2007年 09月 06日
メールアドレスとアイデンティティー
導入:Introduction
ラップトップに向かいながら、ある仮説が頭をよぎった。
個人メールアドレスの名前の付け方には、そのメールアドレスの所有者のアイデンティティーの成り立ち方が色濃く反映されているのではないか。

息子であれ娘であれ動物であれぬいぐるみであれ、あるものに名前を付与する行為には、名前を付与する人間の個性が滲み出るものだ。憧れの人みたいになって欲しいので、その人の名前を拝借する人もいるだろう。なんとなく語感が好きだから、惹かれる名前を付ける人もいるだろう。自分の名前を一字とって付ける人もいるだろう。

しかし、メールアドレスの名前の付け方は、動物など他者に名前を付与する行為とは根本的に異なる。メールアドレスに名前を付与することはそのアドレスの所有者(私)の分身に名前を付けることなのである。私の分身という言い方は少しぼんやりとしていて理解しにくいかもしれない。こう言い換えてみよう。メールアドレスは他者とのコミュニケーションをする時に、一番最初に入力するものだ。つまり、それを入力する事によって、他者は私と連絡を取り相互に意見を交わすことが可能になるのであり、いわば、私の顔にあたるのである。

私の顔であるメールアドレスに名前を与える際には、当然、誰しもが細心の注意を払う。私が他者からどう見られたいか、私は他者に私という人間をどう見せたいか、私はどういう側面で持って私であるという自己同一性を確立しているのか、が自然と反映されてしまうのである。

次の章では、最近、メールアドレスを取得した三名に登場して頂き、彼らがどうやって名前を選んだのかについてみてみよう。尚、本仮説を個人のメールアドレスに限定するのは、仕事のメールアドレスは所属する組織から与えられたものであり、本人の恣意性が入り込む余地がないからである。

ケース・スタディー:Case studies
(1)鈴木太郎さん
誕生日が1月1日の鈴木太郎さんは、メールアドレスの名前をどうしようか考えていた。やっぱり、個人のメールアドレスだから僕のアドレスだと誰からもわかりやすいのがいいな、そしたら、僕の特徴って何だろう、僕が僕だと同一視させる要素は何であろうか―――。

鈴木さんは、そう考えた末に、suzuki_taro_0101@hotmail.xxx というアドレスを取得した。先祖から受け継がれている苗字と、この世に生誕した日付を、自分が自分足りえる最も顕著なものと判断して、メールアドレスの名前に付与したのであった。

(2)山田明子さん
一方、鈴木さんの友人の山田明子さんも、最近になってメールアドレスを取得した。山田さんは、こう考えた。みんな誕生日とか名前とかをメールアドレスにするけどそれってカッコよくないよなぁ、メールアドレスって別に名前じゃなくって自分の好きなものとか自分をよく表してるものの名前でいいんじゃないか―――。

山田さんは、そう考えた末、strawberry@gmail.xxxというメールを取得した。

(3)田所勝さん
鈴木さんと山田さんの知り合いで、AAA会社の田所勝(まさる)さんは、こう考えた。メールアドレス何にしようかな、うーん、僕の特徴って一体なんだろう、あー、僕は今働いている会社の名前をメールアドレスにつけよう。

田所さんはそう考えた末、tadokoro_AAA@yahoo.xxx というメールを個人のメールとして取得した。

分析:Analysis
(1)鈴木さんの場合
鈴木さんのケースは、おそらく最も多くの人が選択するメールアドレスの付け方である。自分の苗字は先祖から伝わってきたものだし、名前は両親が頭を悩まして付けてくれた名前である。また、誕生日は、この世界に存在することを開始した日である。従って、連綿とつながる鈴木家の人間としてのアイデンティティーを鈴木さんは確立しているのである。

もう一つ別の見方をすれば、鈴木さんは他の何でもなく自分の名前を選んだことから、自分という人間を好きなナルシストだという見方もできる。私は私である、所属組織や血液型や身長や体重など他の何ものによっても規定される人間ではなく、私は私なのだ。こういう強い主張も見え隠れしている。

(2)山田さんの場合
山田さんのケースも(1)に次いで、多いパターンである。山田さんはイチゴが大好きで、自分という人間を、イチゴが好きな私として認識しているのである。幼い頃から、山田明子さんは、ピンク色とイチゴとぬいぐるみが好きな女の子で、イチゴみたいに可愛いね、と言われると嬉しくてたまらなかった。そんなポップな女の子でありたい、私はそういう人間だという心の表れがこうしたメールアドレスを選ばせたのであった。

別の見方をすれば、山田さんは、女の子らしい女の子として他者から見られたいという願望を潜在的に持っているということもできる。イカの塩辛と芋焼酎が好きだからといって、ikanoshiokara_imojouchu@gmail.xxx というアドレスを取得する女の子は、残念ながらあんまりいないのである(仮にいたとしたら、僕は好きになってしまうかもしれない・・・)。ストロベリーという言葉に対して社会的に付与されたイメージ、甘い、美味しい、可愛らしい、を自分にも与えたくて選んだのだという見方も可能であり、山田さんは可愛く見られたい願望が強いとも言えるのである。

(3)田所さんの場合
田所さんのケースは、あまり散見されるものではないが、稀に見られるパターンである。所属組織から命じられて、仕事用でこうしたアドレスを取得する分には、本人の嗜好は反映されない。しかし、個人のメールアドレスで所属組織の名前を付けるという場合は、自分をその組織に所属するものとして強く認識しているということの表れである。この名前の付け方は、日本での社会通念に相通ずるところがある。

日本では、自己紹介をする時に「○○会社の△△です」という言い方が一般的である。これは、私を△△として同一視するよりも、私を○○会社の一員として同一視する傾向を如実に示している。一方、欧米では、”Iam XX of AAA company.”という言い方が一般的である。これは日本語と英語の言語の違いもあるが、その言語を形作る思考回路、システムの違いから来る部分が多い。

こうした違いがあらわすのは、日本人は所属組織の一員としてアイデンティティーを形成する傾向が強く、欧米の人々は、私が私であるということでアイデンティティーを形成する傾向が強いということである(ちなみに、筆者はメールを書く際には名前・タイトル・組織の順番にするようにしている)。

結論:Conclusion
メールアドレスには、所有者のアイデンティティーが見え隠れしている。自分が自分をどういう人間だと考えているか、自分は他者からどういう風に見られたいのか、そういった所有者の内面が避けがたくメールアドレスには表れてしまうのである。

この理論はメールアドレスのみならず、パスワードを考える際や、ホームページのタイトルやアドレスを考える際にも適用できるかもしれない。一度、自分が付けた名前を見直して、名前を付けた当時、自分はどのような心境だったのか、自分は自分のことを何者だと考えていたのかを分析して、あらためて自分がどういう人間であるか見つめなおしてみてはどうだろうか。

(了)
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by aokikenta | 2007-09-06 19:35 | 日記(カブール)


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