2005年 11月 01日
3日って祝日だったんだ
 今日気がついたのだが、3日は「文化の日」で祝日なのだ。したがって仕事も休みだ。普通の平日だと思っていたのですごく得した気がする。荷造り全くしてなかったから3日にしよう。そう思うと今日明日にする気が一気になくなった。人間プレッシャーがないとやらないもののようだ。

 定時出社で落ち着いた一日。特に変わったこともなく早めに帰れた。

 今日は「武装解除」を紹介したい。この業界では有名人である伊勢崎賢治の本で結構売れていると思う。彼はTBSの「情熱大陸」という番組でも紹介されたので知っている人も多いと思う。

 「もともと建築家を目指していた」でこの本は始まる。文章の冒頭で読者の心を掴むという鉄則をしっかりと守っている。彼の人生は破天荒で面白い。大学時代に建築家を目指していたが建築の世界に限界を感じて、インドに留学した。インドのスラムにある住民組織のコミュニティ・オーガナイザーになり、住民40万人をまとめあげて住民運動を組織した。帰国後は、大手国際NGOに就職し、シエラレオネに約10年駐在。その後も、国連PKOの仕事などで、東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタンでDDR(元兵士の非武装化、動員解除、社会復帰の略)を指揮した。今では、日本の紛争解決分野で知らない人はいないカリスマ的存在になった。

 この本は序章(pp.7-38)が一番面白い。彼の半生記みたいなものなのだが、毒があってユーモアのある文体で読むものを笑わせる。例えば、ボランティア精神についてバッサリと切る。

「だいたいボランティアって、照れがある。自分から名乗るようなシロモノじゃない」(p.23)

「神社なんかに寄進者の張り紙や名を刻んだ石の柵なんかがあるが、僕は明かに名を隠そうとするタイプ。ああいうのに、何の抵抗感もなく、出した額を公示して優越を感じるようなのは、都営団地の自治会長を頼まれもしないのに自分から引き受けるタイプ」(p.23)

 家族でシエラレオネに赴任する際、祖母を連れて行くと決め親戚縁者から猛反対された時には、

「風土病で倒れても現地で使用人の手厚い看護と家族に見守られて往生するほうが、日本の暗い病室でチューブを巻きつけられながら往くよりバーさんにとって幸せだろう」(p.27)

とあっさり。

 以降、第2章、3章、4章ではそれぞれ東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタンでのDDR指揮経験について詳しく書かれている。この部分はやや専門的なので割愛させていただくが(仕事みたいになるのであまり長く書きたくない)、興味があれば読むと良いだろう。現場で動きながら考えた人間の生きた知識が詰まっている。僕も動きながら考えるのが好きなので憧れる部分もある。紛争が起こるたびに雇われる「紛争屋」の世界をのぞいてみて下さい。
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by aokikenta | 2005-11-01 23:59 | 日記(東京)


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