2007年 10月 27日
向こう側の世界
現実から浮遊しているという感覚がずっと離れなかった。
社会と自分の間に途方もない溝があって、どうやったら社会に
受け入れられるのかがわからずにただ下を向いていた。
高校生の時の話だ。

サッカーは小学校1年の時からやっていた。
できた友達はほとんどサッカーを通じて出来た友達。
元々サッカーを始めたのは、親から進められたからだった。
クラブに入って小学校1年生から3年生の毎週日曜日午前10時から12時、
多摩川の河川敷でボールを蹴った。
僕は別に体が大きいわけでもなく、足が速いわけでもない。
サッカーをしていなければ多分、運動とは無縁の人生を送っていただろう。
ただ、ボールと遊んでいるのが好きで、一人でボールを蹴っているだけで満足だった、
そして、サッカーをしていると自然に友達ができるから続けた。

物心がついて、自我を模索し始めた頃、
僕は自分の存在を確認することができなかった。
思春期なら誰にでもよくある話だ。
そして、自分の存在を確認させてくれる相手が僕にはいなかった。
君は確かに存在している。
その一言があれば僕は違う人生を送っていたかもしれない。

僕と社会をコネクトしてくれるもの。
それは僕の場合、サッカーだった。
チームに入れば、今までやってきたからそれなりに認められる。
やったものだけが分かり合える感覚。
そういう言葉の要らない精神的なつながりが、
僕の現実浮遊感を少しは和らげてくれた。

ある日、友達が放課後の教室でアコスティックギターを弾いていた。
誘われるともなく、教室にいたみんながギターの周りに集まってきた。
僕もギターの周りの輪に加わった。
格好いいと思った。
ギターは社会とつながれる道具なんだと思った。
次の週末、僕は一人でお茶の水の楽器街に行ってTakamineの
教本付のギターセットを3万円くらいで買った。
そのギターは今も、僕のカブールの部屋に置いてある。

結局、僕はサッカーとギターで世界とつながっていたかったのだ。

☆ ☆ ☆

大学3年生の冬、アルバイト先の赤坂見附のレストランへ向かう
ブランド・ストリートを肩をすくめて歩きながら、
そろそろ就職活動をしなくちゃなぁとぼんやり考えていた。
周りの人がどんどんOB訪問をしてセミナーに出ている。
僕は部活で忙しくて何にもしていなかった。
ただ、実家にはどこからか住所を知り得たリクルート業者が
百科事典みたいに分厚い就職雑誌をたくさん送りつけてきて、
なんとなく就職活動をしなければいけないんだという焦燥感だけを煽っていた。
就職するっていったって、僕は一体何者になりたいんだろう?
どんな人生を送ったら、僕は人生を終える最後の瞬間に後悔を覚えないんだろうか?
僕はそれに答えるべきカードを1枚も持ち合わせていなかった。

その時、僕の頭の中にぼんやりとあったもの。
それは、世界のどこかへ行きたい、見たこともない国で何かをしたい、
社会の役に立ちたいという事。
何でそんな事を考えていたのか、今でもわからない。
父親がいつも忙しそうに海外にでかけていく背中を見ていたから?
高校に入ってから毎年行っていた中国のイメージが頭に残っていたから?

仕事をどうやって選ぶかというのは、その人の持つ世界観(パラダイム)によって決まる。
他の人には見えなくて、しかし頭の中にある「向こう側の世界」。
それが、自分という孤独な存在が社会の中で何を果たしていくのかを
決定する時のイメージの元になっている。

僕の向こう側の世界は、現実とは切り離されてどうしようもなく肥大しきっていた。
他人との関わりが少なくて自己完結していたからかもしれない。
世界の中の何処かの国の名前も顔も知らない人と自分との間に、
確かにある関連性を見出していた。
僕は、誇大妄想癖か精神分裂症か何かのある種の病気だったのかもしれない。

就職活動を前にして友達に相談したときに、友達から
「お前は何やりたいの?」って聞かれた。
僕は「海外で働きたい。世界の人の役に立ちたいんだ。」と答えた。
友達は「お前、それって漠然とし過ぎてるだろ。
どこの会社がそんなやつ雇いたいと思うと思ってんだ。
企業は利益を追求する為にあるんだぞ。」と叱られた。
今なら、僕はその友達に”You are absolutely right”と言えるかもしれない。
しかし、その時の僕は、だって本当なんだから仕方ないじゃないか、と
心の中でつぶやいていた。

☆ ☆ ☆

社会とか平和とか国際とか総合とか、形があるようで
実際にはないタームが新聞や雑誌に出てくると何故か目が止まった。
理由はわからないけれど、強く僕の内側に訴えかけてくるものがあった。
海外に行きたかった。
だから、僕は22歳で大学を卒業すると、物流企業に就職して
輸入貨物と向き合うことになった。

仕事は楽しかった。
海外にも行かせてもらった。
先輩に追いつこうとおもって、土曜日に学校に通って勉強をして資格も取得した。
上司も厳しいけどとてもよい人だった。
しかし、どこかで心が満たされないものがあった。
朝から終電まで仕事をして家に帰り、翌朝また会社にでかける生活。
このままでいいのだろうかという疑問が頭に一度浮かぶと、
それが頭から離れることは二度となかった。

入社4年目をもうすぐ迎えようという頃、僕は上司に辞表を提出した。

☆ ☆ ☆

Bradfordの丘の谷間にあるカレーハウスのChicken Tikka Masalaはとても美味しかった。
それを食べながら、僕は修士論文では人権について書こう、
難民のことを取り上げようと決めた。
しかし、どこの国に絞って書くかということが決まらなかった。
色々と考えた挙句に、僕はアフガニスタンのことを書こうと思った。

理由はいくつかあった。
第一に、留学先にはパキスタン出身のイスラム教徒が多く住んでいて
イスラム教に興味を持ち始めたから。
第二に、アフガニスタン難民の数は統計的に世界で第一位だったということ。
そして、第三には、難民が大量に出ていたにもかかわらず、
国際社会に見捨てられて十分な人道支援が行き渡らなかったという
事実を知るようになったこと。

アフガニスタンを修士論文の題材に選ぶ理由を考えながら、
しかし同時に、僕はそんなのはみんな後づけの理由だということを
心のどこかで知っていた。
僕は、自分の感覚がアフガニスタンを求めている、ということを
心のどこかで感じ取っていただけだったのだ。
度重なるアフガニスタンの戦争の歴史と緩衝国家としての悲劇的な役割が
心に触れて、この国のことをもっと知りたいと思っただけだったのだ。

イギリスから日本に帰って2週間後に仕事が決まり、
そして、1ヶ月半後には僕はその恋焦がれた国で働くことになった。

☆ ☆ ☆

アフガニスタンで働くことが決まってから、ブログを書き始めた。
国も言葉も宗教も文化も違う場所で、自分が見たこと、聞いたこと、感じたことを
書いたら、興味を持ってくれる人もいるんじゃないかと思ったからだ。
でも、本当はただ、ブログを通じて、僕が存在しているということを
確認していたかっただけなのだ。
何かを書いて発信していたら、僕の不安定な気持ちも少しは和らぐのではないか。
文章ならなんとかなるかもしれないと思ったのは、
高校生の時から日記をつけていて書くことには慣れていたし、
何かあるといつも文章にして思いをぶつけていたからだった。

1年前に取材してくれたフリーランス・カメラマンの影響で、一眼レフカメラも始めた。
言いたいことを写真に託したり、被写体の内側まではフォトグラフできないけど、
だんだん好きになってきた。
文章と写真で生きたしるしをこの世界に残せたらどれだけ幸せだろう。
自分は確かに存在していたんだと確信できるものが残るのであれば、
僕は地位も名誉も財産も何もいらない。

今日、仮にテロで巻き込まれて死んだとしても、
僕には自分の書いたブログが残る。絶え間なく情報が発信される世界の中で、
このブログなんて通り過ぎても誰も気がつかない
ほんの小さなチリみたいなものかもしれないけど、
それでも何もないよりはマシだ。

ブログもサッカーとギターと同じで、結局、僕と世界をつなげてくれていたのだ。

☆ ☆ ☆

頭の中がごちゃごちゃして説明がうまくできないけれど、
僕は現実から切り離されてしまっていて、それが怖いから
現実とつながっていられるもの、自分とそれをコネクトしてくれるものに
すがっていただけだった。
そして、結局はその現実浮遊感から逃れられずに物理的にも浮遊してしまった。
向こう側の世界に見えるものに忠実に従うままに、
僕はこうしてアフガニスタンへやって来た
(そして、これからも向こう側の世界から語りかけてくる言葉に従うままに、
やがてはやってくる死にゆっくりと向かいながら現実の世界を寂しく
生きて行くのだろう)。

向こう側の世界が似ている人の心の内側を体のどこかで感じ取ることがある。
世界観が似ている人と一緒にいるととっても心地よく感じることがある。
アフガニスタンで働く人には、そうだと思える人が沢山いた。
少なくとも僕の周りには。

これまで色んな場面で色んな人に
「なんでアフガニスタンで働きたいと思ったんですか?」
という質問への答えを説明してきた。
だけど、どれだけ上手く答えようとしても、
その説明しようとしている自分をどこかでうそ臭いと思いながら
俯瞰して見ている自分がいた。

アフガニスタンを離れる今なら、僕はその答えを言えるかもしれない。










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by aokikenta | 2007-10-27 22:02 | 日記(カブール)


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