「ほっ」と。キャンペーン
2007年 06月 29日
2007年5月30日(水) イスファハン1日目
e0016654_15512692.jpg
 昨日は  22:20テヘラン発の夜行列車に乗って、部屋に入ったら6人部屋だった。どうやってこんな狭い所で6人も寝るんだろうと思っていたら、回りの人がベッドをセットしてくれた。壁に畳まれていたベッドを出して3段ベッドにするのだ。列車の中では、アーメッドとモフセンというテヘランの大学生2人と仲良くなって話しをしていた。大学が休みになったので、故郷のイスファハンへ帰るのだという。将来は体育の先生になりたいと言っていた。なんでこれまで会った人はみんな体育の先生になりたいのだろう?

 ベッドで横になっていると夜行列車の揺れが心地よくて、すぐに寝てしまった。飛行機の旅も快適でいいが、列車の移動も悪くない。

 午前6時30分頃、8時間強の旅を終えてイスファハンに到着した。全く地理がわからないので、駅の案内所にいた人に地図をくれと言ったが、ここにはおいていないということだった。ガイドブックも何も持っていないので、しょうがなくタクシーの運転手を掴まえて、何処かのホテルまで行ってもらうことにした。察しのいいその運転手は、イスファハンの中心部であるスィー・ウー・セー・ポルという橋の近くのホテルをいくつか当たってくれた。5箇所くらいに値段を聞いてみたが、どこも50ドルくらいするので、こういう観光地では安いホテルはないのかなぁと思って諦めかけていたら、中級のホテルが24000トマン(約26ドル)だというので、マシュハドのホテルよりは高いけどいいかと思って泊まることにした。名前は「イラン・ホテル」と言う。

 睡眠時間が短かったし、まだ観光名所もやってないだろうと思ったので、シャワーを浴びて仮眠を取った。気がついたら3時間くらい寝てた。

 10時30分頃から本格的にイスファハン巡りを開始することにした。ホテルのフロントで地図をもらえたがよくわからなかったので、受付のおじさんに聞いてみたら、メイダーネ・イマムへ行けと言う。そこがきっとイスファハンの中心部なんだろうと思って、道を説明してもらって、行く事にした。

 途中で、メロンジュースと揚げパンを朝食代わりに食べて、10分くらい歩いたら、メイダーネ・イマム(イマム広場)に辿り着いた。視界が開けたと思ったら、とてつもなく大きな広場に出た。
e0016654_15521538.jpg

↑メイダーネ・イマムの中のマズジェデ・イマム(イマム・モスク)

 メイダーネ・イマムは圧巻だ。「イスファハーン・ネスフェ・ジャハーン(イスファハンは世界の半分)」という有名な言葉があって、旅で知り合ったイラン人にも言われていたのだが、この広場がその諺を言い尽くしていた。メイダーネ・イマムはイスファハンのミニチュアだ。
e0016654_1552581.jpg

↑シェイフ・ロトゥフォラー・モスク
e0016654_15534342.jpg

↑アリ・ガープー宮殿

 綺麗なところだなぁと思って、広場のベンチで煙草を吸いながら、ぼんやりとマズジェディ・イマムとシェイフ・ロトゥフォラー・モスクとアリ・ガープー宮殿を眺めていた。こういう遠景はどうやって写真に収めたらいいんだろうかと考えていたら、若者2人に声をかけられた。格好いいマウンテンバイクに乗る今風のイスファハンに住む若者だ。彼らは全く英語ができなかったので意思疎通に苦労したが、ノリがいいので仲良くなった。イランで日本の印象はすこぶる良いようである。
e0016654_15542694.jpg

↑マウンテンバイカーの若者 at メイダーネ・イマム

 会話の内容はあまり覚えてないが、とりとめのない話を小1時間もしていた。ちょっと、あそこのモスクに行ってみると言って別れた。イランに来てからずっと歩き回っていて疲れていたけど、せっかくだからと思ってマズジェデ・イマムの中に入ることにした。

 マズジェデ・イマムは青が綺麗なモスクで、長い時間いても飽きる事がなかった。モスクの中の空間と言うのはどうやって写真に収めたらいいんだろうとまた悩みながら、適当に写真撮影をした。
e0016654_15551236.jpg

↑マズジェデ・イマムの中
e0016654_15555270.jpg

↑広角レンズが必要かもしれない

 モスクを出てから絵葉書を5枚買ってから、昼飯を食べに行く事にした。マシュハドではチキンばかり食べていたので違うものが食べたいなぁと思って、さっきの若者2人に紹介してもらったアーベ・ゴーシュテ(直訳すると「肉の水」の意)なるものを食べに行くことにした。どんな料理なんだろうと思って、メイダーネ・イマムに隣接するバザールの中にあるレストランで注文をしたら、石焼ビビンバみたいながっしりとした壺みたいなものとナンが出てきた。壺の中には羊の肉を煮込んだ料理が入っていて、お店の人がその煮汁をボールに移してくれた。その煮汁の中にナンをちぎって食べるんだよと教えてくれた。なるほど、アフガニスタンのシャルワみたいなもんねと思って、ナンを放り込んで食べた。肉の味がよく出ていておいしかった。

 レストランを出て、広場にある芝生で寝転がりながら家族と友達に絵葉書を書くことにした。僕が旅先から絵葉書を書くようになったのは、多分、25歳の時に四国にお遍路をしに行った辺りからだ。それまではあまり書きたいと思わなかったのだが、最近は旅先で絵葉書を書くのが滅法好きだ。

 書いている所で、さっきとは別のもっと若い2人が声をかけてきた。イラン人は好奇心が強い。2人はサイードとアフマドと言って、イスファハンの高校生だ。学校の帰りにこの広場へ来てくつろいでいたのだと言う。15分くらい話していたら、何故だかわからないが、明日一緒にイスファハンの町を歩く事になり、明日午後2時に同じ場所で!という約束をしてしまった。一人で回るよりイラン人と回った方が楽しいだろう。
e0016654_15563186.jpg

↑サイード(右)とアフマド(左)
 
 やることをやったので、少し休憩するかと思って、宿泊先のホテルへ戻って本など読んで過ごした。

 休憩をしてからは、色んなイラン人から進められたスィー・ウー・セー・ポル(直訳すると「33の橋」の意。アーチが33個ある。)へ行く事にした。ホテルから歩いて約10分。なかなか立地条件のいいホテルじゃないか。着いて見るとちょうど夕暮れ時で、ロマンチックな橋の情景と夕焼けがとてもよくマッチしていた。
e0016654_15572157.jpg

↑スィー・ウー・セー・ポル近く、夕暮れの川べり
e0016654_15575534.jpg

↑スィー・ウー・セー・ポルの上より

 誰かに伝えたいくらい余りにも美しい風景なのに、周りに誰も伝える人がいないので、写真に収めて僕だけの秘密にしておくことにした。人生の中で"Will you marry me?と言う事が仮にあるとすれば、それはきっとこんな場所なのだろう。一緒に来る人が出来たら、また来よう。

 他にも同じ川にかかる橋がいくつかあるらしいのだが、明日にすればいいかと思って、インターネットカフェに寄ってから晩飯を食って、ホテルへ戻った。ホテルではベッドの上でゴロゴロしながら、日記を書いた。何かを書けば、僕は僕らしさを取り戻せるんじゃないか。インクの切れたトナーのように不完全なアウトプットしか出せなくなった僕でも、軽く振った後の数十枚の鮮明なプリントくらいの品質に戻れるかもしれない。肉体的疲労は少しは仕事の事を忘れてさせてくれるだろうか。
[PR]

by aokikenta | 2007-06-29 18:20 | 隣接国探索①奔流イラン編


<< 2007年5月29日(火) テ...      2007年5月31日(木) イ... >>