2005年 07月 14日
2005年7月16日(土) 「6日目 アスワン」
 アブシンベル滞在はたった一日で切り上げて、今日は少し北に位置するアスワン観光である。午前6時過ぎに起床し、8時30分発の飛行機へ乗った。なんだか、まとまって寝れない旅行である。機内はほとんど人がおらず、がらがらだった。

 アスワンへ到着すると、まずかばんを置く場所が問題になった。昨日ホテルで知り合ったエジプトに住む日本人の女性の情報によると、アスワン駅に行けば、ロッカーがあるのではないか、ということであった。我々はさっそく、駅に向かう事にした。タクシーを拾い、駅へ行こうとしたが、ここで一つ問題が発生した。空港を出ると、大勢のタクシードライバーに取り囲まれた。一気に人だかりができ、値段の交渉開始である。

 はじめ、そこにいたドライバー全員が同じ値段を言ってきた。そして、みなが、「これは良い値段だから乗りなさい」と言うような事をいうのである。どうやら順番が決まっているようで、その値段で乗る、と言ったら、順番待ちをしている次のドライバーの車に乗る事になるようだった。交渉をしても拉致があかない、とおもっているところへ、後からやってきたドライバーが、5ポンド安い値段を言ってきた。よしそれにする、と答えると、取り囲んでいた人々は騒然となった。絶対そいつの車に乗ってはいけない、そいつは区域外からやってきたドライバーなんだ、と気も狂わんばかりの様子で訴えかけてきた。よく話しを聞いてみると、後からやって来たドライバーのナンバーは、この地域で走っているタクシーとは違うナンバーがついていて、本来ここにいるはずではないタクシーなのだと言う。いきなりやって来た奴に仕事を横取りされて黙っているわけがない。このままでは袋叩きになるのではないかと思っているところへ警察がやってきた。どうやら、ドライバーの一人が呼んできたらしい。結局、この地域のタクシーへ乗車することになった。どうなる事かと思った。

 駅には、情報通り、ロッカーがあった。荷物を置くと、今日の予定を3人で話し合った。午後6時30分のルクソール行きの電車に乗る事は決定していたので、とりあえず2箇所を見てみることにした。まず始めに、タクシーでヌビア博物館へ。この地域(ヌビア地方)の歴史を紹介する博物館で、まだ出来て間もないようで綺麗な建物だ。1時間ほど見物して外へ出た。どこかでお茶をしようということで、オールド・カタラクトというエジプトで一番と名高いホテルへ行く事にした。ここは、アガサ・クリスティが滞在していたということで有名で、実際、入り口を抜けるとよく磨きぬかれた内装がゲストを歓迎してくれる。英語も全く問題なく通じるなどサービスもいいし、落ち着いた雰囲気は外界と別世界である。テラスで軽い昼食をかねてドリンクを頼む事にした。食欲は少しずつ回復してきたので、サンドイッチを一つもらい食べる事ができた。しばらく、そこで涼しい風を感じながらゆっくりとした。正面にはナイル川が流れ、その脇には、同じ系列ホテル、ニュー・カタラクトホテルのプールが見える。本当に外界とは隔絶された世界だなと感じた。多くの欧米人はこういったホテルに泊まり観光地を見て周り、母国へ帰るのだろう。

 それについて、何も批判するつもりはないのだが、一つ気になる事があった。日本人は紫外線を避ける意味でも、大抵の人は長ズボンをはいて、帽子を被るなどしている。中には長袖を着ている人もいる。それにガイドブックなどを見るとイスラム教についての記述があるので、エジプト人の立場に立って、なるべく肌の露出を避けようと考える人が多いように思う。一方で、あくまでも一般化した話しなのだが、ほとんどの欧米人は、男性は半袖・短パン、女性はキャミソールにショートパンツという服装であった。僕はそういった女性を見て、強く刺激を感じるということはないが、見慣れていないエジプト人にとってみればとても強い刺激なのではないかと思う。そう考えると、全く相手の文化を理解しないで、そういった格好で町を歩き回ることに対して違和感を感じざるを得なかった。こうした事はとても些細な事だが、イスラム原理主義者達にとっては容認せざるを得ない事なのではないだろうか。イスラムの地をレイプされているような心持がするのではないか。とても、日本人・欧米人が集まる観光地を爆破するテロ行為を容認することは出来ないが、何が原因でテロが発生するのかという事を考える必要があるし、イスラム教というものをもう少し理解していく必要性があるのではないかと思う。

 ホテルを出て、次はフィラエ神殿へ向かった。ここもアブシンベル神殿同様、アスワンダムの建設で水没してしまう場所に元々あったのだが、移築されたのだという。小さな島の上にあるとても美しい神殿で、ボートでないと行くことができない。ボート乗り場へ行くと、決まった値段がないことがわかった。また交渉である。ちょうどよく、そこにいたオランダ人カップルが声をかけて来て、「5人グループだと言えば、安くならないかな?」と提案をしてきた。グループディスカウントもあるかもしれないと思ったので、5人いるからということで交渉をすることにした。そうすると、値段ははじめよりも下がったので、その値段で乗る事にした。

 そのオランダ人カップルの男性の方は、オランダで法学を勉強しているという。女性は小学校の先生で、二人とも休暇をとって来ていると言うことであった。とても優しいカップルで、ボートでは楽しく会話することができた。Mさんは、いい人に会うとその人の国に行ってみたくなる、と行っていた。その通りだなぁと思った。

 フィラエ神殿は素晴らしかった。これまでにそれなりに歴史的建築物を見たが、それでも素晴らしいと思えたのは、やはり立地条件が大きい。ボートではないと行けない、という条件が神殿を特別なものにしていた。それに、門にあるレリーフが良かった。まるで神々が生きているかのような生き生きとした描写が気持ちいい。
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 見終わると、ボートで陸へ戻った。待たせておいたタクシーに乗り、駅前へ帰る。電車が来るまでまだ時間があるので、フルーツポンチを食べる。最高にうまい。やはり暑い国で食べるフルーツは最高だ。午後6時30分の電車に乗り、アスワンを去った。滞在は一日だったが、来てよかった。
 
夜の10時前にはルクソールへ到着した。旅行代理店経由でホテルは予約しておいたので泊まる場所の心配はなかった。しかし、晩御飯を食べていなかったので、ガイドブックにある日本食レストランへ行く事にした。体調は以前として思わしくなかったが、日本食ならば喉を通ると思ったのである。

 駅から歩いて10分ほどのところに、そのレストランはあった。宿も経営していて、その宿の最上階がレストランになっているのである。階段で一番上まで上がる(たしか6階くらいだったと思う)。階段を昇りながら見る限りでは、そうとう汚い宿であった。そのくらびれかたと言ったら、僕の少ない経験の中での話しではあるが、下の下くらいに思われた。ようやくレストランに到着するが、やはりレストランも汚い。衛生的に大丈夫だろうか、と心配になり、一緒にいるHとMさんに「このレストラン今まで見た中で一番汚いよ」と言うと、2人は何事もなかったかのように、こう言った。

「セネガルでは中の中くらいかなぁ」

やはり協力隊で途上国を経験している人は強い。全然動じていないのである。セネガルで2年間住んだ2人にとっては、これくらいの汚さはなんてことないらしい。思えば、2人は暑い国から来た事もあるが、全然体調を崩していない。市場での交渉も僕より上手だし、なんだか2人が格好良く見えた。生命力というか生活力というか、そういう力があるな、と感動してしまた。突然無人島に置いてけぼりにされて、僕と彼等のどちらが長生きするか、という事を考えるとその力は明白なものに思われた。しかし、2人が何もせずその能力を身につけたわけではない。やはりセネガル赴任当時は、相当の苦労をしたのだと言う。Hの話しでは、来た当初は熱がよく出たという。それは、食あたり水当たりによるものもあったであろうが、多くは知恵熱だったのではないか、とHは言った。知恵熱というのは、子供なんかが新しいことを覚えると出る熱の事だが、まさに、全く新しい環境に投げ込まれて、新しい文化に接した時に、頭が吸収しきれずに熱が出たのだろう。これまでの経験から、この情報はどう処理すればいいのか、脳がわからなくなってしまったのだろう。こうした経験を経て、今のHとMさんがあるのである。

 レストランでは親子丼を頼んだ。これからお米を炊くということで、30分ほども待たされてから、親子丼は出てきた。しかし、その親子丼は僕の知っている親子丼とは違っていた。それは、鶏肉とたまねぎと卵の炒め物がご飯に乗っかっている料理、であった。エジプトに来ておいしい親子丼を期待した僕の方が悪いのだが、それにしても泊まりに来る日本人に聞くなりして近づけることはできるだろう。味わってみると、やはり醤油の味が全然しない。半分ほど食べて残してしまった(僕は普段は出されたものは全て食べる)。

 レストランで食事をしていた時に、一人の若い日本人と知り合った。日焼けをした若い男性で、話しの様子から明るい性格であることを窺い知ることができた。彼は、「(従業員から)話しの相手をしてやれ、って言われちゃいましたよ」と言って話しかけてきた。そんな話しを従業員とするくらいだから、このホテルにはそれなりに滞在しているのだろう。話しを聞いてみると、とても長い旅をしている事がわかった。なんと日本を出てから9ヶ月になるというのである。南米を中心に見て回って、スペインへ到着。そしてヨーロッパ諸国を歩き、エジプトへ着いたのだ言う。自然に話しかけてくる調子や、日焼けしだ肌からは旅慣れている様子が伝わってきた。

「どこが一番印象に残っていますか?」

との質問には、

「イスラエルとイースター島かな」

と平然と答えた。どっちも多くの人は行ったことない場所だ。僕もいつか、そういった長期旅行をしてみたいのだ憧れを感じたが、同時に少しがっかりすることもあった。それは、あまりに長く旅をしすぎていて、感動が薄れている事である。彼は、エジプトには正直がっかりした、と言った。もっと遺跡とかがすごいのかと思った、と言うのである。僕は、彼ほど旅行に行っていないが、エジプトの遺跡には驚いたし、世界的に見てがっかりするようなものではないだろう、と推測する。しかし、恐らく彼は相当な量の遺跡を見、博物館を回りどれも同じように見えてしまうのだろう。それは仕方のないことであった。何事も、初めての感動を維持することは難しい。特に、彼のように長い旅をしていると、多くの新しいものを見て、それを脳は吸収しなくてはならない。感性が磨耗してしまうのは避けられない事かもしれなかった。しかし、やはり感動を大事にしたい僕としては、彼の姿を見てがっかりしたのも事実であった。

 食べ終わると、僕等はタクシーでホテルへ向かった。今夜のホテルは、この旅一番の高級4つ星ホテルメルキュールホテルである。これまで泊まったホテルが安宿と僻地のホテルだったので、そのギャップがよかったのかもしれないが、一番快適だった。部屋に着くと順番にシャワーを浴びて、ごろごろしながら翌日の計画を話し合った。このホテルは快適だから、明日の午前はゆっくりしよう、ということで明日は起きる必要がない。快適さと精神的な安心と、そして疲れも手伝ってか、すぐに寝てしまった。
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by aokikenta | 2005-07-14 09:45 | (番外編)エジプト旅行記


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