2005年 07月 17日
2005年7月13日(水) 「3日目 ハン・ハリーリ散策」
 カイロ観光にあてようと決めた一日。まずは、事務的なことを終えようということで、残りの滞在をお願いする旅行代理店に電話した。実は2日目に調整員の方から、日本人が経営している旅行代理店を教えてもらっていた。7日くらいの旅行では、チケットを押さえることなどに時間を費やすとあまり見て回れないのではないかとの助言に従い、3人で話し合った結果、お願いする事にした。たしかに、一人旅ならいちいち交渉しながら旅行するのが楽しいが、3人くらいの旅で、期間も短いとなると、やはり最初に交通手段だけ決めてしまったほうが、無駄なくスムーズに行くだろうということに落ち着いた。そういうわけで、電話を朝一で入れたら、チケットの手配結果を折り返し待つ事になった。こちらに来てわかった事だが、イギリスで使っているヴァージンモバイルはエジプトでも使えた。ヴォーダフォンくらいの会社なら使えるだろうとは思ったが、ヴァージンでも使えた。グローバリゼーション恐るべし。

 電話を待つ時間がもったいないので、カイロ・アメリカン大学(AUC)に行く事にした。これは僕の強い希望で行かせてもらった。AUCには世界でも珍しい「強制移民と難民学(Forced Migration and Refugee Studies)」というプログラムがある。前から興味があり、エジプトに行く際には是非訪れたいと思っていたのだった。幸い、タハリール広場のすぐそばにあり泊まっているホテルから徒歩5分で行けるところにあった。

 人に道を聞きながらなんとか、目的のプログラムを担当する受付までたどり着けた。突然訪れたにも関わらず、プログラムに興味があり話を聞きたいと言うと、丁寧に説明してくれた。コースの事もよくわかったし、何より、大学がある環境を身をもって体験できたことがよかった。

 まだ連絡がないので、観光を続ける。次は地下鉄に乗って2駅のアブディーン宮殿である。1847年に建てられた宮殿で、現在は大統領府として使われている。建物の一部を博物館としているということで行ってみた。展示内容は、大体が大統領に贈られた贈答品である。主に銃や剣などの武器が多かった。面白い事は面白かったが、他にもやりたいことがあったので、特に今日はカイロ考古学博物館に行こうと決めていたので、さっさと回ることにした。

 そういえば、地下鉄に乗った時にとんでもない間違いをしてしまった。チケットを買ってホームに着くと目的の電車が来ていたので、飛び乗った。間に合った、と安心して周りを見渡してみると、なんだか様子がおかしい。よく見てみると、なんと車内には女性しかいないではないか!小さい子供を除いて全員が女性という状況の中に、日本人の男が2人。穴があれば隠れたい気持ちがしたが、電車の中に逃げ場があるわけではない。わずか2駅なので少しの間だけ我慢することにした。いや、我慢しているのは彼女らの方かもしれなかった。電車を降りてから、「女性専用車両だったね」と3人で苦笑い。イスラムの国ではしてはいけない事がたくさんあるが、女性が肌の露出をなるべく抑えなくてはいけないことはよく知られている。この戒律の根底には、神への畏れではなく肉欲が肉体を支配した時、人は破滅へと導かれ、社会は混乱に至る、という考え方がある。この女性専用車両も、女性の誘惑により男性が肉欲によって支配されないようにという予防策に違いなかった。しかし、女性専用車両って京王線が世界初じゃなかったんだ。

 見終わってからタクシーをつかまえてタハリール広場へ戻った。距離的にはそれほど遠くないが結構時間がかかった。カイロには供給過剰と思われるほどタクシーが溢れかえっている。特にタハリール広場周辺は、常に渋滞しており、昼間は輪をかけてひどい。それにしても、カイロの交通というのは聞きしに勝るものだった。旅行ガイドや人の話では、道が渡れないほど車が多いと聞いてはいたが本当にそうであった。車がひっきりなしにやってきて、なかなか道を渡れないのである。しかも、車ですら信号無視をしてくるものだから常に注意を払っていないと危なくて仕方がない。それでは、現地の人はどうやって渡るのかというと、これが文章で表現するのが難しいほど上手く渡るのである。例えば、3車線の道路を渡る場合、これから渡ろうとする3車線すべてが車なしという状態になることは、一時的にせよ殆どない。従って、1車線ずつ渡っていくのである。一番自分に近くの車線の車どおりが少なくなってきて、渡れそうだなと思ったら、まずその1車線分だけ、渡る。そして、2車線目が渡れるようになるまで、1車線目と2車線目の間の白線の上に立ってしばし待つのである。これは、相当車通りが多い道路でも頻繁に見受けられる光景である。あらよっという具合にひらりと車を1台ずつかわす姿は、角の生えた牛を操るマタドールを連想させるに余りある。そんな具合であるから、道路渡り素人の僕にはカイロの道を渡るのには少々手こずった。

 ホテル近くの庶民的レストランで昼食をとる。エジプト名物コシャリを頂く。コシャリとは、パスタを短く切ったものと、マカロニと米を混ぜ合わせた物の上に、トマトソースとたまねぎのフライをかけて食べる料理である。エジプトの庶民料理の代表選手であり、日本人にも抵抗なく食べられる。チリソースや酢をかけて食べるのがおいしい。
e0016654_9315483.jpg

 レストランにいる間に携帯に電話があり、日程の確認などをしていたが、途中で電話がきれてしまったので、外でかけ直すことにした。話しを聞いてみると、お願いした通りとまではいかないが、大体それに近いスケジュールでチケットを手配してくれていることがわかった。明日は一日、ピラミッドを見るために空けてあるので、代金を支払うのは今日しかない。やむなく、カイロ考古学博物館に行く事は断念して、旅行代理店に行く事になった。カイロ観光は、最終日に丸一日あけてあるのでその日に来れば良い。

 タクシーを捕まえようと歩いていると、一人の日本人とすれ違った。
「こんにちは」
とこちらから挨拶する。すると、相手の方は、「こんにちは」と言った後、逆に質問をしてきた。
「協力隊の方ですか?」
なんでわかったのだろう?信じられない推理力に内心怖くなりながらも、「はい、そうです」とHとMさんが答えて、会話が始まった。なんでも、ケニアで2年間協力隊員として働いた後にエジプトに寄っているということであった。めがねをかけた若い男性で、とても気持ちの良い青年という印象を受けた。しばらく立ち話をして、別れた。しかし、これほど協力隊の人と会う旅行もそうないのではないか。

 タクシーを降り、フラミンゴホテルに到着。ここを、旅行代理店の人に、待ち合わせの場所として指定されたのだ。しばらく待っていると、関西弁を話す女性の方が現われた。お互いに挨拶を交わし、近くのビルの2階へあがった。

 手続きを済ませて、僕達はハン・ハリーリという巨大な市場へ向かう事にした。ここは、カイロの目玉と行っても過言ではないほど観光客に人気の場所である。タクシーに乗り、15分ほど乗るとそこへ到着した。

 ハン・ハリーリは上海の華亭路(ファーティンルー)のようであった。所狭しと道の両側に露天が並び、それぞれの露天には商品が雑然と陳列されている。洋服などは、さおを使わなければ取れないような高い所からぶらさげてある。狭い場所になるべく多くの商品を並べようという工夫なのだろう。その辺も、華亭路そっくりである。観光客がよく来るのか、日本人と見ると、英語でも日本語でもとにかくよく話しかけてくる。日本人観光客はよくお金を使うのだろう、
「ジャパニーズ、フレンド、フレンド」
という調子で単語を並べて話してくる。
他にも、
「バザールでござーる」
とか、
「ゲッツ!」
「山本山」
などと、誰が教えたのだか知らないが、とにかくよく喋る。

 一通り、店を見たが、お腹が空いてきたので、夕食を先にとることにした。ハン・ハリーリにある、その名もハン・ハリーリという名前の高級レストランに入る事にした。昨日のレストランもおいしかったが、ここはさらに上を行く味・サービスであった。大満足。

 しかし、さすがに値段は庶民では手の出ない値段だ。昼食のコシャリは5エジプトポンド(約100円)なのだが、このレストランだと大体一人100エジプトポンド(約2000円)くらいはかかる。日本人の感覚で言うと高くはないのだが、エジプトの物価を考えると超高級レストランといわざるを得ない。

 お店をでてから、帽子をサンダルを購入することにした。よさそうな帽子があったので、値段を聞くと、少年のような店員が
「40ポンド」
と力強く答える。
セネガルで2年間暮らし2人と相談したところ、10ポンド前後までは下がるだろうということで、もう少し低いところから交渉を開始することにした。
「5ポンド」
とこちらが言うと、
「あー、無理無理。そんなんじゃ売れないよ」
というような素振りをする。
「じゃあ、6ポンド」
とじりじりとあげる作戦に出たのだが、それでも依然として、
「40からは下げられないよ」
と強気の態度を崩さない。その後も1ポンドずつ上げて行って10ポンドまで行ったけれども、相手は態度を変えようとしない。仕方がない、もう帰ろう、と言って帰るふりをすると、
「ちょっと待った、30ならいいよ」
と突然態度を変え始めた。これはもっと下がると見て、
「30じゃ高い」
と言って、そのまま帰ろうとする仕草をすると、
「わかったわかった、20ポンド」
とどんどん下がる。
「こちらが10ポンド!」
と再度言うと、
「わかったよ、10ポンドで売るよ」
ついに目標の値段で購入することができた。
目標で買えたので、大満足だったので、その調子でサンダルも35ポンドで買った。しかし、市場では1ポンドを争って買い物をするのに、高級レストランでは惜しげもなく100ポンド単位でお金を払う俺達って一体何なんだろう、と自分達のやっていることながら不思議に思った。
[PR]

by aokikenta | 2005-07-17 08:56 | (番外編)エジプト旅行記


<< 2005年7月12日(火) 「...      2005年7月14日(木) 「... >>