知的生産を、最近、全くしていない気がする。

現場にいるだけで価値があるというのはその通りかもしれないけど、
消費されていってしまうという不安感が抗いようもなく、胸にどんどんと降り積もっていく。
今は、砲弾に詰められたTNT(トリ・ニトロ・トルエン、最もポピュラーな軍用火薬の一種)みたいに、
雷管で伝えられる衝撃波と、それに続く炸裂(さくれつ)を、ひっそりと待っている時期かもしれない。

センスと炸裂。
とても相性のいい言葉だという気がするのは僕だけ?
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by aokikenta | 2007-11-24 23:35 | 日記(イスラマバード)


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