2007年 06月 29日
2007年5月26日(土) マシュハド1日目
 旅の出発点はアフガニスタン国カブール州。North Faceのバックパックを背負い、Canonの一眼レフカメラを肩から下げて、午前8時30分に事務所を出た。9時にはカブール空港へ到着し、メインターミナルでさっさと搭乗手続きを済ませた。飛行機が来るまでの間、カブール空港の待合室で、岡崎正孝著『基礎ペルシア語』をペラペラとめくりながら時間を潰していた。

 今回の旅ではペルシア語を少しは上達させたいな。裏側にはそんな企みもあった。アフガニスタンに赴任すると決まったときから、現地語はマスターしなければと意気込んでいたが、なかなかどうして、仕事が忙しくて言葉を習う時間が取れないまま1年半以上が経過していた。紛争屋は仕事をする上では英語で充分、現地語を使うと余計な誤解が生まれかねない。それも確かに事実なのだが、アフガニスタンで仕事をする以上、現地の人々が話している言葉を理解することが非常に重要だというのもまた疑いようのない事実なのだ。人間は言語を交換する生き物だ。交換される言語は、使用する人々の世界観を表している。日本語で理解をすれば、日本語というシステムの枠に囚われてしまう。英語も同じだ。だから、アフガニスタンの公用語を覚えよう、覚えるのはイランやタジキスタンでも使えるダリ語にしよう、とかねてから思っていた。先生から習えないなら、毎日少しずつ独学していけばいい。

 厳密に言えば、イランで話されるペルシア語とアフガニスタンで話されるダリ語は少し違うのだが、ダリ語はペルシア語の方言なのでお互いに通じ合う。だから、ペルシア語の上達はダリ語の上達に直結するのだ。ペルシア語を使わなければ、宿が取れない、ご飯が食べられない、行きたい場所に行けない。そういう環境に置かれれば、きっと言葉が上達するに違いない。イラン旅行の背景には、言葉の上達にかけるそんな思いもあった。

 飛行機は予定通り午前11時にカブール空港を出発した。窓側の席で、埃っぽくて赤茶けた大地を下に見ながら、いよいよ旅がはじまったなとがらがらの飛行機の中で感慨深く息をついた。落ち着いた所で、音楽でも聴くかとMP3プレーヤーを取り出そうとすると、横に座っている人が僕に顔を近づけてくる。なんだこの人はと思って振り返ると、飛行機から見える絶景に目をうるうるさせている若者だった。栗色の髪の毛をした、青い目のアフガン人の若い男性。初めて飛行機に乗るのかなぁ、と思って「綺麗だね」と声をかけると「ああ、とても綺麗だね」と感傷的な声で返してくる。僕はいつでも飛行機に乗れるし、代わってあげるかと思い、席を交替してあげた。彼は満足げに窓際の席を占領し、飽かず窓から景色を眺めていた。

 少し会話を交わした所では、彼はイランへ片道切符で仕事に行くらしかった。アフガン人が片道切符でイランへ出かけるという構図だけで、なんだか同情的になってしまったが、見ず知らずの日本人に同情されるなんてきっと大きなお世話だ。むしろ、一人でマシュハドに向かう日本人の図の方がよっぽど同情的な光景だ。

 「ここがヘラートだ」「綺麗だろ」なんて言葉を交わしながら、約2時間でマシュハド空港に到着した。現地時間で午後12時30分になっていた。市内まで時間もかかるだろうし、早めに宿探しに入ろうと思い、両替だけを済ませてタクシーに乗り込むことにした。空港の両替屋で100ドルを約92万リエルに両替して、タクシー乗り場に行こうと思ったが、それがどこにあるのかもわからない。両替屋の兄ちゃんに「タクシー乗り場はどこだ」と聞いてみたら、マシュハド市内へ向かうバスのチケットをくれた。ただではもらえないと思い「お金は?」と聞くと「そんなの要らないよ」との返事。旅先で触れる人の優しさに素直な感動を覚えた。イランはきっといい国に違いない!爽快な気分でバス乗り場へ向かった。

 バス停で煙草を1本吸っている内にバスはやってきた。何処へ行くバスなのかよくわからなかったので「イマム・レザー」と一言つぶやいてみた。そしたら、問題ないようなことを言うので、そのバスに乗ることにした。

 イランの道路は綺麗に舗装されていて、道端に並ぶお店や建物も整然としていた。これが隣国!?というくらいの衝撃。パキスタンよりも断然綺麗だ。道行く人も、男性はほとんどが洋装で洗練されている。女性は黒いチャドルを着ていて、シーア派の大国であることを痛感する。

 30分ほどで、開けた場所に到着した。バスから降りてなんとなしに前を見ると、ターコイズ色をしたドームと黄金に輝くドームが目に入った。
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 誰に聞くまでもなく、それはハラム・イマム・レザーなのだとわかった。12人いるイマムの内の第8代イマム・レザー。イラン国内にあるイマムの廟はマシュハドにあるこのハラムのみで、レザーはイラン人から特別な尊敬を集め、マシュハドは聖地として崇められている。ちなみに、イラクのカルバラにはイマム・フセインの廟があるらしく、一生の内に一度は行ってみたいと思っている。

 こいつは凄いもんを見たという気持ちになって、しばらく眺めていた。

 しばらく眺めてから、宿探しをしようと思い、バスを降りた辺りで適当にホテルを数件当たってみた。後でわかったことだが、バスを降りた場所はベイトル・モガッタス広場というラウンドアバウトで、マシュハドでも一番活気のある地域だった。ホテルも沢山あったので、宿探しには苦労しなかった。まずは高い所から見てみようと思い、高級そうなホテルから聞き込みを開始した。大体どこも40ドル、50ドルくらいが相場のようだ。快適で少し安い所があるだろうと思って、少し横道に入って中級ホテルに聞く事にした。

 あるホテルに入り「1泊いくらですか?」と聞くと、「2万だよ」と帰ってくる。1泊2万リエルということは、約2ドルってことなのか!と思い、不審に思ったが、部屋を見ても快適そうで文句のつけようがない。よしここにしようと思って、サインをしかけたが、もう一度聞いてみたら、2万トマン(約22ドル)のことだった。この時始めて知ったのだが、イランでは10リエル=1トマンであり、トマンとリエルは日本で言えば円と銭のような関係にあるのである。2万トマンということは、20万リエルだから・・・と考えていると、さっき換えた100ドルの約1/5に当たるではないか。1泊でそんなにとられたんじゃ、この先が思いやられるということで、サインを思いとどまった。

 ホテルの人にもっと安い所はないのかと聞いてみたら、案内してくれるということで、言われるままについていくと、案外綺麗なところを13万リエル(約14ドル)で紹介してくれた。約14ドルでこのホテルは安いということで、その「ナイム・ホテル」という所に泊まることにした。
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↑ベイトル・モガッタス広場

 ホテルにチェックインをし、荷物をほどいてからベッドに横になりながら、何をしようかなと考えた。第一に、ガイドブックも何も持たず、事前にインターネットで調べもしないで来たので情報を集める必要があった。それに、アフガニスタンといつでも連絡を採れるように連絡手段を確保する必要があった。よし、地図とSIMカードを買おう。そう思い立って、外に出かけていった。

 外に出たはいいが、ハラムが余りにも美しいので、地図とSIMカードは後回しにして、ハラムの中へ行く事にした。何も分からないのでゲートから入ろうとしたら、あっちに行けと警備員に言われるので行ってみると、案内所だった。モスリム以外の外国人は別口で受付をしなければならないらしい。結局、ガイドさん付きでハラムの中を案内してもらうことになった。

 ハラムの中は素晴らしかった。ターコイズ色のドーム、壁に貼られた蒼いタイル、広大な中庭。これ以上すごいイスラムの集合施設はないんじゃないかって思うくらい、空間があって、美しくて、威厳があった。惜しむらくは写真が撮れないということで、ハラムの中で撮影した写真は一枚もない。また、外国人として入った為に、この日は真に重要な部分には立ち入れなかった。無念。
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↑外側から撮影

 旅は8日もあるので慌てることはないか、ということで1時間30分くらいで外に出て、街をぶらぶらすることにした。ハラムのすぐ近くにはバザーレ・レザーを初めとしてお店が所狭しと立ち並んでいて活気に満ちていた。一人でぶらぶらと街歩きできる喜びをかみ締めながら、ツーリスト・インフォメーションでただの地図をゲット。次に、SIMカードを買おうと思ってお店に入ったら、35ドルもすると言われた。アフガニスタンなら10ドルなのにそんなわけないだろうと思って外に出た。後でイラン人達と話してわかったことだが、35ドルでもそれほど高くないらしい。イランのSIMカードは法外に高いのだ。

 ぶらぶらしていたら旅行代理店があったので、ついでに移動の手配も済ませておこうと思って、飛行機と列車の予約をすることにした。お店の人に聞いたら、イランの交通網はよく整備されていて飛行機も列車もバスもあるということだった。バスで長時間揺られるのはつらいものがあるので、飛行機か列車で旅を組もうと思って、お店の兄ちゃんにお願いをした。空いてるスケジュールで入れてもらったら、次のような手配になった。

5月29日(火) 11:00マシュハド - 12:00テヘラン(飛行機)
           22:20テヘラン  - 06:00イスファハン(+1、列車)
5月31日(木) 19:15イスファハン- 15:15マシュハド(+1、列車)

 イスファハン-マシュハド間は20時間かぁ・・・と少し暗い気持ちになりながら、お店を後にした。チケットのピックアップは明日でいいという。

 もう午後8時を回っていたので、インターネットカフェに入って、とりあえず無事であることを事務所に伝えてから、飯を食うことにした。晩御飯は、チキンとナンとサラダ。焼いただけのチキンかと思って食べたら、柔らかくてものすごく美味しかった。全て平らげてから、ホテルに戻った。シャワーを浴びて日記を書き終えたら、すぐに眠くなって、ベッドに横になったら一瞬で寝てしまった。

 その後、夜中に喉が渇いて何回か目を覚ましては水を補給した。カブールと対して気候は変わらないのだが、デスクワーク生活の身にはイランでの町歩きが堪えたらしい。退廃していたのは精神だけではなく肉体の方もだった。
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by aokikenta | 2007-06-29 22:20 | 隣接国探索①奔流イラン編


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