2005年 07月 15日
2005年7月15日(金) 「5日目 アブ・シンベル神殿」
 昨日は早々に就寝したものの、今日はエジプトの最南に位置する場所、アブ・シンベルまで行かなくてはならないため、午前2時30分に起床。寝た気がしない。タクシーでカイロ空港まで行き、午前6時のフライトで中継地点であるアスワンまで向かった。この日のスケジュールは、午前6時のエジプト航空のフライトでアスワンまで行き、そこで12時35分のアブ・シンベル行きまで待たなくてはならなかった。旅行代理店の人いわく、予約ができなかったとのことで仕方なく、空港で時間を潰すつもりでいた。しかし、実際にアスワン空港へ行ってみると、時間はまだ7時過ぎ。これから5時間以上も空港で待つのは全く持って馬鹿馬鹿しい。市内まで行って遊ぼうか、とも話したのだが、バスで1時間ほどかかる上に荷物を置く場所がない。途方にくれているところでいいアイデアが浮かんだ。

 電光掲示板を見ていると、アブ・シンベル行きの飛行機に、12時35分の前に、午前9時55分発というのがある。チェックインカウンターの人に、「キャンセル待ちに乗せて欲しいのですが」とお願いすると、9時30分に結果がわかるから、その時にまた来てくれと言われた。僕は、間違いなくいけると思った。アスワン~アブ・シンベル間の飛行機が満員とは到底思えなかった。それに、イギリスへ留学で来る際、マレーシア空港でキャンセル待ちをして成功した経験があった。たしか、その日は夕方にマレーシアに到着したのだが、乗り継ぎの飛行機は翌日まで待たなくてはならなかった。しかし、マレーシア航空の飛行機で深夜にロンドンへ向けて飛び立つ飛行機があることがわかったので、キャンセル待ちを申請したところ、運よく空きがあり乗る事ができたのだ。おかげで、ロンドンに着いた時間が早朝で、泊まる場所の手配も上手く行った。現地時間の到着すると、宿探しも難航するので、時間をセーブできたという以上に助かった記憶がある。

 9時25分くらいにもう一度、チェックインカウンターに行くと、先ほどと同じ男性がいた。「どうですか?」と聞くと、「空きが出たので、9時55分に乗れます」と言う。やった!!すぐにパスポートと航空券を出し、手続きを済ませた。これで、約3時間節約できた。ラッキー。

 空港でも飛行機でも、殆どの時間は寝ていた。倦怠感が取れず、食事も喉を通らない。また、何も食べていないのにも関わらずトイレが近い。最悪の状況であったが、アブ・シンベルに到着した。

 空港に来ていたエジプト航空のバスに乗り込み、アブ・シンベル神殿へ向かった。予約していたホテルがその神殿の近くにあるので、そこから歩いていけばいいことは事前にわかっていたからである。バスの中は日本人ばかりであった。白髪の60代に見える優しそうな男性と話しをすると、なんと日帰りでルクソールから来ているという。アブ・シンベルには神殿以外の見所は皆無である。それ故、観光客はこの神殿を見るためだけにやってくるわけだが、一つの場所を見るためだけに一泊するのはもったいないと考える人はけっこう多いようである。その男性は、ツアーのオプションを選択して、日帰りでアブ・シンベルに来たという事であった。

 神殿前に到着すると、すぐにホテルへ向かった。歩いて3分くらいにそれはあった。名前は、ネフェルタリ・ホテル。変な名前だなと思ったが、よくよく調べてみると、アブ・シンベル神殿を造ったラムセス二世の御后がネフェルタリという名前なのだそうだ。格式ある名前だったのですね。

 4つ星ホテルという割には、なんだかくたびれているホテルであった。オフシーズンということもあるのだが、活気というものが全く感じられない。僻地にあるホテルはどこもこんなものだろう。チェックインをすると、僕は横にならせてもらった。HとMさんは、昼食を取りに行くと言ったのだが、とても喉を通りそうにない。ベッドに横になるとすぐに寝てしまった。

 気がつくと、二人も部屋で寝ていた。起き上がって、机の上を見てみるとハンバーガーが置いてある。「これどうしたの?」僕が聞くと、「何か食べたほうがいいと思って買ってきた。食べれないなら残せばいいし」とH。こういう風に人に優しくされたことがないので嬉しかった。Hは優しい男である。昨日も、気持ちが悪いので、部屋へ帰らせてもらったのだが、夜中に目が覚めると枕元にマンゴージュースが置いてあった。どちらも、おいしく頂いた。ありがとう。

 夕方の4時30分になると、3人で起き上がり、神殿を見に行く事にした。明日も朝は早いので、今日中に見なくてはならないのである。しかも今日は何もしていない。チケットを買い、曲がりくねった道を行くと、それはあった。巨大なラムセス二世の石像が4体。その巨大さに言葉を失う。
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 この神殿は3000年ほど前に、伝説的なファラオであるラムセス二世が建設した。一度は、砂に埋もれてしまったものの、19世紀に再び発見されることになる。その後、1969年代にはアスワンダム建設に伴い、水没の危機に見舞われたのだが、ユネスコの協力で移築に成功し、現在に至っている。中は、壁一面に壁画が描かれており、当時の文化レベルの高さを感じることができる。紙もあり、文字もあり、世界観もあり、これだけの建築物を作ることができる文明ですら滅亡するのだから、平家物語の序文というのは真実を語っている。

祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす
おごれるひとも久しからず
ただ春の世の夢の如し
猛きものもついにはほろびる
ひとえに風の前の塵に同じ

そう考えると、現代の帝国であるアメリカもいつかは滅びるのだ、ということが肌で感じられるような気がした。実際に、ここ最近のアメリカは多極化主義へと変化しつつあると指摘する人もいるので、すでにその兆候は始まっているかもしれない。

 それにしても、全てのものがいつかは滅びるのだとしたら、人の一生には一体どんな意味があるのだろうか、と真剣に考えてしまった。仮に100年生きるとしたとしても、そんなものは大局的に見たら、まばたきのようなものである。それに、その間に自分が得た形あるものなどは、自分が死んだ時点で全て意味のない物になってしまう。例えば、会社を設立して大金持ちになったとしても、死んでしまえばそのお金を使う事はできないし、買った車も家も、全てはいつか消えてなくなってしまう。それも何十年という短い期間で。それでは、何か無形のものを追い求めて生きることの方が意味がある生き方なのだろうか?学問を追い求めて生きたとして、その成果が後世の人々生活に、そして記憶に残るか、と問うてみると、答えはイエスのように思われる。例えば、社会科学というのは18世紀の西ヨーロッパを中心に発展してきた。人権という概念にしても、ロックが18世紀に初めて、Natural Rightいうものを提唱して、それが徐々に法的に整備されて、1948年の世界人権宣言などを経て、現在の世界の人権侵害を防止する役割を果たしている。たしかに人類にとって役立っているように見える。

 しかし、人類にとって役立つという事自体が、我々が存在している世界の中で、何か意味があるものなのか、と疑いの目を持ってしまう自分もいる。人類が発展しようと、どうなろうと、いつか人間は死ぬし、人類は滅びるし、全てが滅亡するわけであるから、頑張っても意味がないのか?しかし、そこで何も発展へ向けての努力をしないという結論に至るのはあまりにも消極的なのではないか。やはり、生まれたからには何か周囲にとって、後世の人にとって役立つ人間になりたいし、記憶の中に残っていたいと思う。生きている証というものを刻んでいたいと思う。そう考えると、人生へ対する態度が消極的になるか積極的になるかで、人生は大きく違ったものになるように思えてくる。僕は、坂本竜馬ではないが、事を成すために人生はある、と信じている。熱く生きていたいと思うのだ。

 さて、この神殿以外にも、敷地内には、ホテルの名前にもなっている第一王妃ネフェルタリを祭った神殿もあり、そちらも荘厳な造りである。我々は大満足で、神殿を後にした。

 この後、「アブシンベル神殿 音と光のショー」なるものを見ることにしていたので、カフェで休憩することにした。歩き回っていたので、日陰で飲むジュースがおいしい。 

 夜8時になると、ショーは始まった。学術的に価値のある神殿にこんなに光を当てたりしていいのだろうか、と心配になるほどショーでは光を当てまくっていた。なかなか面白いと思ったが、特に素晴らしいと思ったのは、戦争の再現シーンであった。当時のエジプトは繁栄を極めていたので、周辺国からの侵略が絶えなかったという。そんな中で、ヒッタイト国から攻め込まれた時にラムセス二世が先頭に立って戦い、国を守ったというエピソードがある。このショーではその様子を、壁画を大きくしたものを神殿に映し出しながら音をつけて楽しませてくれる。当時の戦いの様子がそのまま伝わってくるようであった。しかし、平和学を勉強していて戦争シーンに感動するというのは如何なものか。

 ショーを見終えると、ゆっくりと歩きながらホテルへの帰路についた。星を眺めながら、さすがに、こういうものを見た後は、好きな人と一緒にいたいな、などと思ったりした。ホテルに着くと、夕食をとることになったが、まともな食事を食べる気がしなかったので、スイカだけ食べる事にした。この時のスイカは格別おいしく感じられた。結局、今日は、お昼に食べたサンドイッチの一欠片と、このスイカだけであった。部屋に戻ると、シャワーを浴びて、すぐにベッドに横になった。旅は、Aメロ、Bメロを経て、そろそろサビに差し掛かっているようだ。
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by aokikenta | 2005-07-15 08:15 | (番外編)エジプト旅行記


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