2006年 04月 30日
4月28日は「ムジャヒディン・デー」
 昨日4月28日はムジャヒディン・デーであった。1989年、旧ソ連がアフガニスタンから撤退して以降、旧ソ連寄りの指導者ムハンマド・ナジブラー大統領が政権を握っていた。しかしながら、1992年4月28日、それに反発するムジャヒディン(「聖戦士」)がカーブルに凱旋し、連立政権を樹立した。昨日は、その14周年を祝う日であった。

 先週は毎日と言ってよいほど、ヘリコプターがバラバラと音を立てて見回りをしていた。街中もパレードの練習や、警察の取り締まりでひどい渋滞であった。

 昨今、カンダハル・ヘルマンド州において治安が悪化していることや、クナール州では連合軍が新作戦「Mountain Lion」を開始したことを受けて、オフィスでは完全外出禁止令を発令した。幸い、今の所大きな事件があったとは聞いていない。

 もちろん、ムジャヒディンが「いい奴ら」だったと断言できるかと言えば、そんなことはない。アフガニスタンの歴史は「善」と「悪」のシンプルな議論を展開できるほどストレートではない。ムジャヒディンは確かに、ナジブラー政権を倒して連立政権を樹立したのだが、未だに「ナジブラー時代はよかった」と言うアフガン人は沢山いる。「一番いい政治家は誰だった?」と聞いて「ナジブラー」と答える人が沢山いるのである。

 ムジャヒディンにしても、政権を樹立したのはいいが、その後タリバンがやってくるまでの間、国内は内戦状態に陥った。ドスタム将軍、パンジシールの獅子マスード、ヘクマティヤルらを中心として激しい戦闘が繰り広げられたのである。そして、「マスードはよかった」と言う人は今でも沢山いる。

 その後、パキスタンの難民キャンプにある神学校で学んだ「タリバン」が次々に大都市を占領し、政権を樹立するようになる。しかし、タリバンをヒーローと呼ぶのは早計に過ぎる。彼らはイスラム教原理主義に基づいて、徹底的な統制を行った。女性に対して教育の機会を一切与えなかったし、外出も家族の付き添いなしでは認めなかった。世界各国の人権団体は、タリバンを人権侵害の総本山のように批判をしている。一方で、タリバンは内戦を終結させたことから、当時は彼らを高く評価した人々もいた。

 何がなんだかわからない。誰が正義で誰が悪なのか?自分が依る立場によって見解が大きく異なるのが、アフガニスタンの政治だと結論付けられるかもしれない。
[PR]

by aokikenta | 2006-04-30 00:17 | 日記(カブール)


<< カーブルのたばこ屋      カーブルのチャカ屋 >>