2007年 03月 16日
アブドゥル・アリ・マザリ
バザールの中にアーシュラー祭で見たような黒い大きな門があったので、ショップキーパーに「あれは何?」と聞いてみた。すると「あれはアブドゥル・アリ・マザリを追悼する為にあるんだよ」との返事があった。アブドゥル・アリ・マザリは、統一戦線のメンバーだったハザラ人主体の「イスラム統一党」の指導者だった人で、ハザラ人の間で崇拝を集めている人物だ。彼は1995年3月12日にタリバンによって殺害された。今でもハザラ人は3月12日前後になるとアブドゥル・アリ・マザリの死を悼む。

アフガニスタンでは国家よりも部族に帰属意識を持つ傾向がある。パシュトゥン人はパシュトゥン族へのアイデンティティーが強く、タジク人・ハザラ人も同様である。ナジブラー政権が崩壊してからムジャヒディン内戦時代に突入して、部族間の抗争が始まった。軍人のみならず市民を巻き込む激しい戦闘が発生し、また、他部族に対する人権侵害があったという報告もある。表面上は何の問題もないように見えるが、内面では部族間の軋轢は根深いものがある。

先日紹介したアフマド・シャー・マスードはタジク人の指導者で、『マスードの戦い』の中でも優れたリーダーとして描かれている。しかし、彼と敵対していたパシュトゥン人やハザラ人の立場からしてみると、彼がAfghan National Heroとして美化されることには違和感があるのではないか。アブドゥル・アリ・マザリを悼む黒い門を見ながらそういう思いを強くした。マスード軍によって殺された市民も沢山いるであろうし、人権侵害を受けた人も沢山いるはずである。彼らの家族はマスードをこころよく思ってはいないと思う。

アフガニスタンにおける紛争後の平和構築というとDDR(その中でも武装解除、動員解除)が大きな注目を集めて来たが、部族間の和解も重要な課題になり得ると思う(本来、Rの部分には和解の要素が含まれてしかるべきだが)。今年の2月20日に、ムジャヒディンの戦争犯罪・人権侵害を免責にする恩赦法が可決された。正義に基づいた戦争犯罪への対処というものが適切に行われているのか、過去の人権侵害に対してどのように取り組んでいくのか、あらためて問いかけていい問題と思う。少なくとも日本では、これまで特別大きな注目を集めてきた分野ではないと思う。

和解というのは5年・10年というスパンではなく、世代を超える年月を見据えて取り組まなければならない問題だ。成果が見えにくく、しかも年月がかかるので、資金を継続的に集めなければいけない開発援助団体にとっては取り組みにくい分野だと思う。しかし、中央政府の統治のもと多民族が平和に共存する国アフガニスタン、そんなカルザイ大統領の衣装が象徴するような社会の実現を考えた場合に和解を避けて通ることは決して出来ない。

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by aokikenta | 2007-03-16 22:45 | 日記(カブール)


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