2007年 11月 14日
ラホールの夜明け
空港を出ると、ラホールの街は霧に覆われていた。霧からのスタートよりも快晴からのスタートの方がよっぽどいいに決まってるけど、これまでいつも僕は前が見えない中を、コンパスも、海図も持たずにぐんぐん突き進んできたんだから、それも悪くないんじゃないかなって思う。東京本部からの出張者2人と僕を乗せたタクシーは、秩序のあまり見られない混沌とした道路の上をホテルに向かって一心に進んだ。30分くらいすると、HOTEL FORT VIEWというお世辞にも豪勢とは言えないホテルに到着した。

ホテルに着いたのが深夜12時を過ぎていて、みんな疲れ果てていたのですぐにでもベッドに入りたかったけど、マネージャーがどうしても夜景を見せたがるので屋上まであがることになった。夜景なんて言ったってどうせそんなに大したことはないんだろうと思っていたが、実際に屋上に上がってみると、目の前には霧の中で幻想的に浮かび上がるモスクが僕らを待ち構えていた。見た瞬間、イランのイスファハンで見たスィー・ウー・セー・ポルが脳裏に思い浮かんだ。と同時に、見たことはないけど、大荒れの海の中を進む一隻の船というのはこういう感じなのだろうと思った。これは今の僕の心象風景だ。

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↑HOTEL FORT VIEWの屋上から見下ろすラホール・フォート



11月12日出発当日の朝、午前5時30分のバスに乗らなければいけないはずなのに、目を覚ましたら5時30分だった。「あっ、終わった」と一瞬思ったが、一本後のバスが6時30分に出ていることを思い出して、それならギリギリ間に合うんじゃないかと思って慌ててパッキングを開始した。当初の計画では午前3時30分に起きて、1時間半でパッキングを終わらせて、5時に家を出発する予定だった。だから、パッキングを全くしていない状態だったので、さすがに焦った。とにかく時間がないので(出発までの30分でリュックサックとPCバッグとカメラバッグとスーツケースに荷物を詰め込まなければならなかった)、ほとんど置いていくべきものと持っていくべきものの選別をしないで、ひたすらかばんに物を詰め込んだ。6時30分のバスにはなんとか間に合った。成田からバンコク経由でラホールに入り、ホテルで1泊して、13日、戒厳令下のイスラマバードにやってきた。



今僕が置かれているシチュエーションというのはこれまでに前例があまりないような状況で、どこまで書いていいのかよくわからないけど、結局、僕はパキスタンの首都イスラマバードでしばらく働くことになった。アフガニスタンでのプロジェクトは継続するのだが、治安の悪化から(一部の)日本人がアフガニスタン国内にいることができなくなったので、イスラマバードからプロジェクトを遠隔操作することになったのだ。2週間日本に一時帰国している間は、あんまりやる事なす事が手につかなくて、とにかく疲れていたのでゆっくりと休んでいた。人によっては、あんまり大きな変化じゃないんじゃない、と言うかもしれないけど、僕にとっては気持ちを整理するのに結構時間がかかった。心残りややり残した事がまだまだいっぱいあるような気がして、それでも去らざるを得ないというのは、人間を複雑な気持ちにさせるものだ。



仕事の面で複雑な気持ちになることは沢山あるけど、プライベート面で言えば、「隣接国探索シリーズ」が第1回の奔流イラン編を書いただけで、アフガニスタンを去ることになったのが心残りだ。本当は、トルクメニスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、中国新疆ウイグル地区、パキスタンを周るはずだったんだけど、それをアフガニスタンベースでやることは実質的に、少なくとも向こう数年は不可能になってしまった。でも、多分僕はパキスタンをベースに、アフガニスタンを中心とした隣接国探索を続けるのだと思う。未だ持って、そういう気持ちでいる。

今回の退避を受けて思うのは、人生の中でやりたいと思った事があったら、それが気持ちの中で熱い内にやっておくべきだ、ということ。イランに行った時に、隣接国探索をやりたい!と思ったレベルで、将来もそのモチベーションを維持できるとは到底思えない。やりたいと思ったことは、そう思い立った瞬間にやった方が、人生を終える時に後悔がないのではないだろうかと思う。例えば、会社を辞めて留学したいとか放浪旅行したいとか、どうしようもなく好きな人ができたとかいう時に、その気持ちをオブラートで包んで自分を誤魔化すのはとっても不健全だと思うのだ。そうして誤魔化された気持ちというのは、残りの人生にずっと付きまとうもので、理性的な判断では自分を誤魔化しきれるものではない。僕は、会社をやめて留学してアフガニスタンに行った事に対して後悔をしたことはこれまで一度もない。きっと、自分の正直な気持ちっていうのはそういう不変的なものなんだろう。

精神的な傾向というものは、一度固まってしまうと、そう簡単に変えられるものではない。僕の頭の中ではずっとAm(エーマイナー)が鳴っているような気がする。時には、それがC(シー)になったり、A(エー)になったりするけど、結局はAm(エーマイナー)に帰結してしまうものなのだ。それは、もう僕にはどうしようもない傾向、あるいは、性向というものだ。だから、時には上に、時には下にブレたりすることはあっても、変えられない自分というものがあるのだと思う。それは変えられないんだから、そのままで生きていけばいい。こういうことをネガティブに言えば諦観で、ポジティブに言えば達観という言葉で表されるのだろう。



イスラマバードでの新しい生活が始まった。カブールに住んでちょうど2年、ある意味ではよい区切りだと思って、前向きに明るくやっていきたいなって、目の前にある山積みの仕事を横目にしながら、考えている。そうすれば、僕の頭の中に流れるAm(エーマイナー)が、いつしかAm7(エーマイナー・セブンス)になり、そしてC(シー)に転調する日が来るかもしれない。ラホールの街にかかっていた霧が晴れる日も来るかもしれない。自分自身の矛盾は自分でわかっている。でも、それはきっと不可能な事じゃないはずだ。

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by aokikenta | 2007-11-14 03:17 | 日記(イスラマバード)


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