2006年 09月 25日
台湾6日目 暗闇が消えてしまうまで
2006年9月30日(土)

  遅めに起きて、まだ台北市内で見足りないものがあるので、市内観光をすることに決めた。おおしろの近くの食堂で食べるのも最後だなと思いながら、焼鴨飯を食べた。

  まず、台北駅から2駅にある「中正記念館」へ向かう。ここは蒋介石を祭った公園のような場所で、広々としているのでどことなく天安門広場を感じさせる。前日に国父記念館へ行っていたので中正記念館に来るかどうか迷っていたのだが、来てよかったと思った。ここは台湾人にとって何か象徴的な場所である。

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↑中正記念館。奥に見える建物の中に蒋介石の像がある。

  中正記念館では、日本人女性と台湾人女性の2人組に出会った。ニュージーランドで語学留学をしていた時の友達同士だと言う。日本人の女性は台湾人の女性の家に泊まり、台湾観光をしているということであった。話し込んでいる中で、僕が「これから台湾総統府を見に行こうと思うんだ」と言うと、その台湾人の女性は「それは止めた方がいい」とアドバイスしてくれた。なんでも、陳水扁政権の汚職に起こった人たちが大規模なデモを行っている可能性があるので総統府の前は避けた方が良いということであった。言われてみれば、台北駅周辺でも赤いTシャツを着た人たちが「愛と平和」をスローガンにデモをしていた事を思い出した。

  行くかどうか躊躇したのだが、好奇心から行って見ることにした。実際は何も起こっておらず、ただ、鉄骨で組まれた足場のようなデモの残骸だけが虚しくそこにあるだけだった。

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↑台湾総統府。かつては日本が設置した台湾総督府庁舎だった。


  写真だけ撮り、とても美しいと言われる孔子廟を訪れることにした。地下鉄淡水線で北に行く事15分ほどで円山駅に到着。そこから徒歩で5分ほどの場所に孔子廟はあった。

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↑孔子廟。青とオレンジの屋根が眩しい。

  孔子廟の敷地は庭木の端々まで手入れが行き届いており、とても居心地の良い空間だった。周囲の喧騒からも遮られており、都会の中にポツンと突然現れたオアシスのような場所だ。

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  朝から3箇所も観光地を回ったので、昼ごはんでも食べるかと適当な道端の店に入った。僕が食べたかったのは、ここまで台湾名物でありながら一度も食べていなかった魯肉飯。魯肉飯はしょうゆ味で煮込んだひき肉をご飯にぶっ掛けた単純明快な料理で、その他のおかずと組み合わせて食す台湾の名物料理だ。このお店では1杯20元(約80円)。素朴な味がしてうまい。魯肉飯は台湾の典型的庶民の味だ。

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↑魯肉飯。空心菜の炒め物との相性が抜群だ。

  大体やりたかった事はやったなぁ。魯肉飯を食べた終えた時、僕の中で何か一区切りがついたような感覚があった。主要な観光名所は見て回ったし、名物料理も食べた。もちろん、時間があればいくらでも滞在して台湾の素顔を見てみたい気持ちはあったが、今回の旅行は帰りのチケットを売約済みの期限付き旅行なのだ。それでも、まだ午後4時くらいだし、もう1箇所行って見るかと思い、淡水という場所へ行く事にした。

  イアン達や中正記念館で出会った台湾人の女の子などからは、淡水に行ってはどうかと散々薦められた。地下鉄一本で行ける手軽さからか、流行の場所だからか、海が見えるからなのか、淡水は台北市民にとっては週末にちょっと行くのに手頃な行き先であるようだった。東京で言えばお台場のような所だろうか。

  淡水の景色は確かに美しかった。駅を降りるとすぐに視界に入ってくる海、正面に堂々と構える観音山、そして、水辺の石段に腰掛けるカップルや家族連れ達。和気藹々とした雰囲気があって、普段ならリラックスできる場所であるようだった。しかし、この日は土曜日だった為か、人が異常に多く、どうも落ち着かなかった。僕は一人で来ていたので、一眼レフカメラをぶら下げながら、手をつないだカップル達を横目に歩く内に、なんだかもういいやという気分になり、1時間も淡水の街を楽しまずにおおしろへ引き返した。

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↑淡水の様子。面白そうな出店が沢山あった。

  おおしろに戻って、さて明日の荷造りでもゆっくりとするかなと思っていると、台湾滞在中仲良くさせてもらったヤマモトさんとカツキさんが、今から夜市へ行くのだが一緒に行かないかと誘ってくれた。荷造りなんて10分でできるので、むしろせっかく知り合えた人たちとの出会いを大切にしたいとの思いから、夜市へと繰り出した。

エピローグ
  夜市に出かけてから、夜が深くなり、そして夜が明けてしまうまでの間、僕はヤマモトさんとカツキさんと、そしておおしろに泊まっている他の人たちと話し続けた。旅の途上にある僕達の会話を止めさせるものは何もなかった。一つの話題を話し尽すと、またその話題から連想される次の話題へと進んだ。それぞれの話題は面白かった。しかし、実際の所は話題は何でもよく、僕達は会話をやめる事によって失われてしまう何かを恐れていただけだったのかもしれない。旅とは一体何なのか。価値を含まない純粋な定義であれば、その問いに答えることは可能かもしれない。しかし、それぞれの人が旅にどんな価値を見出すのかという価値判断になってしまえば、その質問への答えに一つの解はない。

  明日のフライトに乗ってしまえば、この旅も終わる。そう思うと、僕はなかなか会話をやめてベッドに行こうという気持ちになれなかった。旅が終われば、そこには現実の世界があり、いつもと同じ日常がある。反対に、旅の中で僕が住んでいた世界は現実の世界とは異なる別の世界であった。その別の世界は、僕の主観の中にだけ存在する世界に似ている。僕の中に確かに存在していて、その中では自分が想像する通りに物事が進んでいき、しかし他の人からは物理的にみることのできない世界。旅は、そんな主観の世界に似ていながらも、実際に人と話すことができ、物に触れる事ができる得体の知れないものだ。得体が知れないにも関わらず、僕達の住む世界の中の一部として確かに存在をしている。現実の世界と旅。その夜、その2つの世界を隔てるものは、今僕達の目の前にある夜という名の暗闇であった。この暗闇が消えてしまうと、僕はまた飛行機に乗って、こことは違うあちらの世界へと戻っていかなければならない。その時が来るのが怖くて、僕はゲストハウスおおしろのリビングルームで飽きることもなく話し続けた。

(おわり)
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by aokikenta | 2006-09-25 14:17 | (番外編)台湾旅行記


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