2006年 11月 06日
カラシニコフ2
 少し前に紹介した松本仁一さんの著作『カラシニコフ』の第二段『カラシニコフⅡ』をアマゾンで取り寄せて読んだ。Ⅱの方では、取材した地域がコロンビア、パキスタン、アフガニスタン、イラク等なので、Ⅰよりもより身近に感じて読むことが出来た。特に、アフガニスタンが出てくる章の最後は印象に残った。日本人は「国家」という概念を当たり前のものとして受け入れている。同じような顔をした人間が、同じ文化を共有して、同じ言葉を話して暮らしている(注1)。イメージとしては、色の濃淡がある同心円が国家の中央から始まり、辺境に至るまで同心円が行き渡っている。松本さんは言う。

「しかしアフガニスタンは違う。同心円が三つも四つもあり、それ以上もあり、それぞれの円の中心が異なるのだ。そうした異質の同心円同士をひとくくりにして、国家を形成しようとしている。同心円の中心-国民意識の核-になるものがないかぎり、それは限りなく困難な作業なのである。」(p.241)

 そうなのである。アフガニスタンにいると日本では当たり前だと思っていたことが当たり前ではないのである。アフガニスタンは多民族国家で、ざっと挙げただけでも、

パシュトゥン
タジク
ハザラ
ウズベク
アイマック
トルクメン
バローチ
ヌーリスタニーズ

等が共存している(注2)。人々は国家よりもこうした部族に対する帰属意識の方が強く、まるで日本で戦国武将が群雄割拠していたかのような状態が続いている。カルザイ政権が樹立されてからは、国軍や国家警察以外の勢力、いわゆる軍閥の武装解除をすすめたものの、依然として中央政府の威光が地方には届かず軍閥が勢力を保持しているのが現状だ。

 自治を与えて連邦制にすればいいじゃないか、という意見もあるかもしれないが、最大民族パシュトゥーに自治を与えてしまうとパキスタン側に住むパシュトゥーも含めた複雑な問題に発展する恐れがある。パキスタンの北西辺境州にある部族地域(トライバル・エリア)は、パキスタン政府も扱いに困っており、その部族地域がアフガニスタンの動きと呼応して反政府の態度を示すのはパキスタンにとっても非常に危険なのである。
 こんな風にアフガニスタンとパキスタンに間に引かれた国境の背後には英国の存在があるのだが、今更歴史を変えられるわけではないので、後世に残された我々がこの問題について前向きに考えていかなくてはならない。しかし、問題の背後にある歴史を知ることは、問題を理解する上でも解決法を探る上でも有益だろう。

 カラシニコフをサーチライトにして現代世界の表情を浮かび上がらせた傑作。


(注1)ここでは、日本とアフガニスタンの比較を鮮明にする為に事実をある程度単純化しています。日本に住む少数民族の方々等の存在を認識していないわけではありません。
(注2)Marsden, P.(2001), Afghanistan: Minorities, Conflict and the Search for Peace, London: Minority Rights Group参照。ここで挙げた他にも、Farsiwan, Heratis, Brahuiが挙げられている。
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by aokikenta | 2006-11-06 23:18 | 日記(カブール)


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