2007年 09月 15日
オレンジ色の夕陽とG線上のアリア
 地平線に沈もうとするオレンジ色の夕陽が、とてつもなく大きく見えたのでシャッターを切ったけど、よく考えたらどの高さにあろうと太陽の大きさは物理的には変わってなくて、回りに比較の対象があるから大きく見えるだけなのだ。人間の目ってつくづくいい加減にできてますね。脳みそも同じようなもので、こうなんだ!って信じて疑わないことだって、それが絶対の真理だという保証はどこにもないのでしょう。だから、イスラム原理主義者もいればパシフィストもて、リアリストがいればリベラリストもいるわけで、彼らが(もしくは我々が)自分の立場の拠り所が何に由来しているのかに気がつかない限り、異なる立場の人々が歩み寄ることはないわけだ。そうしたら原理主義者もパシフィストも目くそ鼻くそってこと?

 銃を撃つのは気持ちが良くて、持つことでとても大きな安心感が得られる。トートバッグのお化けみたいな砂が何トンも詰まった防壁と、カラシニコフを抱えたグルカ兵の武装警護に囲まれているコンパウンドに入れば、外国人の誘拐もIEDも自爆テロも全く別の世界の出来事に感じられて、ここにいれば大丈夫だという安心を買える。アフガニスタンにあるターゲットになり得る団体にいる人で、武力を放棄しろと言われて、その場で「はい」とバカ正直に答える人はいないだろう。要求が余りにも現実と乖離しているからだ。もちろん、将来的には、多くの人が武器のない世界というものを夢見るのだろうけど、日本にいるのと紛争の現場近くにいる場合とでは、互いの視野に入っている範囲が異なりすぎて、議論をしてもとても妥協点を見いだせるとは思えない。

 憲法第9条も海外への自衛隊派遣もテロ特措法の延長も、みんな同じ線上にある戦場にまつわる問題に思えてくる。そうしたら、いっそ議論を始める前に、みんなで一緒にピナコラーダでも飲みつつ、G線上のアリアでも聴きながら、地平線に沈み行く太陽を肩を並べて見てみたら、これまでにはない実りあるディスカッションができるのではないだろうか。

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→F10マルカスから見る夕陽
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by aokikenta | 2007-09-15 03:36 | 日記(カブール)


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