2007年 03月 26日
リエゾンに主観性は入り込むべきなのか
リエゾン(liaison:連携、連絡、折衝)という言葉は国際協力業界でとりわけよく使われる言葉なのだが、リエゾン担当の役割をよくよく考えてみると人によって答えは違うのではないかと思う。

一方で、現地と本部のリエゾン担当に求められる役割について考えてみると、単なる連絡業務で良いということが可能である。メール、スカイプ、電話などのコミュニケーションツールを使って、本部と話をして、本部の意向を現場に伝える、反対に現場の意向を本部に伝える。この考えで言えば、リエゾン担当には主観は全く求められず、客観的に情報をトスする役割のみが求められる。情報の操作などは一切せず、すべての情報を開示することがこの場合の役割だ。情報のフォーカルポイントとも言えるし、現地と本部の橋渡し・つなぎ(リエゾンは料理の「つなぎ」という意味にも使われるらしい)とも言える。

他方で、リエゾン担当は、単に情報の通り道という役割のみではなく、情報の取捨選択をすべきだという考え方もあると思う。例えば、現地にいるリエゾン担当であれば、現地に都合がいい方向に進むように本部に対して情報を提供することになる。この考え方を取り入れると、毎日の仕事が交渉のようになる。単に情報のトスだけではなく、自分サイドに有利な情報を恣意的に選択してから開示する手続きをいつも踏むことになる。

いつも前者のやり方を採用していれば両サイドからの信頼を得られるはずである。それが前者のメリットではあるのだが、単なるメッセンジャーという批判もあるかもしれない。特に、リエゾン担当が意思決定者を兼ねている場合、内部からこういった批判が出ることが多いと思う。

果たして、リエゾンに主観性は入るべきなのだろうか。
あくまでも、客観性を重視すべきなのだろうか。

間を取り持つ役割について考えていると、僕の中では坂本龍馬が真っ先にイメージされる。坂本龍馬について例に挙げれば、リエゾン担当よりもmediator、あるいは、negotiatorの方が適当のように思われる。そう考えると、リエゾンという言葉にはもともと連絡という意味以上の語義はないのかもしれない。

じゃあ、今僕に求められているのは一体何なのか?
リエゾン役?それともmediator・negotiator役?
賢くもない頭で精一杯考えてみる。
それしか僕に取り柄はない。
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by aokikenta | 2007-03-26 02:14 | 日記(カブール)


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