2005年 11月 10日
遠出
 今日は仕事の都合で遠出をした。10時ごろ出発して、いろいろと業務を現地でして16:30頃の帰宅になった。ほとんど机での業務はできなかったが、おかげで田舎の風景を見ることができた。

 カブールから少し北にある村にいったのだが、カブールとはやはり大分様子が違っていた。例えば、家を見てみると、泥や木を使った伝統的な建築方法で建てられている。大枠を木で作って、その間にレンガを積み上げている。そして、それをコーティングするように泥(何かを加えているかもしれない)を塗りつけて固めて出来上がり、というような作りになっている。田舎の方に来ると近代的な建物などはほとんど無く、ほぼすべての家がこのような家になる。カブールにもこうした作りの家があることはあるが、中心部は曲がりなりにも首都だけあってコンクリートを使った建物が多い。この田舎の風景がアフガニスタンの生活レベルなどを表しているように思う。

 道も行くまでは舗装されているが、村に入ると土の道に変わる。4WDでないと走るのは難しいだろう。あと、人々が着ている衣装も心なしか伝統的なものが多い。女性はほぼチャードリーを着ているし、男もほぼ伝統的な衣装(名前がわかりません。すいません。)を着ている。カブールでは、ジーンズをはいていたりする人がいるが、この辺りにはそういう奴はあまりいない。これも伝統的価値観が根強いことを示している一例だろう。

 ところで、行きかえりの車中でアフガニスタン人(具体的にはタジク人)と話していてふと疑問に思ったことがあった。アフガニスタン国旗の由来について話していた時のこと。僕は全然由来について知らなかったので質問をした。そうすると、彼はこう言った。

「黒は戦争の暗黒を、赤は血を、そして緑は自由と平和を表している」

 アフガニスタンの国旗は左から黒・赤・緑になっていて、真ん中にイスラム教の礼拝所が描かれている。彼の説明によれば、外国の侵略や内戦があった暗黒の時代から、アフガニスタンの血と汗によって、緑溢れる平和な国を創る、ということであった。なるほどそういう意味があったのか、と込められたメッセージに感動し納得したのだが、一つ疑問に思った。それは色の順番である。アフガニスタンの公用語の一つであるダリ語(もう一つはパシュトゥン語)はペルシャ語の方言で、字は右から左へと読む。しかし、この国旗のメッセージは左から右へ読むようになっている。字を右から左へ読むことに慣れている人々は、色だってそういう風に見るんじゃないのかなと思った。そしてこれは僕の深読みかもしれないのだが、この国旗は字を左から右へ読むことに慣れた人が作ったのではないか、と考えてみた。そう考えると、つじつまが合うような気がする。じゃあ、字を左から右へ書く人って誰なんだ?ということになる。

 帰ってから調べてみると、この国旗は、2002年2月にアフガニスタン暫定政権によって制定された。すると一つの推論ができる。アフガニスタン暫定政権は、字を左から右へ読む人々によって設立され、国旗も彼らによって制定された。実際、カルザイ大統領はアフガニスタン人の意思によって擁立されたわけではなく、欧米が主導して擁立したという議論はある。その延長線上に国旗の制定があったのではないか。

 そんな仮説を立ててみた一日だった。

※これはあくまでも僕個人の仮説(考え事)であって、何ら事実の裏づけがあるわけではありません。これによって生ずる不利益や損害などには一切責任を負いませんのでご了承下さい。
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by aokikenta | 2005-11-10 02:46 | 日記(カブール)


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