2006年 08月 05日
観光旅行を否定しない
久野健という美術史の専門家の方が書かれた『アフガニスタンの旅』(注)という本を読んでいて、「あー、こんな国に行きたいなぁ」と住んでいる国にも関わらず憧憬の念を抱いてしまった。これまでアフガンを見る時には紛争と平和という観点から見ることが多く、美術史という観点から切ってみた事はあまりなかった。アレクサンダー大王の遠征や仏教の伝来などについて詳しく書かれていて、アフガニスタンが文明の十字路と広く呼ばれるのも納得である。

アフガニスタンに住んでいると、NGOといえどもあらゆる制約によって行動が制限される。自分が行きたいところへ行けるというのは贅沢なことである。こちらに来て10ヶ月目になるが、観光らしいことはほとんどした事がない。

そういう背景があるから、アフガニスタンの魅力について書かれた本に触れてみて「あー、こんな国に行きたいなぁ」に至るのである。

住んでいるからといって、観光客よりも現地をよく知っているか・色んなものを見ているかというと疑問の余地がある。アフガニスタンの場合は外出制限という特殊性はあるものの、住んでいるとそこが生活の場になってしまい、そこで目にするものが日常になってしまう。羊の群れも、遊牧民も、遊牧民が着ている極彩色の民族衣装も、目が慣れてしまいあまり気に留めなくなってしまうのだ。

だから観光旅行を否定しない。「海外生活が長いんですねぇ。何カ国くらいいった事があるんですか?」という質問をされることがあるが、今までは観光旅行で行った国は「観光で行っただけですが」という枕詞をつけて紹介していた。だけど、観光旅行の何が悪いのかと思い直してみた。限られた時間とはいえ、行きたい所に行って自分が興味あるものを自分の目で見る旅。ある意味では取材旅行と言っても差し支えない。10日間の観光旅行で、ひょっとしたら3年間その国に駐在した人が見てこなかったものを見ているかもしれないし、経験してこなかったものを経験できるかもしれない。

だから僕は観光旅行を否定しない。


(注)久野健著『アフガニスタンの旅』は昭和52年初版なので絶版になっているかもしれません。
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by aokikenta | 2006-08-05 21:03 | 日記(カブール)


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