2005年 07月 02日
2005年6月22日(水) 「5日目 メキシコxギリシャ戦」
 9時ごろ起床。今日はイギリスへ帰る日ではないがチェックアウトをしなくてはならない。もともと、プラハに訪れる予定であったことは書いたが、3日目、4日目に1泊で行く予定をしていたのである。したがって、このホテルの予約は、1日目と2日目だけであった。しかし、予定を変更しボンに行く以外は、フランクフルトに滞在することになったので、僕等は2泊延長したのである。5日目の宿泊は、別のユースホステルにしていた。僕等は、バスでユースホステルに向かった。

 このユースは国際ユースホステル連盟に加盟しているので、カード保有者は安く宿泊することができた。一泊16ユーロ(約2,124円)で朝食付なので、けっこう安い。今まで泊まっていたホテルが朝食抜きで24ユーロ(約3,186円)だから、それを考えるとお買い得である。ユースに荷物を置き、観光に出かけることにした。

 少し歩くと船の上にあるカフェを発見。1杯ビールを飲もうということになった。心地よい風が頬をかすめる。天気のいい日に昼間から飲むビールはうまい。

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 川沿いを歩き始めると、たくさんの博物館が眼に飛び込んできた。どうやらここは博物館通りとでもいうような道であるらしい。僕等は、その中から美術館を選んで中に入った。美術館マニアの間では、有名な美術館であるのだろうが、僕はあまり絵に詳しい方ではない。しかも、直前に飲んだビールが効いてきたのか眠たくなってしまった・・・。2時間ほどそこにはいたが、あまり印象に残らなかった。

 お腹が空いたので、ご飯を食べにいくことにした。僕は、アジア系の食事が恋しくなっていたので、中華料理屋に入ろうと提案した。実は、何件か前を通るたびに場所をチェックしておいたのである。そのうちの1件に入った。僕は、焼鴨と野菜炒めが乗ったご飯を注文。しかし、この焼鴨が全然おいしくなかった。ロンドンの中華街で食べた焼鴨はあんなにおいしかったのに、ここのはパサパサしてまったくおいしくない。野菜炒めと米は全部食べたが、肉は全部残した。無言のメッセージがお店に伝わればいいのだが。

 前回、スタジアムに着いたのがギリギリだったということから、今回は早めに出発した。もう長い距離を歩きたくなかったので、駅にある案内所で何かいい方法はないかと訪ねると、トラムならチケットセンターの近くまで連れていってくれるという。そうか、その方法があったかというようなもんで、僕等はトラムで行くことにした。しかし、よくよく考えると、前回もこの案内所で行き方を訪ねた。そうすると、「電車が一番早い」ということで、その行き方しか教えてくれなかった。持っているチケットの種類を聞いて、適切なアドバイスをくれてもいいのに、と思った。普通の案内所ならそこまでは思わないが、コンフェデ杯専用の駅構内特設案内所なのである。あと少しの優しさで、僕等は前回歩かなくてすんだはずであった。もう少しがんばれ。

 今回はかなり早く到着。この試合には、フェデリコの従兄弟とその友人が来るということで、電話をしてみた。待ち合わせの場所で待っていると、彼等はやってきた。フェデリコの従兄弟は、昨日に訪れた叔父と叔母の息子でアレックスと言う。メキシコの代表ユニフォームを着て、メキシコの麦わら帽子をかぶっている。相当サッカーが好きと見える。友達は2人来た。一人はレバノン人で、端正な顔立ちをしている男である。もう一人はギリシャ人で、眼鏡をかけてヒョロッとしている。かるく挨拶を交わして、ビールを飲みながら話した。彼等はミュンヘンでコンピューター関連の修士号を取るために勉強しているらしい。授業はすべて英語だという。せっかくコンフェデ杯がやっているから来てみようかということで、車で片道3~4時間かけてやってきたのだという。なかなかの情熱である。

 ドイツ経験が長い彼等から聞いてはじめて知ったのだが、ドイツではプラスチックなど再利用可能な資源のリサイクルが進んでおり、ほとんどのボトルはお店で有料で引き取ってもらえるということであった。例えば、500ミリリットルの水を買って飲み終わったら、そのボトルを買った店で0.20ユーロくらいで引き取ってくれるそうである。僕はまったく知らなかったので、当然のようにゴミ箱に捨てていた。考えてみたら、1ユーロくらいは無駄にしていたような気がする。もっと早く知っていればよかったと切に思った。

 さて、この試合は、消化試合みたいなものであった。前節の結果によって、メキシコは準決勝行きを決めており、ギリシャは予選敗退が決まっていた。そのせいで、メキシコはかなりスタメンを落としてきていた。当然と言えば当然なのだが、見ているこちらとしてはつまらない。見所としては、まだ今大会で一点も取っていないギリシャが点をとれるかどうか、というようなところしかない試合であった。内容も正直言ってつまらなかった。メキシコからは攻撃への意欲がまったく感じられない。ギリシャは意欲はあるが技術がない。0-0で試合は終了した。

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 こんなことなら、同時刻でやっている日本xブラジル戦をパブででもいいから見ていればよかったと真剣に思った。しかし、それはできなかったのである。もともとフェデリコに誘われたのは、メキシコxギリシャ戦を見に行くためにチケットを2枚買ったが、一緒に行くはずだったギリシャ人が来れないことになったから、よかったら来ないかということで誘われたのである。その時は、このカードが白熱した試合になる可能性があったし、コンフェデをどうしても見たいと思ったのでオーケーしたのだ。そういう理由があって日本xブラジル戦を見るというオプションは存在しなかった。残念きわまりない。

 試合が終わると、フェデリコの従兄弟が車でホステルまで送ってくれた。僕は感謝の言葉をいうと、「何でもないよ」と言ってくれた。満員の電車に乗って帰らなくてよかったのだから、ラッキーだった。帰るとすぐに、僕はテレビのスイッチをつけた。日本xブラジル戦の再放送を見るためである。ドイツでは、頻繁に再放送をするから大体テレビをつければ何かの試合がやっていた。幸運にも、日本戦の再放送がやっていた。食い入るように見た。日本は良いサッカーをしていた。後半は中盤にスペースがかなりあったので、打ち合いの様相を呈していた。お陰で、ブラジルのロナウジーニョ、ロビーニョを中心とした個人技、日本の俊輔、中田を中心とした個人技・パスセンスが楽しめた。特に俊輔の1点目のミドルシュート、2点目のアシストになったフリーキックには度肝を抜かれた。僕は、2年前のコンフェデ杯、日本xフランス戦を思い出していた。

 あの時の日本もいい試合をしていた。この試合は僕の中ではジーコジャパンのベストゲームである。なにより、この試合の俊輔は輝いていた。チーム唯一の得点となったフリーキックは鬼のように曲がりポストを叩いてゴールに吸い込まれた。その他にも、パスを受けてから反転してデフェンス2人をかわして右足でミドルシュートしたプレーがあった。惜しくも左にはずれたが、どちらも今でも鮮明に脳裏に焼きついているプレーだ。あの時の、俊輔は間違いなく試合の中心にいた。

 そして、今回のブラジル戦での俊輔の活躍である。俊輔は相手が強いと燃えるのかもしれないなぁ、と思ったりした。緒戦のメキシコ戦のパフォーマンスと比較すると、ほとんど別人である。メキシコ戦は緊張もあったのかもしれないが、ほとんど仕事らしい仕事をしていない。相手の7番をマークしないといけないという守備的な仕事も監督から言われていたようなので、本来のプレーがまったく見られなかった。しかし、ブラジル戦の俊輔は攻撃に専念し才能を爆発させた。とてもすがすがしい姿だった。

 サッカー選手にとってサッカーは「表現」なのだと思う。作家が文章によって、写真家が写真によって、ダンサーがダンスによって人に感動を与えるように、サッカー選手はサッカーによって見るものに感動を与える。試合に勝つことが一番重要なことはわかっている。しかし、サッカーはやはり見るものに感動を与え、楽しさを伝えるものでなくてはならないと僕は思う。毎日の練習で培った技術と技術のぶつかいあい、一瞬の才能の煌めき、そういったものが僕の胸を熱くする。俊輔からサッカーを取ったら何が残るだろうか。彼はサッカーを通して自分を表現している。逆に言えば、サッカーでしか自分を上手く表現できない彼のプレーには他のプレーヤーにはない凄み、美しさがある。純粋に上手くなりたい、その子供っぽい思いのみで練習を続け、試合にぶつける。うまくいかないこともある。しかし、上手くいった時は、「やったな」、という周りに思わせる。だから、2年前のフランス戦や今回のブラジル戦を見た後には、さわやかな感動が残ったのかもしれない。監督から見れば、中田のように計算できるプレーヤーの方が使いやすいのだろうが、ファンとしては、予測不可能なプレーヤーである俊輔を応援したくなってしまう。不完全であるが故の美しさ、成熟してないが故の危うさを俊輔は持っている。
 
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by aokikenta | 2005-07-02 00:00 | (番外編)ドイツ旅行記


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