2005年 07月 19日
2005年7月11日(月) 「1日目 ミラノ泊」
 「えっ、また旅行行くの?エジプト!まじ!?旅行で?それとも研究と関係あるの??」

 旅行へ行く前に、何度となくされた質問である。旅行後には「旅行行くの?」の部分が「旅行行ったの?」に変わっただけで相当同じ質問をされた。どうやら私の周りの人間で、私ほど旅行をしている奴もあまりいないらしい。基本的に、大学院生といえば家と図書館の往復をしているものである。それ故、旅行へ行くということ自体が珍しいのだ。しかも、全ての講義が5月末に終わり、修士論文に取り組んでいるとされている時期だけに、こんな時期に旅行、という驚きもあるみたいだ。更には、僕にとって留学中の旅行はこれがはじめてではない。その事実が友人達の驚きに拍車をかけた。去年の11月にあった最初の読書週間に行ったアイルランド一人旅を皮切りに、今年3月の読書週間にアメリカ人とクロアチア人の友達と行ったクロアチア贅沢旅行、イースター休暇に行った北アイルランドスタディトリップ、メキシコ人とドイルへコンフェデ杯観戦旅行、そして、それ以外に日本に一時帰国もしている。数えてみればなんと1年に5回も旅行、しかも海外旅行をしているので、冒頭の質問も納得なのである。ここでは、自分が旅行へ行く事を正当化するつもりはない。ただ、こうして友人達の羨望と冷たさの入り混じった眼差しを肌に突き刺さるほど浴びながらの決死の旅行であったことを伝えたかったのだ。

 さて、今回の旅行のメインは、私の大学時代の友人Hとの再会だ。大学時代に同じ学科に所属していたHは、心から親友と呼べる友である。彼は大学在学中、農業をすると一念発起して、石川県の農家へ住み込んで修行。その後も、四国でのボランティアなどをして努力を続けた結果、青年海外協力隊の野菜隊員としてセネガルで2年間働くことになった。今回の旅行は、その2年間のセネガル勤務をこの7月で終えることになっていた彼から、どこかへ一緒に行かないかと誘われて実現した。もともとはトルコへ行く予定だったが、渡航制限がありやむなく断念せざるを得なくなった。代わりといってはなんだが、日本からは遠くてなかなか行けない場所で、かねてから行きたいと思っていたアラブ圏にある国であるエジプトに行く事に、話し合って決定した。

 そうした経緯であったから、2人旅になるはずであった。はずであったのだが、出発の前々日になって事情は急に変わった。Hと同期隊員で村落開発普及員をしている女性のMさんと、一緒に行く事になったのだ。Hから来たメールによれば、Mさんは以前スペインを一人旅していた時に強盗に会い、とても怖い思いをしたので、できれば誰かと一緒に旅行したいと思っていたところ、ちょうどよくHがエジプトに行くという事を知り、一緒に行く事をお願いしてきたのだ。旅の仲間は多い方がいい。Hが、もう一人くるけどいいかな、とメールを送ってきたので、喜んで了解した。というわけで、今回のエジプト旅行は、私とHとMさんの3人旅である。
 
 11時48分、ブラッドフォードインターチェンジ駅発の電車に乗り、マンチェスターへ向かった。今回は、マンチェスター発ミラノ経由カイロ着でチケットを手配した。セネガルから来るH達は、アリタリア航空のミラノ経由便で来る事になっていたので、僕はそれに合わせてミラノ経由でチケットを買っていた。しかもミラノ~カイロ間は同じ飛行機である。行きの飛行機で旅の予定を立てようということになっていたので、そういうチケットを手配した。ただし一つ問題があって、それはちょうどいい乗継がないことであった。仕方なく、私は前日にマンチェスター空港からミラノへ行き一泊することにした。13時45分頃、空港に到着。16時15分発の飛行機に乗るには丁度いい時間だ。ここまでは順調、と思っているところで、突然、火災報知機が空港内で鳴り出した。空港内は一時騒然となった。

 出発の4日前の7月7日にロンドンで爆弾テロが発生した。計50人以上の死者を出したこのテロにより、イギリスの人々は神経質になっていた中での、空港での火災報知機である。建物の中に居てはいけないということで、全員外へと避難するよう指示された。待つ事、30分くらいであろうか、結局はレストランのキッチンで何かを焦がしたか何かが原因であった。人騒がせなものだ。

 予定通り、16時15分にマンチェスターを出発。19時45分にミラノ・マルペンサ空港へ到着した。今日泊まる宿を予約していないので、空港内のツーリスト・インフォメーションで値段を聞いてみた。空港近くのホテルはいくらくらいか聞いてみると、安くても70ユーロ(約9,600円)だという。そんなに払えるわけがないので、他に安い宿はないかと聞いてみた。すると、ミラノ駅の近くには安宿があるらしい事がわかった。空港から駅まではどれくらいなのかと聞いてみると、驚いた事にバスで1時間かかるという。念のため、他のデスクで聞いてみたが、やはり空港近くのホテルは高く、安い宿に泊まりたければミラノ駅の近くまで行かなくてはならないと言う。バスが片道5ユーロ(約686円)なので、往復の運賃10ユーロを足してもまだ安い宿でなくは、ミラノ駅へ行く意味はない。フランクフルトではユースホステルが16ユーロと24ユーロだったので、ミラノでも間違いなくあると踏んで市内にあるミラノ駅行きのバスに乗る事にした。

 予定通り1時間ほどで到着。すでに夜9時ごろだ。早速、いくつかの宿に値段をあたってみる。しかし、どこも70ユーロほどするではないか!せっかくバスに乗って1時間かけてはるばる市内まで来たのだから、もっと安い所でないと泊まらないと決め、さらに値段の調査を続けた。固まってホテルがあるのかと思っていたが、1件1件がけっこう遠い。45分ほどかけて、5件ほど聞きまわっただろうか、どこも安いホテルが見つからない。諦めかけていた時、1件の安そうな宿が見つかった。奥まった入り口を通り抜け2階に上がると受付があった。値段を聞いてみると30(約4,118円)ユーロだという。部屋を見せてもらうと、お世辞にも綺麗とは言えないものの、悪くない。素泊まりで30ユーロは決して安くないが、ミラノの相場はフランクフルトよりも高いようだ。それに、歩き回って少し疲れている。泊まりますと告げ、部屋の鍵をもらった。

 宿に荷物を置くと、晩御飯をまだ済ませていない事に気付き、外へでかけた。すでに夜の10時を回っているためか、薄暗い。値段を聞き回っていた時にみつけた中華料理屋へ入った。後に、Hから何でイタリア料理を食べなかったんだ、と質問されたが、どうしても中華が食べたかったのだから仕方がない。炒飯、回鍋肉、スープを頼む。以外に全ておいしく、きれいに平らげた。満足して部屋に戻り、シャワーを浴びる。明日は6時30分に起きなくてはならないので、本も読まず、すぐに布団に入った。今回の旅では、どんな出会いがあり、どんな感動が僕を待っているだろうか。
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by aokikenta | 2005-07-19 05:00 | (番外編)エジプト旅行記


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