2006年 10月 29日
細切れテレビ番組的日本の生活
 日本に一時的に帰って来てから、長編の小説やノンフィクションを読む機会が減っている。代わりと言ってはナンだが、雑誌などパパッと目を通せるものを読む事が多くなっている。通勤電車の中、あるいは、家に帰ってからという限られた時間の中でしなければならないので自然とそうなっているのかもしれない。しかし、他にも原因があるような気がする。

 最近テレビを見ていて思うのだが、一つの物語をじっくりと見せようというような意図を感じさせる番組が少ない。バラエティー番組などを見ていると、全然別のコーナーが細切れになって交互に放送されたりしている。そういうのを見ていると何だか集中できなくて、意識の表層を情報がなでていっているだけのようなそんな感覚を持つ。また、民放の場合、ドラマでも映画でもCMが頻繁に挿入されるので、それがまた集中力を途切れさせてしまう。雑誌もまたテレビのように細切れ情報をつなぎ合わせた媒体なので、広く薄く情報を得るのにはふさわしいのだが、深く考えさせるには物足りない。

 このようなテレビや雑誌だけに触れていると、何事にも飽きっぽくなりそうな気がするし、そういう性格の人が日本に増えていくような気がしてならない。刺激が強くて、面白そうで、刹那的に楽しい事ばかりに目がいって、人間が成長していく上で必要な事たちに触れないままに大人になっていってしまう人が増えるのではないかと老婆心ながら心配になってしまう。日本人の生活スタイルや思考スタイルが年々変化して来ていて、それに合わせていかないとテレビ屋や雑誌屋も食っていけないのかもしれないが、このままではいけないのではないだろうか。個人的には、日本にいてもなるべく本を読んだり文章を書いたりして、自分と向き合う時間を増やしたいと思っている。

 尚、雑誌やテレビには手早く情報を収集するというメリットがあり、それは社会生活上便利で必要なものである。僕がここで言いたかったのは、それだけに触れていると何らかの問題が出てくるのではないかということだ。
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by aokikenta | 2006-10-29 22:38 | 日記(カブール)


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