2007年 06月 29日
2007年5月31日(木) イスファハン2日目
 すっきりと目が覚めて、朝食にはナンと目玉焼きを2つ平らげた。今日は昨日見られなかった場所に行こうと思って、スィー・ウー・セー・ポルからザーヤンデ側に沿って東に歩いて別の橋を見ることにした。マシュハド行きの電車は今日の夜7時15分発なので、チェックアウトをしたが、荷物を預かってくれるというので大きな荷物だけ預かってもらって出発した。

 イラン・ホテルを出てザーヤンデ川に向かう途中で、ターコイズのジュエリーや色鮮やかなスカーフが売られていたので、お土産に買うことにした。どれがいいかなぁと品定めしながら、表参道を思わせる並木道をウインドーショッピングして歩くと、何だかこういう時間をずっと忘れていたような気がして、とてもかけがえのないものに思えてきた。案外、後からこの旅行を思い返してみた場合、メイダーネ・イマムで見た荘厳なモスクよりもこういった時間の方を鮮明に思い返すのかもしれない。買い物を終え、昨日書いた絵葉書を郵便局で投函して、ようやく本格的に歩き出した。途中で、改築中の青いモスクをみかけた。イスファハンにはこういうモスクが至る所にある。
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↑道端のモスク

 昨日見た橋を起点に、川沿いを東に歩いている途中で、イラン人の男性2人組に声をかけられた。見るからに日本人らしき人が歩いているので気になって声をかけてきたらしい。背が高くてぽっちゃりとした男と、ひょろっとしてメガネをかけた男だったのだが、このひょろっとしてメガネをかけた方が話す英語が流暢で、なんでそんなに流暢なのと聞いたら、英語の先生をしているということだった。なるほどねと思って、会話をしながら歩いていると、ポレ・ハージューという橋に到着した。

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↑ポレ・ハージューの下には豊富な水をたたえるザーヤンデ川が流れる

 ポレ・ハージューの中を、出会ったイラン人2人組と歩いていると、日向よりもずっと気温が低くて気持ちが良い。日陰になっている上に、風が通り抜ける仕組みになっているので、夏でも涼しいのだ。加えて、歩いている下には川がさらさらと音を立てながら流れていて、実際の温度に加え視覚的にも聴覚的にも涼しさを感じさせる。近くのキヨスクでチャイを買って、座りながら会話をした。これで、味覚と嗅覚も満足した。

 彼とは英語で話せたので色々と込み入った話をすることができた。彼が言うにはイランというのは元々「アーリア人の国」という意味で、先祖は数千年前にロシアとヨーロッパ方面から移住してきた人々が建国したのだと言う。言われてみれば、イランにはドイツ人みたいな顔をした人が沢山いて、ドイツ語を喋ればそのままドイツ人だろうなと思わせる人が沢山いた。イランの隣の国であるアフガニスタンにも似たような話しがあって、今でも「アリアナ航空」という航空会社があるように昔はアリアナと呼ばれていた。しかし、アフガニスタンに住む最多数民族であるパシュトゥン人の顔はどう見ても、ロシア・ヨーロッパ系の顔立ちには見えない。代わりに、青い目をした金髪のアフガン人を見かけることはたまにある。そう考えると、アリアナと呼ばれていた頃のアフガニスタンはパシュトゥン人が主体となって作ったアフマド・シャー・ドゥッラーニー王朝とは別の代物で、イランの一部分だった頃の名称が残っているだけなのかもしれない。

 もう一つ彼が話してくれたことで印象に残っているのは、第二次世界大戦中、ヒトラーがイランを攻めなかったのはドイツ人とイラン人が同じ人種だからだという話。ドイツとイランはとても深いつながりで結ばれているのだ。ドイツ政府がアフガニスタン支援に資金を多く拠出しているのも、この祖先の時代の話と関係があるのだろうか。気になるところだ。

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↑英語の先生(写真右)とその友達。ポレ・ハージューにて。

 話しに夢中になっている間に、昨日サイードと約束をした時間の2時に近づいていたので、慌ててメイダーネ・イマムへ向かうことにした。向かう途中で、シュワルマを買い食いし、早歩きで昨日の場所へ戻った。

 メイダーネ・イマムに着いたのは約束の2時を15分過ぎていた。昨日の場所にサイードはいなかった。申し訳ないことをしたなぁ、と思って途方に暮れていると、見た事のある顔がこちらに近づいてきた。良く見たら、昨日会ったもう一人の方アフマドだった。約束に遅れた事を詫びて、サイードはどうしたのと聞いたら、ケンタが遅いからもう帰っちゃったと言う。やっぱりそうだったかと、時間にルーズになったことを後悔した。

 アフマドが僕の気持ちを察したのか、とりあえず二人でどこか行く?と言うので、アリ・ガプー宮殿に登ってみることにした。アフマドはペルシャ語をあまり理解しない僕にも面倒見良く付き合って、色々と説明してくれた。話している内容が難しかったので、内容はほとんど理解できなかったが、説明してくれる彼の気持ちはとても良く理解した。

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↑アリ・ガプー宮殿からの景色はすこぶる良い
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↑アリ・ガプー宮殿から見るシェイフ・ロトゥフォラー・モスク

 アリ・ガプーのテラスはとても高い所にあるので、メイダーネ・イマムを一望できた。イスファハンのミニチュアであるメイダーネ・イマムを一望すると、イスファハンを征服したような感じがして、イスファハンに都をおいたシャー(王)の気分を想像した。

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↑アリ・ガプー宮殿のテラス

 外に出てからアフマドとおしゃべりをして、午後4時くらいになった時に、お礼を言って別れた。列車に乗り遅れるとまずいと思って、イラン・ホテルに戻って荷物をピックアップした。旅も終盤にさしかかり少し疲れていたので、僕の表情を見たホテルの主人が、「イランでは疲れた時はチャイを飲むんだ」と言って、チャイをタダでご馳走してくれた。テレビでやっているレスリングをみながらチャイを飲んでいると、本当に疲れが取れるような気がした。不思議なもんだ。

 午後5時、ホテルの主人にお礼を言って、イスファハン駅へタクシーで向かった。

 イスファハン駅で本を読んだりしながら列車を待ち、予定通り午後7時15分の列車に乗り込んだ。イスファハン滞在は2日あったが、どちらの日も移動に重なってしまった事が少し残念だった。マシュハドにはマシュハドの良さがあり、イスファハンにはイスファハンの良さがある。またイランに来る機会があったら、どちらの都市も訪れよう。但し、その時はイスファハンをもう少し長めにして。

 列車は、行きと違って4人一部屋になっていて、2段ベッド使用だったので前よりも少し頭上にスペースがあった。列車が動き出して、少ししてインド映画が備え付けのテレビで始まった。チープな映画だなと思いながらも見ていると、8時になって突然止まった。列車もそれに合わせるように停車をしたので、この列車は直行じゃないのかなと思ったら、僕の部屋の人も含めて乗客が全員降りていくので、一体何事かと思った。一人で状況がわからず、部屋に取り残されていると、窓の外で「ナマーズ、ナマーズ!」とスピーカーで駅員さんがみんなに呼びかけている。なんだお祈りの時間だから停車したのかと思い、さすがイスラム教国イランではお祈りの為に列車を止めるんだなぁとしきりに感心した。

 みんな戻ってきて少し落ち着いてから、午後9時くらいになった時に、同じ部屋のおじさんに連れられて食堂車で晩御飯を食べる事にした。窓の外は真っ暗で何も見えなかったが、食堂車の中で今日会ったばかりのおじさんと、ライスにバターをかけたものとケバブを食べていると、やけにここはイランだなと感じた。

 部屋に戻って、横になると10時くらいには眠たくなって、本も読まず、音楽も聴かないで寝ることにした。旅の終わりは近い。
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by aokikenta | 2007-06-29 17:20 | 隣接国探索①奔流イラン編


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