2006年 04月 12日
「日本とアフガニスタンは同じ年に独立した」の不思議
「日本とアフガニスタンは同じ年に独立したんだよね」

とアフガン人の知り合いに言われたことがある。

 日本は独立したことなんかないぞ?と思ったのだが、こちらの歴史の授業やなんかで必ず教えられる事らしい。どうやら、同じ年に独立したのに、かたや日本は世界で指折りの裕福な国になり、かたやアフガニスタンの状況はこんな有様だ、という事をよく表している例として用いられているらしい。

 アフガニスタンの独立年は1919年である。

 日本が独立したということで僕が思いついたのは、明治維新の時か連合国軍占領が終了した時だったのだが、どちらも年代が違い過ぎる。

 何でこんな誤解が存在するのかずっと疑問に思っていたのだが、先日下記のような記事を見つけて謎が解けた。

『勝手に「流学」記 アフガニスタンの巻①』

この記事は、日本が独立した年というのは、日本が日英同盟を破棄すると決めた年である1921年のことを指すと言う。

 日本は植民地から独立したこともないし、日英同盟の破棄を決めたのは1919年ではなく1921年である。しかしながら、この2つの誤解が今でもまことしやかに、ここアフガニスタンでは一般大衆によって語られている。

 この誤解が生まれた背景には2つの主な原因が挙げられる。
 1つ目は、アフガニスタンは英国から1919年に独立したので、日本が憎っくき英国と縁を切ったという事実が、真相をぼやかしてしまったことである。19世紀と20世紀の初頭、英国とロシアで繰り広げられるグレートゲームに翻弄されたアフガニスタンにとって、日本が英国との同盟を破棄したということは大変喜ばしいことであったに違いない。よろこばしさのあまり、正確な年がうやむやになってしまったのだろう。

 2つ目は、アフガニスタン人の日本人に対する好感である。アフガニスタンの街を歩けば感じる事だが、概して、アフガン人は日本人に対してものすごく好感を持っている。それは、いままでの日本が行ってきた開発援助によるところが大きい。バスやバス停の多くは日本の援助によりできたものであり、日の丸が誇らしげに描かれている。

 また、トヨタ、ソニーなどの日本企業の高品質な車、電化製品が日本のイメージをよくすることに貢献している。走っている車はほとんどと言っても過言ではないくらいトヨタ車が多いし、「日本製」という言葉はブランドになっている。

 それと、これは直接関係があるのかどうかわからないが、以前在アフガニスタン日本大使館で大使をされていた駒野大使が話すペルシャ語が流暢で、大使のよいイメージが日本人全体のイメージにつながっているとも考えられる。知り合いの話しでは、あるアフガン人のものまねのレパートリーに駒野大使が入っていたということである!!!これを聞いた時は、いかに駒野大使が現地の文化に入り込んでいるかを感じ入った。どれくらいの因果関係があるのかは定かではないが、一応付け加えておこう。

 上のような背景があって、「あの」日本は僕達と同じ年に独立したにも関わらず比べ物にならないくらい飛躍的に発展した、という言説が流布したものと思われる。

 取材不足なので確証はもてないが、なんとなくわかる話しという気がする。

 せっかく彼らが信じていることだから、「違うんだよ。これは誤解なんだよ!」ということは敢えて言わずに、この話しがあたかも本当の話として百年後も語られている様子を想像しながら一人ほくそ笑んでいよう。
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by aokikenta | 2006-04-12 01:23 | 日記(カブール)


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